第11話 限界への到達

グラヴィティアス邸の執務室。

マクシミリアン公爵の前で、誠は深々と頭を垂れていた。


「軽率だぞ、アレクサンダー」


父の声は、怒りより深い失望を含んでいた。

それが余計に、誠の心に突き刺さる。


「申し訳ございません...」


「エリカ殿の報告は聞いた。ゴブリンの巣を単独で討伐しようとしたそうだな」


横には母エレノアの姿も。

心配そうな眼差しが、更なる後悔を誠に突きつける。


「アレクサンダー、あなたまだ5歳よ?確かに力は持っている。でも—」


「はい...慢心していました」


(本当に、バカだった...『TDL無双』でクリアしたからって、現実が同じだと思うなんて)


「幸いエリカ殿が気付いて、すぐに駆けつけてくれた。だが、もし間に合わなければ...」


マクシミリアンの言葉が途切れる。

その可能性を口にするのも辛いといった様子だ。


「お前の力は確かだ。集落での戦いは、見事だったと評議会でも評価されている。しかし—」


「その力に溺れてはいけないのよ」


エレノアが静かに言葉を継ぐ。


「母上...」


「あなたの命より大切なものなど、この世にありません」


その言葉に、誠の目から涙が零れる。


(母上を守るために強くならないと...そう思ってたのに、逆に心配をかけてしまった)


そこへ、執務室の扉が開かれる。


「失礼いたします」


騎士団長のヴィクター・レオンハルトが入室してきた。

40代半ばの精悍な騎士は、マクシミリアンに一礼する。


「報告です。先ほど、騎士団による討伐が完了いたしました」


「お見事」


「ゴブリンの巣は完全に制圧。キングも討伐いたしました」


誠は僅かに顔を上げる。


(騎士団なら、あのキングを...!)


「詳しい状況を」


マクシミリアンの声に、ヴィクターは報告を始める。


「討伐隊総勢100名。重装歩兵隊が正面から、弓兵隊が死角から、そして魔法隊による援護。さらに精鋭騎士10名でキングを包囲」


淡々とした口調だが、その作戦の綿密さが伝わってくる。


「それでも苦戦を強いられました。キングの力は、予想を上回るものでした」


「負傷者は?」


「軽傷20名、重傷2名。しかし、死者は出さずに済みました」


エレノアがほっと胸をなで下ろす。


「これが、組織の力よ」


その言葉に、誠は更に深く頭を垂れる。


(100人の騎士でも苦戦する相手に、一人で向かおうとするなんて...)


「アレクサンダー」


ヴィクターが声をかける。


「は、はい!」


「集落での戦いは、見事だった。あれだけの数を、民に被害を出さず制圧するのは、並の騎士にもできない芸当だ」


「いえ、僕は...」


「だからこそ」


騎士団長の声が厳しくなる。


「その力を無駄にしてはならない。一人の英雄より、百の騎士の方が多くの民を救える。それが、私たちの教訓だ」


「はい...」


「いずれお前も、騎士団と共に戦うことになるだろう。その時のために、今は着実に力を蓄えるのだ」


誠は黙って頷く。


(そうだ...『TDL無双』は一人の主人公の物語だけど、現実はもっと複雑だ)


「では、私はこれで」


ヴィクターが退室しようとした時、エリカが現れる。


「失礼いたします。アレクサンダー様、準備はよろしいですか?」


「え?」


「次の訓練です。今回の件を踏まえた、新たな鍛錬を」


マクシミリアンが頷く。


「行くがよい。しかし—」


「はい、今度こそ慎重に」


「その言葉、忘れるなよ」


誠は両親に深々と一礼し、エリカに付き従う。

廊下を歩きながら、エリカが静かに語る。


「ゴブリンキングとの戦い、よく観察させていただきました」


「はい...情けない姿を」


「いいえ、むしろ良い経験でした。あの一瞬の判断力、重力の使い方。基礎はできています」


シエラを抱きながら、エリカは続ける。


「ですが、まだ力の使い方が荒い。もっと効率的に、より細やかに—」


「はい!」



「これからは、もう少し慎重に...」


その言葉に、誠は背筋を伸ばす。


シエラが小さな手を伸ばし、誠の頬を優しく叩く。

まるで「頑張れ」と言うように。


「ありがとう、シエラ」



俺は確実なレベルアップをしていく事を誓った。



数日後…


「ふふふ...ついに来たぞ」


王都近郊の廃坑の前で、誠は密かに微笑んでいた。


(これぞ『The Divine Light』序盤のレベル上げスポット!この廃坑のB2Fには...)


落とし穴の罠をワザと起動させる。

落ちながら重力操作で右の横穴へ入る。

そして進むと。


「コボルトのモンスターハウス...まさに天啓!」


前回のゴブリンキング戦での失態を取り戻すため、レベル上げは必須だった。

しかし今度は、より計画的に。


(エリカには『地域の調査』という理由で許可もらったし...それに、このレベルのコボルトなら問題ないはず!)


廃坑の入り口をくぐる。

風走りの靴が、砂利を踏む音も無く進んでいく。


「我が重力(グラビティ)よ、導きたまえ...!」


完全に厨二病が溢れ出しているが、周りに人はいない。むしろ、この状況を楽しんでいる。


(『TDL無双』プレイ時代の俺に教えてやりたいぜ...お前の推しキャラになって、直接無双できる日が来るなんてな!)


B1Fには、予想通り通常のコボルトが数匹。


「ふん、貴様ら程度、我が重力の餌に過ぎん!」


「グァ!?」

「キィ!」


宙に浮かび上がるコボルトたち。


「重力の檻、展開!そして—圧縮!」


気絶するコボルトたちを見下ろしながら、誠は満足げに頷く。


(うん、ちゃんと気絶レベルの圧力で...これなら安全にレベル上げできる!)


階段を降りB2Fへ。

落とし穴起動から横穴へ。

そこには—


「おおお...!これぞモンスターハウス!」


大広間に、無数のコボルトが蠢いていた。

松明の灯りに照らされる中、採掘道具を持った彼らが忙しなく動き回っている。


(50匹...いや、100匹はいるな。しかも、あっちこっちの部屋に...)


誠は高らかに宣言する。


「我が名は、重力を統べる者!闇を照らす重力(グラビティ)の導き手にして...」


「グァ?」

「キィ?」


コボルトたちが首を傾げる。


「アレクサンダー・グラヴィティアス!」


両手を広げ、重力を解き放つ。


「重力の渦、展開!」


大広間の空間が歪み始める。

コボルトたちが次々と宙に浮かび上がる。


「グァァァ!」

「キィィィ!」


「ふはは!踊れ、舞え!我が重力の導きの下に!」


(完全に厨二病全開だけど...誰も見てないし、いいよね?)


宙を舞うコボルトたちを、グループ分けしながら次々と気絶させていく。


「重力波動!」

「重力の檻!」

「重力嵐!」


技名を叫ぶ度に、コボルトたちが倒れていく。


「おっと」


体に暖かな感覚。

これでもう3回目のレベルアップだ。


「ふふ...力が漲る!さらなる高みへ!」


奥の部屋へと進む。

そこにも大量のコボルト。


「汝ら、我が重力無双の証人となるがよい!」


(あー楽しい!これぞ無双ゲーの醍醐味!)


「グラビティストーム!」

「重力乱舞!」

「次元歪曲・重力解放!」


技名は完全に即興だが、それも含めて楽しんでいる。


「うおお、また上がった!」


レベルアップの感覚が、さらに体を包む。


「この感じ...いいねぇ」


採掘場だった広間、倉庫として使われていた部屋、休憩所として使われていた場所。

次々と"制圧"していく。


「我が重力よ、さらなる高みを!」

「示せ、グラヴィティアスの名において!」

「重力無双、ここに極まれり!」


気がつけば、廃坑のB2Fは完全に制圧されていた。


「ふぅ...」


満足げに周囲を見渡す。

気絶したコボルトたちが、次々と光となって消えていく。


(うん、これで結構なレベルアップができたはず。しかも、ゴブリンと違って民家に被害を与える心配もないし)


「さて、収穫の確認といきますか!」


コボルトたちの持っていた採掘道具や鉱石を回収していく。


(これも売れば、かなりの金額になるはず。ゲーム知識、かなり役立つな)


最後に、誠は勇ましいポーズを決める。


「我、アレクサンダー・グラヴィティアス、この廃坑を完全制圧せり!次なる試練、いつなりとも来たれ!」


(うわ...誰も見てないとはいえ、ちょっと恥ずかしいかも)


だが、その笑顔は輝いていた。

時に厨二病全開で、時に効率重視で。

自分なりの戦い方を見つけられた手応えを感じていた。


「次は...上の階にも、結構いるはずだよね」


誇らしげに階段を上りながら、誠は密かに呟く。


「重力支配者の物語は、始まりに過ぎませんよ...ふふふ」




朝日が昇る前、誠は馴染みとなった廃坑へと向かっていた。

3ヶ月間、ほぼ毎日通いつめたレベリングスポット。


(『The Divine Light』での知識が本当に活きたな...ゲーム本編じゃ、この廃坑に来る頃にはレイくんは17歳だったけど)


風走りの靴で軽やかに入り口をくぐる。

もはやここでの戦闘は、完全なルーティンと化していた。


「コボルトどもよ、我が重力無双の時間である!」


最近は厨二病全開でいられる貴重な時間として、むしろ楽しんでいた。


「重力嵐、全域展開!」


B2Fの大広間に降り立つなり、100体ほどのコボルトを一気に浮かび上がらせる。


「グァァァ!」

「キィィィ!」


「重力の渦、三段回転!」


宙に浮いたコボルトたちが渦を巻き始める。


(うん、これでいつものように一気に...ん?)


しかし、いつもなら感じるはずの暖かな感覚—レベルアップの実感が、まったく得られない。


「おかしいな...」


次の部屋へ移動。さらに大量のコボルトを倒す。


「重力波動、マキシマム!」

「次元歪曲、フルパワー!」


派手な技名を連呼しながら、効率的に敵を倒していく。

しかし。


「また、来ないな...」


レベルアップの感覚が、完全に途絶えている。


(まさか...攻略本に書いてあった"序盤のレベルキャップ"!?)


誠は思い出していた。ゲーム本編では、ストーリーの進行に応じてレベル上限が解放されていく仕様があった。


(確か...第5章のボス撃破でレベル上限が解放される。それまでは50がマックス...)


自身の体の感覚を確かめる。

確かに、以前とは比べものにならないほど重力の扱いが洗練されている。


「というわけで...レベル50到達、って所か」


壁に寄りかかり、誠は静かに笑う。


(3ヶ月でレベル50か。ゲームの経験を活かして、かなり効率的にレベル上げできたんじゃないかな)


これまでの成長を振り返る。


最初の頃:

- 5体程度が限界だった重力制御

- 細かい操作が難しかった

- すぐに疲れてしまっていた


現在:

- 100体同時に制御可能

- ミリ単位での重力調整が可能

- 長時間の戦闘も余裕


「随分と成長したもんだ...」


しかし同時に、新たな課題も見えてきた。


(これ以上は、単純なレベル上げじゃダメってことか)


ゲーム本編では、この段階でレイは様々な試練に挑戦していく。

そして第5章のボス—「漆黒の炎帝」との戦いを経て、新たな高みへと至る。


「俺の場合は...」


母を失う運命の日まで、あと1年。

レベルキャップに達したとはいえ、現状の力では心もとない。


(よし、ここからは質を上げていこう)


誠は決意を新たにする。


「諸君!」


気絶したコボルトたちに向かって、大仰に宣言する。


「我らの戦いも、今日にて最後となろう!貴様らのおかげで、この重力使いはここまで成長できた。感謝する!」


(いや、気絶してるから聞こえてないんだけど...まあいいか!)


「されど、我が戦いはここからが本番!母上を守るため、より強き力を...!」


完全に厨二病全開だが、その決意は本物だった。


帰り道、誠は新たな修行プランを練っていた。


- より精密な重力制御

- 複数の重力場の同時展開

- 瞬間的な重力変化の習得

- 蒼玉の大剣との連携強化


(レベルは上がらなくても、技術は磨ける。それに...)


ふと、スピンオフ小説の一節を思い出す。


『真の強さとは、与えられた力を如何に使いこなすかにある』


「よし、新しい特訓の始まりだ!」


その日から、誠の修行は新たな段階へと移行する。

レベルではなく、技術と知恵を磨く日々。


そして時折、廃坑を訪れては懐かしさに浸るのだった。


「我が青春の思い出の場よ...」


「...って、まだ5歳なんだった」


夕陽に照らされる廃坑に、少年の笑い声が響く。


成長には限界があるかもしれない。

しかし、その限界の中で何ができるか—。

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