第2夜 暗躍の治安部隊

 ゾンビ鎮圧治安部隊

  ホワイトバード・フリーダムズ


 通称 WB・F。

 街に現れたゾンビの鎮静・鎮圧…並びに調査を中心に暗躍している組織。総勢五〇〇~六〇〇人程度の隊員で構成されている。

 オランシティの自治体黙認であることや、外部への情報発信で世界中が混乱に陥るのを防ぐことから組織の素性は家族にすら話す事を許されておらず、多くの謎を秘めていた。

 だがWB・Fに所属する隊員も、ただゾンビを鎮静させている訳では無い。家族や友人、愛する人をゾンビに殺された為に復讐を誓う者。正義感から街と人々を守ろうとする者。


 そして、ジックのように姿をくらました大切な人を探す者。


 全ては、平和な日常を取り戻し、恐怖のハロウィンを喜びに満ちたハロウィンへ変えるため。

 組織の象徴であり、自由と平和の象徴でもある「白い鳥ホワイトバード」に誓って──。



【翌日】


「ここが…WB・F本部……。」


 まるで警察署のように大規模な建物の上では白とグレーを基調とするWB・Fの旗が棚引き、組織の厳格さを引き立たせていた。


「WB・Fに何の用だ」

「えっと…ウェイン分隊長、という方を訪ねに…」

「分隊長にだと? 生憎だが、子供がそう易々と関われるお方では無い。お帰り願おう」

「でも、僕は!」


 通してもらうように申し出ても、門番の隊員達は一歩たりとも中へ入れてはくれなかった。


「何度言えば分かる! さっさと帰れ!!」

「うるさいな、先刻さっきから何を騒いでいる」

「はっ、分隊長!!」


 あまりに口論が大きくなっていたのか、ウェイン分隊長が門にまで出てきた。隊員達は分隊長を見るやいなや右胸に手を添えて敬礼をした。


「来たか。中へ案内する、ついてこい」

「しかし分隊長…」

「彼は俺が呼んだ者だ。門を通せ」

「し、失礼しました!!」


 ここは階級に厳しいのか、たった一声でいとも簡単に隊員を圧倒してしまった。

 慌てて分隊長の後を負い本部の中へ入ると中は外観以上に広大で、多くの隊員が行き交っていた。


「わぁ…」

「あまりキョロキョロするな。見せ物ではないんだぞ」

「あっ、すみません…」


 ウェイン分隊長のブーツについたヒールがコツコツと思わず心地のいい音を響かせるが、通路を通る際にすれ違う隊員達の避けるような目が少し冷たくも感じさせた。


(あの少年、何者だ?)

(なんで部外者がウェイン分隊長と…)

(入隊希望? そんなまさか…)


「着いたぞ、まずは入れ」

「失礼します。ここは…」

「私の私室だ。応接室でも良いと思ったんだが、あそこは少々建付けが悪いからな…」


 案内されて入ったウェイン分隊長の私室は、綺麗に整頓されており、シックの中にアンティークじみた家具が揃えられていた。


「今、飲み物を入れるが…コーヒーでは駄目か」

「砂糖かミルクがあれば飲めます。苦いのだけは少々……」

「はは、まだまだ子どもだな」

「ですが、僕はもう十七です」

「十分子どもさ。ま、あと二年すれば成人の扱いではあるがな」


 ちょっぴりジョークらしきものを交えつつも、ウェイン分隊長は小洒落たコーヒーカップと角砂糖を差し出してくれた。


「あの、僕は何をすれば…」

「ああ…色々と話したい事はあるんだが、一つ大事な条件がある」

「それは一体…」

「WB・Fへの入隊だ。我々の仲間になってもらわない事には、情報提供はほぼ不可能と思いたまえ」


 ウェイン分隊長は机に積まれたファイルの中から一冊を取り出すと、パラパラと資料をめくり始めた。


「それで、入隊するためには…」

「今から説明する。とりあえずこの資料を見てくれ」


 そう言われて差し出された数枚の資料にはこう書かれていた。


 WB・Fへ入隊する為には、組織が管轄する訓練場にて「入隊訓練」と呼ばれる座学と実技訓練を行い、それぞれの完了試験に合格した後に行われる『総合入隊試験』に合格する必要がある。

 この総合入隊試験で不合格の判定を受けた場合は、再度座学の受講…並びに実技訓練を受ければ再試験が認められるとの事だった。試験を突破するまで挑み続ける者もいれば、途中で心が折れて入隊を諦める者もいるらしい。


 そして試験に合格し、晴れてWB・Fに入隊してからも守るべき規則や掟がある。

 中でも特に重要な一つは、隊内の情報は一切外部に流してはならないということ。十月の夜間に、そしてこの街しか出現しないゾンビの存在を外部にまで知られてしまうと、世界規模のパニックを巻き起こす可能性があるからである。


 それを阻止するためにも、これまで勤めていた職業は原則として退職、理由を聞かれても詳細までは話してはならないという。前文にも述べたとおり、WB・Fに勤めている事は市民は愚か、家族や恋人にすら口外してはならないという掟があるためだ。

 とは言っても、組織の事を口にしなければ良いだけなので文通や電話は許されているし、各自が所属する分隊長の許可さえ降りれば一時帰宅も可能であった。


(だから兄さんはあんな素振りを…)


「……結論はついたか」

「はい。僕は、WB・Fに入隊を希望します」


 少し強ばった声ではあったが、ジックはWB・Fへ入隊する事を決意した。

 その真剣な眼差しにウェイン分隊長はフッと笑みを浮かべると、コーヒーを飲んでいたカップを置いて椅子から立った。


「言っておくが、この訓練は生半可なものじゃないし、体力も知力も最大限に必要とされる。それでも入隊したいのなら、心して挑め。…と言うのが普通だが、お前の場合は『』のほうがお似合いだな」

「……」

「? 今のは笑うところじゃないのか」


 ウェイン分隊長はクスリと笑ったが、ジックの反応があまりにも薄すぎたために少し戸惑ってしまった。


「まぁいい、入隊訓練は来週から始まる。必要なものは今のうちに纏めておけ」

「はい、分かりました」

「持ち込みが禁止されている物は以下の通りだ。しっかり目を通しておけ」


 ウェイン分隊長はそう言って、チェックリストのコピーを一枚手渡した。






【数日後】


「WB・F入隊希望の諸君! 本日はこの場に集まってくれた事、ひとまず礼を言おう」


 朝から教官の声がよく響くこの訓練場は本部に隣接しており、隊員の日々の訓練は勿論、新しく入隊を希望する少年少女達が入隊訓練を受ける場でもあった。


「私は入隊訓練を指導する教官を取り纏める教官長、『ガトゥ』だ。この入隊訓練は、お前達が戦場で死なないようにする為のもの。厳しい訓練を突破し、見事我々の仲間になってみせようという者のみ、ここに残れ!!」


ガトゥ教官長の声は周囲で餌を漁っていた野良の犬猫や鳥すらも驚かせるほどに威圧的だった。それに圧倒されて怖気づいてしまった入隊希望者はその場を去ってしまった。


「…よし。今残る者は教官の指示に従い、明日からの訓練に備えよ。まずは座学からだ、しっかり励むことだな」


そういうとガトゥ教官長は訓練場を去っていった。

ジックは先に割り振られた相部屋に案内されると、持ってきていた荷物を整え始めた。


「お前も…誰かを殺されたのか…」

「? 僕は、行方不明になった兄を探しに…」

「そうか…俺はキール。お互い頑張ろう」

「ジックです。よろしく」


軽く握手を交わすと、キールは続けて自身の経緯を話し始めた。


「覚えてるか? 前に身元不明の女性の遺体が発見されたってニュース」

「ああ、南東部の裏路地で見つかった遺体だっけ?」

「その女性…俺の姉ちゃんなんだ」

「…!?」

「今となっては数週間前のことだ。あの日俺は……」




【数週間前】


「母さん、姉ちゃんは?」

「え? そういえば、まだ帰ってきてないわね」

「変だろ? いつも夕方には帰ってくるのにさ」

「そのうち帰って来るはずよ。今日はもう寝ましょう」

「うん。おやすみ、母さん」


しかしキールは姉のことが気になって眠れず、日が登り始めた早朝から姉を探し始めた。


「姉ちゃん! どこだよ!」


暫く探し回っていた時、キールは一本の裏路地から血生臭い匂いが漂ってくるのに気がついた。


「なんだ? この鼻が潰れそうな臭い……」


臭いがした方向へ駆けつけたとき、キールは信じられないものを目にしてしまった。

顔から手足までがグチャグチャに食いちぎられ、面影が殆ど残っていない遺体がそこにあったのである。


「あ…あぁ…姉ちゃん!!」


キールはその服装と身につけていたキーホルダーで、遺体が誰かすぐに分かった。


その後の身元調査の結果、遺体はキールの姉であることが判明した。


【現在】


「調査結果が伝えられた次の日にWB・Fからショートメールが届いて、入隊を決意したんだ」


突如明かされた衝撃の事実にジックは言葉を失った。キールはWB・Fで殺された姉の復讐を果たす。そのためにこの世界へやってきたのだ。


「そっか。お姉さんの無念、晴らせるといいね」

「…ありがとな、ジック」

「うん。絶対、入隊しような」

「おう!!」


その日は明日からの座学に備えるために二人はベッドに入ると、しばらくして眠りについた。


〜続く〜

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