第12話 迫る運命

廃坑でのコボルト討伐も限界に達し、誠は自室で物思いに耽っていた。


(これじゃダメだ...これじゃ、母上を守れない)


窓から差し込む月明かりに照らされた手の平を見つめる。


「どれだけモンスターを倒しても...評議会の刺客とは、全然違う」


ゲーム本編での記憶が蘇る。

無数の刺客。

闇ギルドの暗殺者たち。

儀式の際に襲い来る、人間の敵。


「私は人を倒せるのか?」


「ふむ...そろそろ、人との実戦経験が必要ね」


突然の声に、誠は飛び上がった。


「え!?エリカ!?」


窓辺に、エリカが立っていた。

背中のシエラは気持ちよさそうに眠っている。


「若様の悩みは分かります。しかし—」


「分かっているんです。5歳の私に、人との戦いは早すぎる。それは...」


エリカはゆっくりと首を振る。


「むしろ、その決意を待っていました」


「え?」


「北方の山道で、山賊の一団が村を襲っているとの報告があります」


誠は息を飲む。

エリカの真剣な眼差しに、覚悟が求められているのを感じる。


「それは...」


「ただし、条件があります」

「私が同行し、万が一の際は介入させていただく」

「そして、若様自身の意思で決めること」


誠は深く息を吸う。

今までは獣や魔物との戦い。

しかし人との戦いは、全く異なる。

それは分かっていた。


(でも、これは必要なこと。儀式の時、母上を守るために...!)


「エリカ、お願いします」


「ご決断は?」


「僕は...人と戦います。母上を守るために、必要な経験として」


エリカは静かに頷く。


「では、参りましょう」


***


月明かりの下、山道を行く二人。

風走りの靴のおかげで、誠の足音は全く聞こえない。


(心の準備はできている。今まで通り、重力で...)


その時、風に乗って声が聞こえてきた。


「おい、次はどの村を襲うんだ?」

「あん?東の谷間の村あたりが手頃だろ」

「へへ、女や子供も大漁だぜ」


酒に酔った声。

誠の体が強張る。


(これが...人を襲う者たち)


「若様」


エリカの声が低く響く。


「私たちは影に。まずは状況を」


茂みに身を潜め、キャンプを覗き込む。

たき火を囲む十数人の山賊たち。

粗暴な笑い声と、残虐な自慢話が飛び交う。


「先月の村じゃ、良い思いしたぜ」

「ああ、あの娘の悲鳴がまた...」

「強請るのが、たまらねぇよな」


誠の拳が震える。


(これは...これは...!)


「若様、冷静に」


「分かって...います」


声は震えているのに、決意は固まっていく。


(これは、ゲームじゃない。でも...!)


立ち上がる。

月光に照らされた小さな姿。


「そこまでだ」


声が響く。

山賊たちが驚いて振り向く。


「あん?ガキか?」

「おい、貴族の坊ちゃんみてえだぞ?」

「へへ、さらって身代金か?」


誠は右手を上げる。


「重力領域、展開」


「なっ!?」

「う、浮いてる!?」

「何の術だ!?」


宙に浮かぶ山賊たち。

今までと同じように—と思った瞬間。


「く、苦しい...」

「や、やめろ...」

「お、お願い...」


生きた人間の苦痛の声。

獣とは違う、言葉を持つ存在の悲鳴。


(これは...これは...!)


その一瞬の躊躇。


「ガキャァァ!」


背後から飛んできたナイフが、誠の腕を掠める。


「くっ!」


生まれて初めての、人から受けた傷。

温かい血が滲む。


「若様!」


エリカの声。

しかし—


「大丈夫です!」


痛みが、逆に意識を覚醒させる。


(そうだ。これが現実。これが、戦いということ)


「重力制御...絞り込み」


確実に圧殺する圧力。

それを計算しながら—


「がはっ!」


一人、また一人と倒れていく山賊たち。


「化け物め!」

「た、頼む...許して...」

「うっ...母ちゃん...」


最後の声に、誠の動きが一瞬止まる。


(母...母上...!)


「若様、後ろ!」


エリカの警告で我に返る。

背後からの刃を、重力の盾で防ぐ。


「私が...私が母上を守るんだ!」


叫びながら、最後の一撃。

圧殺される山賊たち。

そして—静寂。


確実に生存者がいないか確認しながら、一人一人点検していく。

その手が、震えが止まらない。


「う...」


吐き気が込み上げる。

木の陰で膝をつく。


「うぅ...うっ...」


嘔吐が止まらない。

涙が溢れ出す。


「うわああああ!」


叫びながら、吐き続ける。


「私...私は...!」


後悔?

違う。

恐怖?

違う。


人を殺したという実感。

ゲームでは味わえなかった、現実の重み。


「若様...」


エリカが傍らに膝をつく。


「私は...私は...!」


「ええ、辛い決断をなさいました」


「でも、これしか...母上を...母上を守るには...!」


「分かっています」


シエラを抱いたまま、エリカは誠の背中をさする。


「今は、全てを出していいのです」


その言葉で、最後の理性が崩壊する。


「うわああああああ!」


森に響く悲痛な叫び。

それは5歳の少年の、人を殺した夜の記録。


「ごめんなさい...ごめんなさい...!でも、母上のために...!」


嗚咽が止まらない。


「もう、こんなことは...二度と泣かない。でも、今だけは...!」


シエラが小さな手を伸ばし、泣き崩れる誠の頬に触れる。

温かい。


(ありがとう...シエラ。君は、私の弱さを見ていてくれるんだね)


長い夜が明けていく。


誠は立ち上がる。

震える足で、でも確かな決意と共に。


「エリカ...ありがとうございました」


「いいえ」


「もう...大丈夫です」


その言葉に偽りはなかった。

これが最初で最後の、弱さを見せる夜。


(母上...必ず守ってみせます。このリアルな世界で、この現実の戦いの中で)


帰路につく二人。


誠の背中は小さいままだったが、確実に何かが変わっていた。ゲームの中の「戦い」とは違う、現実の重みを知った夜—。


それは、アレクサンダー・グラヴィティアスの、新たな一歩となった。

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