咲き続ける花の側

とりのめ

咲き続ける花の側




「……ヴィオラ、グラジオラス。アンタ達は、ここで離脱しな」

「嫌よ、リリィも一緒よ!」

「リリィ!」



「……リリィ! リリィ……?」

 叫びながら目を覚ませば、そこはテント内の固い簡易ベッドではなく、自室のベッドだった。

「……懐かしい、夢を」

 思わず頭に手をやり、残像を振り払うかのごとく頭を軽く振る。長くウェーブのかかった黒髪が合わせて揺れた。

 彼女は過去にヴィオラと名乗り、傭兵として無我夢中で戦場を駆け抜けていた。恩人のリリィに命を助けられたとき、そのまま傭兵業から離脱し、現在は高級クラブの経営者をしている。

 その時に一緒に離脱したグラジオラスと名乗っていた女傭兵も共同経営者になっていた。

 そして二人は傭兵業の時の名前を変えずに今も過ごしている。いつか、恩人のリリィに見つけてもらえるかもしれない、と。あの時とは全くと言っていいほど姿は変わっているが、リリィならきっとわかってくれると一縷の望みをかけていた。


 

 そんな生活も年数を数えることすら忘れていたのに、何故、今になってあの日の夢を見たのだろう。


「……って感じで、朝からなんか引っかかって」

 経営する高級クラブの一角で、グラジオラスに今朝の夢の話をする。

「……今更、リリィの夢を、ねぇ……。こっちの世界でも生き残るのに必死でそんなこと全然、思い出さなくなってたのに。……あたしらにも余裕が生まれ始めたってことかね」

 軽く肩をすくめるグラジオラスに、そうよねぇ、とヴィオラは呟くだけだった。

 二人の戸惑いなど他所に、今夜も変わらぬ夜が始まる。高級クラブだけあって変な客層はそうそう訪れることはないが、それでも店の女性スタッフを軽視し横柄な態度をとる輩も少なからず存在する。もちろん、最初は丁寧に話を進めるが、それでも手に負えなければ実力行使という次なる手段に移行するまでだ。

 元傭兵の二人からすれば、防弾ベストではなく脂肪を身に纏っただけの人間など恐るるに足らず。しかし敢えて男性スタッフに対応してもらうのも重要なことだ。そういう輩の対応はあくまで男性スタッフに任せる。自分らは女性スタッフの身の安全を第一に考えているからだ。

 今夜は珍しく客の入りが乏しいように感じた。たまには穏やかに過ぎる夜もあるだろう、そう思っているところに、最近働き始めた新人が、控えめに二人を呼んだ。どうやら来店した客が経営者に会いたい、と言っているらしい。

 二人は顔を見合わせ、その申し出に応じることにした。


 入口に立っていたのは体格のいい男だ。年齢は40代か少し若く見えるアジア人らしき外見で、手には大きな花束を抱えている。

 ヴィオラ、グラジオラスが姿を現すと、男は深々頭を下げた。そして大きな花束を差し出すと、二人に花束の差出人からメッセージを預かってきたという。

 その男の胸元には、ユリの花をメインにしたコサージュが飾られている。二人は、まさか、と声を漏らした。そして男は言った。


 もう花でなくなった我々は二人に会うことはできません、でも力強く咲いている姿は知っています。私達は、姿は変わっても想う心は変わりません。


 男の持つ花束は、ユリ、マーガレット、バラを主とした構成になっている。

 命を預けあったあの盟友達を再び己の腕で抱くことができたと理解した瞬間、ヴィオラからは言いようのない感情が溢れ出しそうになる。その肩を抱き支えたのはもちろんグラジオラスで、その事実がよりヴィオラの肩を震わせるものだった。


 それ以上、男も声を発することなく、花束を渡すと深々とまた一礼して去ってしまった。

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