第2話
ふんわり姫の話を、聞いたことはある?
彼は私の髪をひと束そっと摘み上げてからそう聞いた。微睡の中、辛うじて横に首を振る。
彼の語調は少し変わっている。会話を交わす、というよりかは、知らない人たちの知らない会話をそのまま再現しようとしているように感じる。だからか、彼の言葉はちっとも私に命中しない、というかかすりもしていない。私は彼と、言葉遊びをするような間の取り方で会話をしている。それが何より楽しい。彼は私の汗で湿った髪を鼻に押し当て、匂いを嗅いでから心地よさそうに目を細めて言った。
悲しみも喜びも知らないお姫様の話だよ。
いいなあ、それ。
羨ましいの?
羨ましいよ。羨ましいと思わない?
彼は少しの間をとってから、うん、と小さく頷いて私のつむじに鼻を押し当てた。私は彼の薄い胸板に額を押し付け、彼の脚に自分の生白い脚を絡めて、溜め息を漏らす。私たちの脚はお互いの汗と性液を擦り付け合い、雨垂れのような音を奏でる。私の爪先は、未練がましくシーツを蹴散らし皺を寄せる。決して飽いていないわけじゃない。終わってからこうする時だけ、自分が胎児に戻ったような気分になるのだ。自分が幸福なことすら知らない、この上なく幸せな、子宮の中の小さな生き物。彼は私を慰めるように優しく私の髪をすいて、肩口に顔を埋めた。彼の舌がそろりと首筋を這う。ほんの二週間前は、そうされてしまうと再び膣が疼いて仕方がなかった。でも今は、彼のこれは行為とは全く別の、穏やかな愛情表現なのだとわかる。私は彼の舌の小さな突起を皮膚で受け止めながら、深い眠りに沈み込んだ。
沈む姫 ハナダイロ @yaki_yaki
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