第16話 月下の戸惑い
書斎での話が終わり、誠はメリッサを中庭まで送ることに。
月明かりが銀色の光を投げかける静かな空間。
「本当に...ありがとうございました」
「いや、我が重力の導きに従いしのみ...」
相変わらずの厨二病口調。
しかしメリッサは、今度は優しく微笑む。
「アレクサンダー様は、本当に変わった方なのですね」
「ふ、ふむ。されど、それこそが我が...」
その時—。
メリッサが一歩近づき、そっと背伸びをする。
月光に照らされた少女の瞳が、すぅっと閉じられる。
「...え?」
柔らかな感触が、唇に触れた。
(えええええええ!?)
前世でもモテない大学生だった誠。
人生で、これが初めての—。
一瞬の出来事。
だが、確かな温もりと、かすかな甘い香り。
「っ!!」
驚きのあまり、厨二病が完全にショート。
全身が凍りつく。
その時、不思議な現象が起きた。
メリッサの背後に、淡く光る蝶の翅が浮かび上がる。
そして誠の周囲に渦巻く重力の力が、その光と呼応するように踊り始める。
「あ...」
「これは...」
二人の魔力が、自然と共鳴を始める。
重力と蝶の魔法が、月明かりの下で美しい光の渦を作り出す。
(な、なにこれ!?ゲームにもスピンオフ小説にもない展開なんだけど!?)
「アレクサンダー様の重力が...私の蝶と...」
メリッサの声も、驚きに震えている。
「こ、これは...その...我が重力(グラビティ)が...!」
必死で厨二病モードに戻ろうとするも、顔が真っ赤になっているのは隠せない。
「面白い反応ですね」
メリッサが、今度は少し意地悪そうに微笑む。
その表情には、先ほどまでの憂いが嘘のように消えていた。
「そ、それは...我、我が...」
「アレクサンダー様?お顔が赤いですよ?」
「ち、違う!これは重力の力があまりに...!」
(うわあああ、めちゃくちゃ動揺してる!前世でもこんな経験ないのにぃ!)
周囲では相変わらず、重力と蝶の魔法が美しい共演を続けている。
「不思議ですね。こんな魔法の共鳴、初めて...」
「い、いや、これは...その...」
必死に気を取り直す。
「我が重力より贈られし、運命の導きか...」
「ふふ」
メリッサが、また一歩近づく。
「ひっ!」
思わず後ずさる誠。
もはや厨二病どころではない。
「あ、あの!我は突然の来訪に備え、重力の...!」
「本当に、可愛らしい方なのですね」
「か、可愛らしいだなんて!我は重力を統べる者にして...!」
必死の厨二病アピール。
しかし、真っ赤な顔では説得力がない。
「では、おやすみなさい。アレクサンダー様」
軽やかな一礼を残して、メリッサは立ち去っていく。
その背中には、まだかすかに蝶の翅が浮かんでいた。
中庭に一人取り残された誠。
月明かりの下、まだ顔は真っ赤なまま。
(い、今の...キス、だよね...?マジで...!)
震える手で唇に触れる。
かすかに残る、甘い香り。
「うわああああ!」
思わず空を仰ぐ。
今まで経験したことのない感情の渦。
そして、予想外の魔法の共鳴。
「か、髪も梳かしてないのに...」
前世の残念な大学生の性が、不意に顔を出す。
(って、今はアル様なんだった!!)
しばらくの間、中庭では重力使いの厨二病少年が、初めてのキスの余韻と戸惑いに翻弄されていた。
月が優しく照らす夜。
確かに、何かが変わり始めていた—。
「アル」
中庭から戻ろうとした誠の背後から、冷たい声が。
「り、リザ!?」
振り向くと、エリザベスが立っていた。
その瞳には、見慣れない感情が宿っている。
(まずい...見られてた!?)
「メリッサと、楽しそうだったわね」
その声には、いつもの明るさがない。
「あ、いや、これはその...我が重力の導きにより...!」
必死の厨二病で誤魔化そうとするも。
「キス...したの?」
「!!」
図星を突かれ、言葉に詰まる。
顔が、また真っ赤になっていく。
(うわあ...こういうの、ゲームでもスピンオフでも扱ってなかったよ!?)
「私も...」
エリザベスが一歩、近づいてくる。
「リ、リザ?」
「私だって...!」
「お二人とも、まだいらしたのですね」
不意に響く、第三の声。
振り向くと、そこにはベアトリスの姿。
「ベアトリス...」
銀色の髪が月明かりに輝く少女は、優雅な立ち振る舞いの中に、どこか鋭い視線を宿していた。
「こんな夜更けに、二人きりとは...如何なものかしら」
「べ、別に二人きりってわけじゃ...!」
誠の動揺した様子に、ベアトリスの眉が僅かに動く。
「まさか...メリッサとの噂は本当だったの?」
「え?」
「先ほど、人が噂していたわ。2人が中庭での密会をしているって」
(他の人にも見られてたの!?)
エリザベスの表情が更に曇る。
「アル、私と約束したでしょう?私たちの力は...」
「私たちグラヴィティアス家とローゼンクランツ家こそ、本来は...」
「蝶の魔法との共鳴は、偶然で...!」
言い訳しようとする誠。
しかし、それぞれの少女の表情は真剣そのもの。
「アルの重力は、私の星光と...!」
「家柄からして、当然ベアトリスと...!」
「蝶の魔法との共鳴は、突然の...!」
(うわあああ、なんでこうなった!?)
そこへ、闇からひっそりとメリッサが現れる。
「あ...」
四人の視線が絡み合う。
空気が、凍りつく。
「アレクサンダー様」
「アル」
「アレクサンダー」
(たっ、助けて誰かー!)
必死に周囲を見回す誠。
すると—。
「若様、そろそろお客様たちがお帰りの時間かと」
エリカの声が、救いの光のように響く。
「あ、ああ!そうでした!」
全力で逃げ...いや、立ち去ろうとする誠。
「アル!」
「アレクサンダー様!」
「mだ...!」
三方から呼び止められるも、誠は猛ダッシュ。
(無理!これは無理!前世でもこんな経験ないし、攻略本にも載ってないよ!)
大広間まで逃げ...到着した誠は、壁に寄りかかって大きなため息。
「若様」
「エリカ...助かった...」
「ふふ」
シエラを抱いたエリカが、珍しく楽しそうに微笑む。
「初めての経験は、大変ですね」
「う...」
シエラまでが、にこにこと誠を見つめている。
「もう...我が重力(グラビティ)に対して、なんという仕打ち...」
虚勢を張るも、顔は未だに真っ赤。
中庭では、三人の少女たちが月明かりの下、何やら話し合いを始めているようだった。
(儀式まであと一週間なのに...こんな予想外の展開が...!)
誠は再び大きなため息。
シエラが小さな手を伸ばし、その頬を優しく叩く。
まるで「頑張れ」と言うように。
「ありがとう、シエラ。でも、これは...」
厨二病で誤魔化せる範囲を、完全に超えていた。
宴の終わりは、思わぬ波乱の幕開けとなったのだった—。
大広間の片隅で、誠は頭を抱えていた。
(うわあ...どうしよう。いや、ちょっと待て。落ち着いて本編のことを...)
『The Divine Light』本編での彼女たちの姿が、次々と脳裏に浮かぶ。
エリザベス・フォン・シュテルンハイム
「アレクサンダー...本当は、こんな結末を望んでいなかったはず」
空中都市フロートピアでの再会シーン。
17歳の麗しい姿で、星光の力を操る彼女。
政略結婚で引き離された幼なじみ。
「星の光が...あなたを照らし続けていますように」
(リザは...本編では一番人気のヒロインで、攻略本にも専用ルートがあって...)
記憶が止まらない。
ベアトリス・フォン・ローゼンクランツ
「私の想いが、この薔薇のように紅く染まっていくの」
第4章での決戦。
「薔薇の魔女」として立ちはだかる彼女。
一方的な想いを、棘となして振り絞る。
「幼い頃からずっと...あなただけを見てきたのに」
(ベアトリスルートは隠しシナリオで、条件がめちゃくちゃ厳しくて...!)
さらに記憶は続く。
メリッサ・ナイトシェイド
「漆黒の蝶は、もう戻れない道を選んだの」
第6章、「漆黒の月」結社での再会。
蝶の力を闇に染め上げた彼女。
しかし、その瞳の奥には...
「同じ運命を背負う者として...理解してくれると思ったのに」
(メリッサルートは...スピンオフ小説でしか描かれなかった幻のルート。それが、まさか本人とキス...!?)
顔が再び熱くなる。
そしていずれは出会うだろう
イリス・フォン・アーデルハイト
「アレクサンダー兄様...どうして、こんな悲しい戦いに」
王城での最終決戦。
癒しの魔法を使う、純真な王女。
誰よりも和解を望んだ彼女。
「私が...皆の心を、繋ぎとめられたなら」
(イリスルートは...え?イリスちゃんは今日の宴には?まさか寝ちゃった?)
混乱する頭で、誠は呻く。
(待て待て...本編は17歳以降の話で、今はみんなまだ子供なんだから...!)
しかし、先ほどのキスの感触が、まだ唇に残っている。
「うぅ...」
エリザベスの星光は、最も相性の良い魔力。
ベアトリスの薔薇には、純粋な憧れが込められていた。
メリッサの蝶は、同じ運命を背負う共感があって。
イリスの癒しは、最後の救いになるはずで...
(本編知識が多すぎて、余計に混乱するぅ...!)
「若様」
「わっ!」
エリカの声に飛び上がる。
「まだ、悩んでいらっしゃるのですか?」
(だって...!本編では皆、それぞれ違う...いや、そもそも本編の知識は伏せないと...!)
シエラが楽しそうに手を叩く。
「シエラまで...」
「ふふ、若様の反応が面白いのでしょうね」
「エリカまで面白がらないで...!」
(っていうか、本編だとシエラ様は第4章で颯爛と...いや、それも今は関係ない!)
「はぁ...我が重力(グラビティ)に、かかる重圧...」
「かなり混乱してるようですね」
「うっ...」
中庭からは、まだ三人の声が聞こえてくる。
「私の星光との共鳴は...!」
「薔薇の契りこそ...!」
「蝶の導きが示すのは...!」
(た、助けて...!攻略本にない展開すぎる...!)
こうして誕生日の宴は、思わぬ形で最高潮を迎えていた。
母を救うための準備は着々と進んでいるというのに、
予期せぬ"攻略"イベントが始まってしまったようで—。
誠の悶絶は、まだまだ続きそうだった。
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