第3夜  入隊訓練(前編)

 WB・Fの入隊訓練では、ゾンビに関する知識習得や実戦の際に必要な思考・判断力を養う「座学」と、体力育成や実戦で使用される専用銃の射撃実習が行われる「実技訓練」の二種類が設置されている。

 一歩間違えれば死を伴う仕事だからこそ、一人でも隊員の命を無駄にさせないために結成当初からこの入隊訓練は受け継がれていた。


【入隊訓練(座学)初日】


 「座学分野はこの私、『ザッハ』が担当する。奴らに対抗する知識を少しでも多く頭に叩き込んで、一日でも早く我々WB・Fの仲間として活躍してもらいたい」


 四〇分間の昼休憩を挟んで一コマ一時間の講座が一日に五回行われる。ザッハ教官は教務班に所属する教官の中でも一二を争う程厳格な教官であったため、居眠りをしようものならば


「ゾンビの中には稀に知性を持つ個体も存在するため、各々の判断が……」

「…おいキール、起きろって」

「Zzz…」


 パァン!!


いって!! 何すんだよ…って」

「私の講座で船を漕ぐとは…今度の小テストで満点を取れるという事なんだろうな?」

「す、すみませんした……」


 居眠っている訓練生を竹刀で叩き起すなんてことは過去の入隊訓練から日常茶飯事であり、またある日の講座では


「今回は、実際のゾンビを君たちに観察してもらう。おい、連れてこい」

「はっ!!」


 隊員に命じて運ばれてきたは精神の弱い者であれば嘔吐しかねないような腐臭を放ち、収容された檻から出せと言わんばかりにおぞましい咆哮を上げていた。


「こんな檻で大丈夫なのか…?」

「安心しろ。鉄の中に金剛石ダイヤモンドを混ぜてる特殊な檻だから、チェーンソーやハンマーでも破壊できない」

「にしても…こんなに間近で見るのは初めてだ……」


 一人の訓練生が檻に近づき、手を出しかけた時だった。


「ア”ァ”ウ”!!」

「うわっ!?」

「下がれ、こっちだ!」

「ア”ア”ア”ア”!!」


 暴れ襲い掛かりそうになったゾンビに向かってザッハ教官がトリガーを引く。ゾンビの獰猛さに驚いた訓練生は勢いよく尻もちをつき、硬直して動けなかった。


「教官、今のは……」

「こいつは対ゾンビ用に製造されたWB・Fの武器…『』というのだが、その話は後だ。お前、名前は」

「め…メイスです…」

「メイス、迂闊にゾンビには近づくなと前に説明したはずだぞ?」

「はっ…はい! 申し訳ありません!!」


 その後、ザッハ教官によるキツイ説教は五分ほど続き、メイスは反省文を書くということでひとまず落ち着いた。


「すまない、かなり時間をくった。では各々、生け捕られたゾンビをくまなく観察し、見つけた特徴を資料にメモしろ。さっきも言ったが、絶対に近づきすぎるなよ。では五分後に意見交流とする」


 ザッハ教官の指示の元、ジック達はゾンビの観察を開始した。

 左の檻には警察署の監獄に収容されていたと思われる囚人のゾンビ、右の檻には優美な服装から良家のご令嬢だったのだろうと思われるゾンビが捕らえられていた。


(特徴をメモしろとは言うが…ん? この痣は一体……)


「そろそろ時間だ。席に戻れ」


 時間を告げられたジックはさっと見つけた痣の位置をメモすると、席に戻った。

 意見交流では「どちらかの瞳が極度に小さい」「光には疎いが音によく反応する」など、数々の意見が飛び交った。


「ジック、お前はどうだ」

「僕は、ゾンビの体に痣のようなものを発見しました」


 ジックの意見を聞いた訓練生達が静まり返る。しばらく沈黙が続くと、次第にヒソヒソと話す声が講義室を包んだ。


「そんなものあったか…?」

「いや…見てないが…」


 訓練生のほとんどが囁き合う中、ザッハ教官だけは納得したような反応を見せた。


 パチパチパチ……


「素晴らしい、よく気づいたな」

「えっ?」


 突然の拍手にジックがぽかんとしていると、ザッハ教官はさらに説明を続けた。


「お前達もよく覚えておけ。ゾンビにはこのような彼岸花の形をした痣が身体のどこかにある。WB・Fの研究では、奴らに襲われて邪気を浴びた人間にも同じものが浮き上がり、やがてゾンビ化するという傾向があるとの事……」


 ザッハ教官は情けの【な】の字も持たぬような暗く、冷酷な表情でさらに続けた。


「もし救助した市民の中に痣を持つ者がいたら、その者は捨て置け。いいな」


 鋭い目つきに訓練生の誰もが唾を飲んだ。



【放課後・図書室】


 本部と訓練場を跨ぐ渡り廊下の図書室は所属している隊員だけでなく、訓練生の自習の場としてもよく使われていた。

 所蔵される書物の七割はWB・Fが収集した資料だが、娯楽の為の文庫本や漫画、雑誌も置かれているため、数少ない安らぎの場として愛用する者も多いのである。


「ゾンビは知性を持つ個体もいるから『全てのゾンビに強行突破をしても良い。』はバツ…」


 ジックは教官から配布された課題をこなすために図書室の一角で黙々とペンを走らせていた。


『ゾンビに襲われ邪気を浴びたと思われる場合、応急処置に浄化薬を服用する必要がある。』…ん? 浄化薬なんて名前では無かったような……あれ? なんだっけ……」

「随分と熱心だな」

「ウェ、ウェイン分隊長!?」


 突然図書室を訪ねてきたのは、ジックをWB・Fへ案内した張本人、ウェイン分隊長だった。


「相変わらずよく来るねぇ、ウェイン分隊長」

「別にそこまで来ていないが…。借りていた本を返しにきました」

「あいよ。…で、あの子とは知り合いなのかい?」

「まぁ…少々顔馴染みがある程度です」


 そう言ってカウンターに本を預けると、ジックの席に近づいて課題を横から覗いた。


「応急処置に使うのは邪鎮薬じゃちんやくだな」

「あ、ありがとうございます……」


 ジックが解答欄にバツと書くと、ウェイン分隊長はそれまで彼が取り組んでいた課題を見始めた。


「すごいな…全問正解じゃないか」

「えっ!?」

「訓練生だった頃の私は座学が得意でなかったから、まだ教官だった時のガトゥ教官長に散々しごかれてたんだ。『お前はもう少し冷静に事を判断しろ』って…。すまん、話が長くなったな」

「あ、いえ…大丈夫です」


 昔の話を少ししたウェイン分隊長は「頑張れよ」とだけ言い残して図書室を出ていった。

 二週間後はいよいよ座学の完了試験である。

 次の実技訓練に進むためにも。とジックは気合いを入れた。



【完了試験終了 一週間後】


「諸君。完了試験の受験、ご苦労だった。これより結果を発表すると共に今期の首席を発表する」


 名前順に試験の結果が書かれたスコア表を配布されると、学校の定期テストのように何点だったと語り合う者もいれば、独りで自身のスコアと向き合う者もいた。


「ジック、試験の結果どうだったんだ?」

「キール! 僕は正答率、九十五パーセントだったよ」

「マジか。俺は六十八パーセントだったぜ」


 ジックとキールが結果について話していると、ザッハ教官の一声がかかって全員静まり返った。


「では座学分野の首席を発表する。……ジック、お前だ」

「僕…ですか?」

「ああ、素晴らしい結果だったぞ。おめでとう」


 ザッハ教官に背中をポン。と叩かれると、次々に拍手が起こった。


「座学分野は全員合格だ。明後日より実技訓練が始まる。心してかかれ」


 こうして座学分野は終了し、ジック達訓練生はそれぞれの部屋へと戻った。


「次からやっと実技訓練だぜ」

「座学以上に必要とされる能力だからな…。今のうちに体力つけないとなぁ……」



【WB・F本部 休憩スペース】


「ザッハ、ご苦労だったな」

「ウェイン分隊長。お疲れ様」

「分隊長なんてよせよ、俺達は同期だろ?」

「それもそうだな」


 ザッハ教官...否、ザッハが一仕事終えて休憩スペースへ向かうと、一人先客のウェインがコーヒーを買っていた。


「何飲む?」

「同じものでいい」

「お前、苦いの駄目じゃなかったか?」

「俺を子供扱いするな」

「ははは。俺が悪かった、許せ」


 ウェインは、座学分野においてジックが首席を取ったということについて話を広げた。


「ジックはアイツに似てかなり賢いからな。きっと良い指揮系統ブレインになるだろう」

「アイツとは…ジャックの事か?」

「ああ、彼はジャックの弟なんだ。ジャック自身がよく話をしていたよ」

「だったら、尚更WB・Fで活躍してもらわないとな」


 ははは…と二人で笑いながら、その日の夜は更けていった。



 〜続く〜

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