第13話 悪夢と魔道具

「母上!」


儀式の間。

崩れ落ちる天井。

そして、自分を庇って倒れる母の姿—。


「はっ!」


冷や汗を浮かべて目を覚ます。

寝巻きがびっしょりと汗で濡れていた。


(30回...いや、もう40回は見ただろうか。ゲームでも小説でも、このシーンだけは)


深夜の部屋で、誠はゆっくりと息を整える。

山賊との戦いから一週間。心の傷は癒えても、この悪夢だけは消えない。


また同じ悪夢で目を覚ました誠は、月明かりの差し込む窓辺に佇んでいた。


「エリカ」


声を潜めて呼びかけると、いつものように影から姿を現す。

シエラは相変わらず気持ちよさそうに眠っている。


「若様、また悪夢を?」


「...うん」


誠は迷った末、重い口を開く。


「話を、聞いてもらえるかな」


「もちろんです」


エリカは静かに窓辺の椅子に腰掛ける。


「その...最近、怖い夢を見るんだ」


「どんな夢なのですか?」


「儀式の夢」


誠は慎重に言葉を選ぶ。

前世での記憶は明かせない。

でも、この不安だけは誰かに—。


「母上が...私を守って、傷つく夢」


「なるほど」


「それで、母上に何かあって...どうしても、目が覚めちゃうんだ」


小さな手が震えているのを、エリカは見逃さない。


「若様」


「変かな?5歳の子供が、こんな不安を...」


「いいえ」


エリカはシエラを優しく抱き直しながら、静かに告げる。


「大切な人を守りたいという想いは、年齢に関係ありません」


「エリカ...」


「むしろ、その不安を感じられることが、成長の証かもしれません」


月明かりに照らされた幼い横顔に、エリカは深い思いを感じ取っていた。


「でも、怖いんだ」


素直な告白が続く。


「母上を失うのが、怖い。守れないのが、怖い。無力な自分が...怖い」


声が詰まる。

必死で堪えている。


「私には、力があるのに。重力を操れるのに。なのに、夢の中では...!」


エリカは立ち上がり、誠の前に膝をつく。


「若様、まだ5歳です」


「でも!」


「ですが、その想いがあるからこそ、私たちは全力でサポートする」


シエラが小さな手を伸ばす。

まるで「大丈夫だよ」と言うように。


「守りたい想いは、必ず力となる」


「エリカ...」


「ただし、一人で抱え込まないこと。それが、私からのお願いです」


誠は小さく頷く。


「うん...ありがとう」


(本当は、もっと話したいことがある。前世での記憶も、確実な危険も。でも—)


「エリカ」


「はい?」


「これからも、傍にいて」


「もちろんです。シエラと共に」


月明かりの中、小さな影が少しだけ肩の荷を下ろした夜。

全ては話せなくとも、誰かに想いを伝えられる相手がいる。

それは、小さな心の支えとなっていくはずだ。


なかなか寝付けずに立ち上がり、机の引き出しから一枚の羊皮紙を取り出す。

そこには細かなメモが記されていた。


- 結界の設置位置

- 闇魔術の対策

- 避難経路の確保

- 刺客への対応


「これだけじゃ...ダメなんだ...母上に、直接お願いしようと思う」


***


翌朝。エレノアの私室を訪れた誠は、珍しく緊張した面持ちだった。


「アレクサンダー?どうしたの?」


優しく微笑むエレノア。

その笑顔を守るために—。


「母上、お願いがあります」


「なぁに?」


「魔道具を...作っていただけないでしょうか」


エレノアは少し驚いた表情を見せる。


「まあ、珍しいわね。どんな魔道具?」


「えっと...」


言葉を選びながら、誠は慎重に話を進める。


「護身用の...できれば、緊急避難ができるような」


「あら、そんな危険な物を?」


「違うんです!その...母上のために」


「私の?」


誠は真剣な眼差しでエレノアを見つめる。


「母上を、守りたいんです」


「アレクサンダー...」


「夢を見るんです。母上が危険な目に...その時、私が守れなくて...!」


感情が溢れそうになるのを、必死で抑える。


(冷静に...5歳の子供らしく...でも、この想いだけは!)


「お願いします。母上の作る魔道具なら、きっと」


エレノアは静かに息子を見つめ、そっと膝をつく。


「そんなに心配してくれるの?」


「はい!母上は、私の...私の全てですから!」


その言葉に、エレノアの目に涙が光る。


「分かったわ。でも、約束よ?」


「はい!」


「その魔道具は、最後の最後まで使わないこと。そして—」


エレノアが優しく誠の頬を撫でる。


「あなたも、無理はしないこと」


「...はい」


(ごめんなさい、母上。この約束は、守れないかもしれない)


数日後、エレノアの私室で、誠は青い宝石の首飾りを手に取っていた。


「これが...護身用の魔道具ですか?」


「ええ。でも、ただの護身用ではないのよ」


エレノアは自分の首にも同じ首飾りを掛けながら、優しく微笑む。


「星天の絆...私たちを繋ぐ、特別な魔道具」


「繋ぐ...?」


「ここに、少し魔力を込めてみて」


誠が言われた通りにすると、手の中の宝石が柔らかく光を放った。


そして—


「あ...温かい」


「感じるでしょう?私の存在が」


確かに、母の気配が伝わってくる。

まるで、小さな手の中に母の温もりが広がっているかのよう。


「これをしていれば、私たちはいつでも繋がっているの」


「母上...」


(こんな魔道具、ゲームにはなかった。でも、これなら...!)


「それとね」エレノアは続ける。


「緊急時の使い方も、覚えておいて」


「緊急時?」


「宝石を強く握って、『星天の導き』と唱えるの」


「星天の導き...」


「そう。そうすれば、安全な場所に逃げることができる。でも—」


エレノアは真剣な表情になる。


「一度しか使えないわ。だから、本当に危険な時まで取っておくのよ」


「はい!」


「あと、もう一つ大切なことが」


そう言って、エレノアは机の引き出しから、もう一つの首飾りを取り出した。


「父上の分...ですか?」


「ええ。あの人ったら、自分の身は顧みないから」


優しい笑みを浮かべながら、エレノアは三つ目の首飾りを見せる。


「こっそり作っておいたの。アレクサンダー、お父様にあげてくれる?」


「えっと...父上が受け取ってくれるでしょうか」


「あの人、あなたからなら素直に受け取ると思うわ」


誠は小さく頷く。


(そうか...父上も守らないと)


「でも、どうやって渡せば...」


「ふふ、それはね—」


エレノアは誠の耳元で、作戦を囁く。

単純だけど、きっと効果的な方法。

マクシミリアンの性格を知り尽くした妻だからこその提案だった。


「分かりました!」


「お父様にも、私たちの絆が必要なの」


エレノアの瞳が優しく輝く。


(本当の意味で、家族を守るための道具なんだ)


誠は三つの首飾りを見つめる。

青い宝石が静かに光を放っている。

まるで、これから守ろうとする絆そのもののように。


「母上...ありがとうございます」


「いいえ。これは、私たち家族みんなのために」


誠の胸に、確かな温もりが広がっていった。

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