第21話 最下層

90層への扉の前。

誠は内心で葛藤していた。


(ここから先は...この世界の書物には記録がない)


確かに、前世のゲーム知識ではボスの情報を把握している。


混沌の魔神「カオス・ロード」。


その攻撃パターンも、弱点も、全て知っているはずなのに。


「どうした、アレクサンダー?」


「いえ...その、90層以降の記録が...」


「ああ、ここから先は誰も到達していない領域だな」


マクシミリアンは穏やかに微笑む。


(言いたい...!90層のボスは三段階変身して、最後は)


しかし、その知識を口にすることはできない。


「父上、申し訳ありません。この先は...」


「ふむ、情報がないということか」


マクシミリアンは楽しげに。


「それは、むしろ興味深いな」


「え?」


「未知の領域に挑むというのは、冒険の醍醐味だ」


扉が開かれ、90層の広間が姿を現す。

そこには、誠の知る通りの姿。巨大な魔神が待ち受けていた。


「父上!あの魔神は...!」


言いかけて止まる。

しかしマクシミリアンは、既に状況を見抜いていた。


「なるほど、空間に歪みを...これは面白い」


父の経験は、ゲームの攻略情報を遥かに超えている。


「この魔力の流れからすると...」


一瞬の判断で、マクシミリアンは最適な攻略法を導き出していく。


(すごい...!攻略wikiなんて必要ない。父上は...!)


「アレクサンダー、右翼から」


「はい!」


完璧なタイミングで放たれる重力波。

魔神の動きが止まる。


(ゲームとは全然違う...父上の戦い方の方が、ずっと効率的だ!)


「そして—ここだ!」


マクシミリアンの一撃が、魔神の急所を直撃。

ゲームでは第三形態まで苦戦する相手を、わずか数分で仕留めてしまう。


「父上...凄すぎます」


「何が?」


父は当然のように告げる。


「情報がなくとも、戦いの基本は変わらん。観察し、判断し、そして—」


「行動する、ですね」


誠は深く納得する。

ゲームの知識に頼りすぎていた自分。

しかし父は、純粋な実力と経験で、未知の敵すら圧倒する。


「さて」


マクシミリアンが、最深部への扉を見つめる。


「いよいよ、100層だな」


「はい!」


今度は、前世の知識に囚われることなく。

父と共に、真っ向から挑もうと、誠は決意を新たにする。


(いや、もしかしたら...ゲーム以上の戦いになるかも!)


父子は、最後の試練へと足を進める。

その先には、誰も見たことのない戦いが待っているはずだ—。





100層への階段を降りながら、誠は今までの攻略を振り返っていた。


「父上」


「ふむ?」


「私たち、かなり楽に攻略できていましたよね」


重力魔法でわずかに体を浮かせ、足音も立てずに階段を進む二人。



20層での記憶が蘇る。


溶岩の川が行く手を遮る広間。


「父上、こう...ですか?」


「ああ、重力を纏えば、熱さえ寄せ付けぬ」


水没したフロアでも。


「呼吸を整えて、重力場を展開」


「水圧すら、我らには及ばぬか」


40層の無数の矢の罠。


「重力バリア、展開!」

「見事だ、アレクサンダー」


放たれる矢が、全て宙で止まる。


「確かに」


マクシミリアンも思い返す。


「他の魔法使いや戦士を連れてきても、ここまでの効率は望めなかっただろうな」


二人の動きは、まるで鏡写しのよう。

歩き方、重力の纏い方、それすらも似通っている。


「父上との連携、本当に自然と...」


「血が、そうさせるのかもしれんな」



50層での戦いが思い出される。


「右から!」

「任せろ!」


声すら必要ない連携。

互いの重力が、完璧に調和する。


「我が重力よ!」

「天地を統べよ!」


親子ゆえの阿吽の呼吸。

それは敵にとって、最も対処の難しい連携だった。



「でも、不思議ですよね」


誠は少し照れくさそうに。


「私、父上に似てると、よく言われて...」


マクシミリアンが優しく笑う。


「魔力の質も、体の動かし方も、な」


体格は違えど、その佇まいは確かに似ている。

小さな動作の一つ一つまで。


(ゲームじゃ体験できない感覚...!)


「敵からすれば、大きさの違う同じ相手と戦うようなものか」


父が分析する。


「それも、完璧に息の合った二人を相手に」



落とし穴の罠も、一瞬の浮遊で回避。

毒霧のフロアも、重力で空気を制御。

溶岩の飛沫も、酸の雨も、重力バリアで全てが無力化される。


「この迷宮、重力使いにとっては」


「天国のようなものですね」



二人で笑い合う。

親子で同じ力を持つことの喜びを、心から分かち合える瞬間。


「アレクサンダー」


「はい?」


「お前と共に、この迷宮に挑めて—」


マクシミリアンは珍しく感傷的な声で。


「本当に良かったと思う」


(父上...!)


「私も、です!」


思わず声が裏返る。


その時、最上階への扉が見えてきた。


「さて」


父が引き締まった声で。


「最後の試練だ」


「はい!」




100層の扉の前で、誠は緊張を隠せなかった。


(ついに来た...ゲーム本編で、何度も全滅した最強の敵)



ゲームでの記憶が蘇る。


光の加速(ディバインアクセル)を全開にしても通用せず。

パーティー総出の連携も、ほとんど効果なし。

レイの最強技ですら、わずかなダメージしか—。



「準備はいいか?」


「はい!ですが...父上、この敵は凄まじいかと...!」


扉が開かれる。

そこには、誠の知る通りの姿。


「光と闇の支配者(ライト・ダーク・オーバーロード)」。


巨大な体躯から放たれる威圧感。

光と闇が渦巻く禍々しいオーラ。


「来たか、挑戦者よ」


(ここからが長い戦いの...!)


「では、参りましょう!父上!」


しかし。


「重力共鳴、父子の型!」


放たれた一撃で、支配者の体が大きく歪む。


「なっ...何という力!?」


「父上、効いてる!?」


マクシミリアンも驚いた様子。


「これは...予想以上だな」


支配者の周りの光と闇が、重力の渦に飲み込まれていく。


「くっ...光も闇も、重力には...!」


(え?えええええ!?)


「行くぞ、アレクサンダー!」

「は、はい!」


父子の重力が完全に同調。

タイタンの加護も、リーパーの加護も、最大限に共鳴する。


「我らが—」

「重力(グラビティ)よ!」


巨大な重力場が支配者を包み込む。

光も闇も、全てが重力の前に圧縮されていく。


「馬鹿な...私が、たった二撃で...!」


轟音と共に、支配者が消滅。

そこに、求めていた「聖なる光輝の結晶」が残される。


「これで...終わり?」


誠は茫然とする。


(レイでは何度も全滅して、それでもなかなか勝てなかったのに...)


「どうした?」


マクシミリアンが不思議そうに。


「いえ...その、意外と簡単に...」


「なるほど」


父が理解したように頷く。


「別の力では苦戦する相手だったのかもしれんな」


「というか、重力との相性が良すぎました」


「確かに」


マクシミリアンが結晶を手に取りながら。


「光や闇は重力には逆らえん。全ての物質も、エネルギーも、重力の前では平等なのだ」


(そうか...!だからレイは苦戦して、逆に私たちは...!)


「面白い発見だったな」


父が満足げに。


「さて、帰るとするか」


「はい!」


誠は密かに苦笑する。

前世での苦戦の記憶と、あまりにも違う結末。

しかし、それはそれで新鮮な発見だった。


(母上に報告したら、また研究熱心になっちゃいそうだな...)


100層の広間で、父子は「聖なる光輝の結晶」を前に向き合っていた。


「では、使ってみましょうか」


マクシミリアンが頷く。

二人は結晶に手を触れる。


その瞬間—。


「これは...!」


眩い光が結晶から放たれ、父子の周囲を包み込んでいく。

重力の力が、光と共鳴を始める。


(すごい...!これもゲームでは見られなかった光景!)


蒼く輝いていた重力場が、純白の輝きを帯び始める。


「アレクサンダー、この力は」


「はい...重力が、浄化されていく」


まるで穢れを祓うように、二人の重力魔法が変容していく。

それは単なる力の強化ではない。より根源的な、質的な変化。


```

タイタンの加護が反応する。

リーパーの加護も共鳴。

三つの力が、新たな次元へ。


「重力(グラビティ)よ...」

「聖なる光と共に...!」

```


広間全体が、純白の重力場に包まれる。


「試してみるか」


マクシミリアンが手を上げる。


「聖なる重力波動!」


放たれた力は、これまでの重力とは明らかに違った。

空間を歪めるのではなく、浄化するかのような波動。


(これが...始祖の吸血鬼に対抗できる力!)


誠も同様に力を解放する。


「我が聖重力(ホーリーグラビティ)よ!」


思わず厨二病全開の掛け声。

しかし今回は、父も同調するように。


「天よりの重力(グラヴィティ)、降り注げ!」


父子の力が交差する。

純白の重力場が織りなす光景は、まるで天啓のよう。


「父上、この力なら!」


「ああ」


マクシミリアンの表情が引き締まる。


「邪悪な者どもに、強さとは何かを教えてやれるな」


新たな力は、父子の絆をより強固にしているようだった。

まるで聖なる加護が、その関係をも祝福しているかのように。


「では、母上の元へ」


「ああ。エレノアの表情が楽しみだ」


(母上、見ていてください。私たちの新たな力を!)


帰路に着く父子。

その周りには、かすかな聖なる輝きが漂っていた。


途中、休憩を取りながら、誠は密かに考える。


(これで...ブラッドストーンにも、そして始祖王にだって...!)


父は黙って微笑んでいた。

おそらく、息子の内なる決意を悟っているのだろう。


聖なる重力(ホーリーグラビティ)。

その力は、確実に運命を変える鍵となるはずだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

俺がアル様に転生してしまった件について〜前世は厨二病アル教徒〜 モロモロ @mondaru

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ