第6話 樹の中の部屋
お題:「鍵」「植物」「階段」
私は鍵、と言って良いのか、刃の部分が木の枝のようになっている「それ」を庭の木の幹に近づけた。その瞬間幹の表面に鍵穴が出現し、近づけた鍵を迎え入れた。挿した鍵を回すとドアのように木の幹が開く。中にはカントリーの香り漂う別荘のような部屋が広がっていた。私のお気に入りの「部屋」の一つだ。
私がこの鍵を手に入れたのは10年以上前に行方不明になった祖母の庭だ。冬なのに青々と葉が茂った木には奇妙な実がなっており、好奇心に駆られた私はその実を手に取り、中からこの鍵を見つけたのだ。
この鍵はあらゆる樹木の中に部屋を作った。春の桜の木には平安時代のような立派なお屋敷が、どんぐりの多く落ちている近くの木の中には洋風の部屋が広がっていた。親友のトモっちは花粉症だから嫌がるけど、私は杉の木の中にある部屋が自宅の部屋に近くて落ち着く。
その日はペット火葬があった。間抜けなうちの犬がはしゃいで道路に出てはねられたのだ。ひどい雨で動物霊園兼墓地を歩く私の横には付き添いで来てくれたトモっちが傘を差してくれていた。
ふと目の前に大きな木があることに気づいた。立て看板があり、どうやらこの墓地、というより墓地を管理している寺が持っている歴史の長い大木らしい。その瞬間私の脳裏にひらめきが走った。
「この木の中に入ればあの子に会えるかな」
言うやいなや私は大木の周りにある柵を乗り越えようとする。
「だ、だめだよ!立ち入り禁止って書いてるじゃん。それに⋯、罰当たりだよ!」
漠然とした不安を目に浮かべる親友の顔に私はつい苛ついてしまう。普段はそんな信心深いわけでもないくせに!
私は彼女の制止を振り切って大木の鍵を開ける。中は部屋ではなく塔の中のようになっており、螺旋階段が上まで伸びていた。私は後ろで私の名前を叫ぶ声を無視して扉を閉じ、階段を駆け上がった。
階段は無限と思うほどに長く続いていたが、ついにその終わりが見えてくる。そこにはやはりあの子がいた!私が伸ばした手が届く直前、あの子の体は草花や葉に姿を変えてしまった。驚いた私の体も次の瞬間には葉となって⋯。
翌日、街では行方不明の少女の捜索活動が行われていた。あの大木に奇妙な実が付いていることには誰も気づかない。
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