第2話 古時計は燃えない

お題:「古時計」「炎」「約束」


 用事から帰宅していると何やら家の方が騒がしい。夜中の閑静な住宅街に似合わない野次馬とサイレンの音に嫌な予感を感じつつ家が見える距離まで近づくとやはりと言うべきか俺の家が燃えていた。それだけでも血の気が引く思いだが俺の思考は親友から預かっている古時計にリンクする。昔から骨董品やアンティークに目がない奴は素人目に見ても気品さを感じるその古時計を買ったはいいものの、奥さんから無駄遣いを怒られるのを恐れてカミングアウトが成功するまで俺にそれを預けてきたのだ。とりあえず廊下に飾っているが何となく金持ちになった気がして気分は悪くない。その時計は当然今燃えている炎の中だ。俺は車を適当な所に止め、赤黒く輝く家に走り出した。俺の今の服装が黒っぽく夜闇の溶け込んでいたのもあったのか、消防員が気づくより早く俺の体は家の中にあった。普通に考えればいくら高いとはいえ時計と自分の命など比べる余地もないだろう。だが今の俺はいっそ時計と心中してしまおうかとさえ思っていた。


 時計は幸い燃えることなく飾ったままになっていた。俺は時計を外すと今来た道を振り返る。思ったより簡単に進めたと思った道は今や火の壁と化していた。獣に飲み込まれた心境になった俺は諦めて床に座り込む。

 そのとき、誰かの声や放水の音と共に人影が現れる。外にいた消防員が助けに来てくれたのだ。俺は彼に連れられ外に脱出する。軽いやけどだけで済んだのは奇跡だろう。時計も少し焦げたが無事だ。念の為検査を受けるために救急車に載せられる直前、俺は助けてくれた消防員から短い説教を受けた。その真っ直ぐな目を見て、今日の葬儀で見た親友の遺影の目を思い出した俺は、自分の命だけでなくこの人の命を危険にさらしたことに急に恥ずかしさを感じ、泣きながら謝罪した。


 あれから数年。時計は未だに俺の前にある。もう2度と果たされない約束を待ちながら。

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