ゾンビ浄化の「ジャック・F」

白玉ヤコ

第1夜 1年に一度の恐怖の月

「ハァ…ハァ…」


 ある年の十月某日、一人の女性は街の中を右往左往と逃げ惑っていた。

 それもそのはず、闇夜の街の至る所には人ならざる異形の存在…世間で言うゾンビが徘徊しており、この女性は帰り道を急ぐ途中で日が暮れてしまい、ゾンビの恐怖から逃げ惑っていたのであった。


「グヴ…グルル…」

「ひッ……!」


 曲がり道の先には三体のゾンビ。来た道を戻ろうとしたが、その先にもまた異なるゾンビが彷徨っていた。


「どうしよう…」


 路地裏の壁にもたれかかって冷静になろうとした時だった。


 カンッ! カン、カン、コロロ…


「…!!」


 周りが暗いせいで気が付かなかったか、室外機の上に放置されていた空き缶にカバンが当たってしまった。

 空き缶はその金属音を響かせて地面へと転がり、音を耳にしたゾンビ達は一つの獲物に向かって群がった。


「「ガアアア!!!」」

「あっ…い…嫌あああああああッ!!」




 【翌朝】


『今朝四時頃、オランシティ南東部の裏路地で女性の遺体が発見されました。遺体は激しい損傷を受けており、警察は身元の判明を急ぐと共に原因を調べるとの情報です。』


 主要都市から遠く離れた場所にあるこの街の出来事は放送局のニュースが主な情報網であるため、街の出来事は瞬く間に発信された。


「聞いた? 今年も誰か殺されたそうよ」

「やーねぇ、この時期になると夜道を歩くは愚か外にも迂闊に出られないんだから…」


 オランシティと呼ばれるこの街はいつの日からか、十月の夜になるとゾンビが蔓延るようになり、今では多く街のの人々がこの時期を恐れるようになっていた。

 そのせいもあってオランシティではハロウィン=怖いもの という印象が定着していた。


(今年も例の現象が起こり始めている。一日でも早くこの謎を解明しないと…)


 オランシティのメイン通りを足早に通る少年が一人。名はジックである。

 幼い頃に両親を亡くした彼は年の離れた兄に育てられ、最近までは二人仲良く暮らしていた。

 暮らしていた。とはどういうことか、それは三年ほど前に遡る。



 【三年前】


「じゃあ、行ってくる」

「次はいつ帰ってこれるの? 兄さん」


 ジックの兄ジャックは、仕事の事について多くを語らない青年だった。と言っても普段は感情豊かで明るい人柄であるため、ジックはそんな兄のことを慕っていた。


「さあな…。せめて来年くらいには帰るつもりだ」

「そっか…。じゃあ、気をつけてね」

「ジックもちゃんと食って寝るんだぞ」

「分かってるって」


 そう言って家を出ていったきり、今日こんにちまで一度も帰ってくることはなかった。




 【現在】


「編集長、おはようございます」

「おおジック君か、おはよう」


 ジックは街の出版社で記者の仕事をしていた。

 多くの街で人気を集めている週刊誌「レビスタ」をオランシティで独自編集したもので、主に街の出来事を特集といった、新聞とさほど変わらない内容を少しコミカルに書いたものである。


「今年も始まったみたいだねぇ」

「例の、遺体の事件ですか?」


 ジックがそう尋ねると、編集長はタバコをふかして応えた。


「そーそ、年に一度の恐怖の十月。だから毎年同じ、四時退勤ね」

「はぁ…」

「今日は事件の事を色々聞いてきてくれるかな。街中どこいってもその話で持ちきりだから、中々にスクープがあるんじゃないかな?」

「分かりました。では、行ってきます」


 ジックは出版社を出ると事件の起こった現場を中心にあちこちへと聞き込みをしていった。


「ありがとうございました」

「頑張ってね」

「はい! それでは」


 一通り取材を終えて出版社へ戻ろうとした時、背後から見知らぬコート姿の男性に声をかけられた。


「ジック君、で合ってるか?」

「はい、そうですけど…」

「話したいことがある。ここは人が多いから、私についてきてくれ」


 そう言われて男性についていくと、そこは少し寂れた裏路地にある喫茶店だった。

 中に入ってみたが客は誰もいなかった。


「何がいい?」

「アイスのミルクティーで…」

「アイスミルクティーとホットコーヒーをたのむ」


 しばらくして飲み物が運ばれると、店主は店の奥へ行ってしまった。


「あの…貴方は……」

「ああ、名乗り遅れて失礼した。私はこういう者である」


 そう言って差し出されたのは一枚の名刺だった。


「『ゾンビ鎮圧治安部隊 【WBホワイトバードフリーダムズ】ウェイン分隊長』……」

「WB・Fは毎年この時期に発生するゾンビどもから市民を守る為に活動している治安部隊だ。今朝のニュースは君も見ただろう?」

「はい。ニュースでは警察が調査をしていると言われていましたが…」


 ジックの話を聞いたウェインはコーヒーカップをコトリと置いて口を開いた。


「それは外部にゾンビの存在を知られないようにするために組織が情報操作をしたものだ。できる限り隠密に事を鎮める。それが私達の掟でもあるんだ」

「は、はぁ……。それで、今日はどんな御用で?」

「ブゴフッ!! ゲホッゲホッ……」


 恐る恐るウェイン分隊長に尋ねると、少しコーヒーにむせた素振りを見せた。


「そうだ…一番重要な事を忘れていた。君のお兄さんの事で一つな……」

「! 兄さんを知っているのですか!?」

「ああ、君のお兄さん…ジャックは、我がWB・Fの隊員だからな……」

「っ!?」


 今まで知らなかった事を耳にしたジックは言葉を失った。

 兄の所在を知ろうとジックは詰め寄る。


「兄さんは…どこにいるんですか!?」

「まぁ落ち着け。それを今から話す」


 ウェインに諭されると、ストンと椅子に座り込んだ。


「ジャックは…あいつは…今の行方が分からない」

「…は? どういう事ですか……」

「言葉のままだ。君のお兄さんは一年前から行方不明なんだ」

「……」

「あれは一年前のハロウィンの日だ。彼は私の率いる分隊の所属だった。その日の夜は一段とゾンビどもが凶暴化していてな、我々WB・Fは総動員で鎮静化に当たっていた。あいつはゾンビの群れと応戦中、仲間を庇ってそれっきり…どこに消えたのかも分かんねぇんだよ」


 ジックの顔から血の気が引いて青ざめる。ミルクティーのグラスを持つ手は酷く震えていた。


「兄さんは、無事に生きていますよね!?」

「それは私にも分からないと言っただろ。…が、このまま死んだと思って諦めるか、僅かな可能性にかけて兄を探すか…。選ぶことは出来る」

「……僕、兄さんを見つけたいです。兄さんを探して、今までのような暮らしがしたい!!」


 ジックの目は凛と引き締まっていて、まさに覚悟を表していた。


「…分かった。明日、その名刺を持って街の北東部にある本部に来い、WB・Fの旗が目印だ。分かったら、さっさと帰れ。…でないと、お前もゾンビの餌食になるぞ」

「はっ、はい! ありがとうございました」


 会計を済ませて外に出ると、今まさに日が暮れようとしていた。ジックはウェイン分隊長に一度別れを告げ、自宅への道を急いだ。


(明日、北東の本部…。兄さんの手掛かりが掴めるなら何だってやるよ)


 家に戻って荷物をまとめると、翌日に備えてジックは眠りについた。


 ~続く~

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