第4夜 入隊訓練(後編)

 座学修了から二日後――


「よぉし揃ってるなお前達。今日から三週間にわたって実技訓練を開始する。担当は俺、『フォーダン』が担当する!!」


 もみ上げまで繋がるアゴヒゲを生やし、制帽であまり見えないが鳥の巣あたm……天然パーマヘアが良く似合うフォーダン教官は訓練場の一端からもう一方の端までよく響く声を上げていた。

 実技訓練についてはいくつか前のエピソードでも記述した通りだが、体力育成と射撃の技術を高めさせるための射撃実習が行われる。


 体力育成による基礎体力の向上を行うことで一度に消耗する体力を減らし、長期任務においても活動を続けられることから就任してからも多くの隊員が体力育成に励んでいた。


「まずはお前達の耐久性がどれぐらいか見せてもらう。全員訓練場を走ってこい!」


 指示を受けてジック達訓練生が次々と走り始める。訓練場は一周の全長が四〇〇メートルある陸上競技用のトラックより広いため、走ってみるとかなりの距離がある。


 案の定、バテる者は二〜三周でバテた。


 「ぜぇ…ぜぇ…いつまで続けたらいいんだ?」

 「はぁ…はぁ…そろそろ限界が……」


 次々と訓練生が走るのを止めていき、ついには全員がギブアップしてしまった。


「…とりあえずお前たちの力がどれくらいなのかが分かった。…何だその無力さは! 顔色一つ変えずに一周も走れないようでは任務でも身が持たないぞ!!」


 息を切らしたり、中には朝食を吐き戻したりしている訓練生たちの傍らでフォーダン教官が怒りの咆哮とも言える厳しい評価を挙げた。


「でも、これはキツイですって……」

「吐いたら余計に気持ち悪い……」


 数々の訓練生が弱音を吐くと、今となっては「パワハラだ」と訴えられかねない言葉をフォーダン教官が口にした。


「俺がお前らの頃は、一日十周がザラだったぞ。ですよね? 教官長」

「きょ、教官長!?」


 慌てて列を整え姿勢を正す。フォーダン教官の後ろには様子を見に来たガトゥ教官長の姿があった。


「あれは少しやりすぎていた。隊長からも『スパルタ指導は感心しないな。』と、お叱りを受けた程だったからな…」


 少し申し訳なさそうに一言残してガトゥ教官長は去ってしまった。周りからすれば、何しに来たんだと言われて良しである。


(じゃあこれパワハラじゃん……)

(ああ、パワハラだな……)


 ヒソヒソと呆れたような表情で話している訓練生にかなり苛立ったのか、フォーダン教官は口喧嘩の際に言葉に詰まった子どものようにムキになって「さらに五周走ってこい!!」と厳しく指導した。

 ジックは実習が始まってから水ひとつ口にしていないため、二周目を過ぎたあたりに激しい目眩と気持ち悪さを覚えた。


(あ…やば…い……)


 ドサ……と倒れてジックが気を失うと、キールを筆頭に他の仲間たちが走り込みそっちのけで救護に当たった。


「おいジック! しっかりしろ!!」

「ジック!! 大丈夫か!?」

「どうした。何があった」

「ジックが急に気を失って倒れたんです!」


 焦りながらもキールが事情を説明すると、フォーダン教官は呼吸と脈を確認して「とりあえず医務室へ運べ」と促した。

 そしてジックはキールにおぶられて医務室へ運ばれた。




【医務室】


 WB・Fにも怪我や急病の応急処置、健康の相談を行う為の医務室があり、常に専門の医官ドクターが駐在している。

 よく学校の保健室に行った時に「擦り傷は水道で洗ってから来なさい」と注意される者もいたと思うが、ここはそんな優しい事はほぼ言わない。

 第一声は大体、「ゾンビに噛まれたら、関節圧迫で邪気が全身に回らないようにしなさいと言っているでしょう」である。そんな文句を言いつつも治療に当たってくれるが故に、隊員達からは【ツンデレドクター】なんてあだ名で呼ばれる事も多々あった。


「──脱水症状による熱中症ね。体を冷まして暫く休ませば回復するから安心して」

「ありがとうございます」


 医務室のベッドに寝かされたジックを診るなり、たった数十秒で熱中症だと告げた。

 冷却用の氷を身体に当てて体温を冷ます間、キールに状況を聞いた。


「そう、またですか」

「え?」

「フォーダン教官が実技訓練の担当になると、こうして医務室ここに来る訓練生が一定数いるのよ。全く…スパルタな指導も程々にして欲しいものよ」

「あ、あはは…(うわぁ、万年筆なんて高いのに……)」


 べキッ!!と記録に使っていた万年筆を握力でへし折ってしまったのを見たキールは引き笑いをするしかなかった。


「そういえば自己紹介がまだだったわね。私は『グアリエ』。WB・F専属の医官をやってるわ」

「訓練生のキールです」


 お互い自己紹介と挨拶を交わしていると、コンコンコンとドアをノックして人が訪ねてきた。


「どうぞ〜」

「俺だ」

「げっ、フォーダンかよ」

「俺で悪かったな。ジックの調子はどうだ?」


 この二人本当に仲悪いんだな… と悟ったキールを傍らに、グアリエは容態を説明した。


「今は全身を氷で冷やしているわ。目が覚めて水分が取れそうだったら、経口補水液を飲ませて様子を見させてもらうわよ」

「そうか…。世話になる」


 軽く会釈をすると、グアリエはため息をついて地雷ともいえる愚痴を放った。


「スパルタな指導も程々にしなさいよね。貴方ムチしか与えないんだから」

「なんだと? 厳しい指導に耐えてこそ奴らに臆せず戦えるんだろうが」

「奴らに戦う前に人間に滅多打ちにされたら元も子もないでしょ」

「現場に出てないお前が軽々しく言うな!」

「その現場で負った怪我を治してきたのは誰だったかしら??」

「黙れガキg…っ!!」


 フォーダン教官がその一言を口にした瞬間、グアリエはドロップキックで自身のピンヒールを彼の頬にめり込ませた。


「誰がガキじゃボケェェェ! 一応アンタより年上で三十路過ぎてるんだからね!!!」


 身長は明らかにフォーダン教官の方が高いのにもかかわらず、顔の高さまで飛び上がって蹴りを食らわせるグアリエにキールは感心せざるを得なかった。


「え…三十路…??」

「ん? そうよ。あくまで貴方たち隊員のほうが立場が上だから下手に出てるだけ」

「…マジすか」


「…ぅ、ぅ〜ん……?」

「おっ! 気がついたか」


 喧嘩のどさくさに紛れてジックが目を覚ますと、一番最初に気づいたキールがベッドを覗き込んだ。


「あれ…僕は…??」

「おお、気がついたか」


 キールはこれまでの経緯をジックに伝えると、グアリエから今後の経過観察について説明された。


「…そうか。キールが運んでくれたんだな」

「ああ、ジックが何ともなさそうで良かった」

「とりあえず、遅れを取り戻さないとなぁ」

「はは、そうだな」


 まいったように笑う様子を見ていたフォーダン教官とグアリエはまたお互いに小言を繰り返していた。


「少し指導を改めるべきだな……」

「今更改心? おっっっそ」

「変えないよりはマシだろう」

「貴方ね…。ま、始末書を書く羽目にならなかったのだけは良い事ね」


 それから暫くの経過観察期間を終えて実技訓練に復帰した。日が経つにつれて訓練生達の体力向上も見られるようになってきたという。



【某日】


「よし、今日から射撃実習に入る! レクイエムブラスターを一人一台持って横一列に並べ」


 座学の回にて説明し損ねたのでここで軽くレクイエムブラスター…通称RBについて説明する。

 RBはゾンビの魂を鎮め、鎮静鎮圧させる為に特別に製造された特殊光線銃のようなもの。

 グリップの部分に専用のエネルギーをチャージしたカートリッジタンクを装填する事で使用できるが、このエネルギーがどのようにして作られているかはごく一部にしか知られていない。

 


「いいか、銃口は絶対人に向けるな。コイツはゾンビに向けて撃つのに効果を発揮するのだが、生身の人間には電流と同じくらいの刺激になる。最悪の場合『死』だ。取り扱いには十分気をつけろよ」


 フォーダン教官の指示のもと、予め設置された的に向かって代わる代わるに撃っていく。RBからは可視できない光線が放たれている為、一般的な射撃で使われる的では当たったかどうかが分からない。

 そのためWB・Fではセンサー式の的が重宝されている。光線が当たった箇所が発光して可視化されるので、二十四時間いつ何時なんどきでも訓練ができると評判であったのだ。


「よし…!」

「あークソっ……」


 最も中央に当たると的の上部にあるランプが点灯する仕組みになっている。射撃を行うにつれて中央部への命中率が上がっているのがとても明確だった。


「よし、そこまでだ。ブラスターを下ろせ」


 こうした体力育成と射撃実習を何日か繰り返しているうちに時は流れ、実技訓練の完了試験が行われた。

 結果は全員合格。そして首席は──


「キール。過去一二を争う腕前だったぞ」

「あ、ありがとうございます!」


 キールの高度な命中率と元から備わる体力が高く評価された。


 残すは、WB・Fに入隊できるかどうかを見極める総合入隊試験である。


「総合入隊試験は週明けに行われる! それまでに各自休息を取り、試験に備えろ。俺からは以上だ」


 フォーダン教官の合図を最後に、実技訓練は幕を閉じた。




「いよいよだな…」

「ああ。絶対合格して、姉ちゃんの仇を取る」

「僕も。絶対に兄さんを……」



 探さなくちゃならないから────


 〜続く〜

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