第8話 一人前への第一歩

夜の森で休憩を取りながら、誠はシエラの寝顔を見つめていた。


(そうか...今はまだレイくんも生まれてないんだ。確か、ゲーム本編の設定だと、レイくんって今年の冬に...)


シエラの小さな手が、誠の指を握る。


(うわ...このシエラ様が、17年後に『The Divine Light』本編で、風遊戯士として空中都市フロートピアで、レイくんと出会うんだよな...)


誠は思わずにやけてしまう。

ゲーム本編での名シーンを思い出しながら。


「何を考えてそんなに嬉しそうなのですか、アレクサンダー様」


「!」


エリカの声に、慌てて我に返る。


「いえ、その...シエラが可愛くて」


「ふふ、そうですね」


エリカは優雅に剣を磨きながら、静かに語り始めた。


「風遊戯士の血を引く者として、シエラにも厳しい運命が待っているでしょう。でも、きっとアレクサンダー様とまた巡り会える」


(いやもう、ガッチリ巡り会いますとも!第4章で颯爽と登場して、空中都市の危機にレイくんと共に...!あのシーン、何度もリプレイしたなぁ...)


「アレクサンダー様?」


「あ、すみません。考え事を」


エリカは不思議そうな顔をしたが、すぐに厳しい表情に戻った。


「では、夜戦の訓練を再開しましょうか」


「はい!」


立ち上がった瞬間、誠の全身に暖かな感覚が走る。


(これは...!)


『TDL無双』でお馴染みのレベルアップの感覚。

しかし現実はゲームと違い、数値化された情報は表示されない。


「おや、アレクサンダー様」


エリカが目を細める。


「重力の流れが、より洗練されてきましたね」


確かに、体の中を巡る力が、より自然に制御できるようになっている。


(やった!初レベルアップ!これぞ実戦の賜物...!)


興奮を抑えきれない誠に、エリカは厳しい微笑みを向けた。


「では、さらに難しい訓練に移りましょうか」


「えっ」


「あの梢に潜む魔物、何匹いるか分かりますか?」


誠は慌てて木々を見上げる。


(うわ、完全に気付いてなかった...!これが『疾風のヴァイス』の観察眼...)


シエラが小さく笑う。

まるで、未熟な誠を励ますかのように。


(よし...!これを乗り越えて、もっと強くなるんだ!そうすれば、レイくんとシエラ様の出会いも、きっと違うものに...!)


月明かりの下、若き公爵の特訓は続いていく。

その手には蒼玉の大剣、心には未来への確かな希望を携えて—。




「見事です、アレクサンダー様」


夜明けの訓練場で、エリカが満足げに頷いた。

剣を収める音が、静かに響く。


(いやぁ...ようやくここまで来れた...!)


1年に及ぶ特訓の成果は、確実に誠の体に刻み込まれていた。

幼いながらも引き締まった体躯、自然な重力の流れを操る感覚。

そして何より、蒼玉の大剣との完璧な一体感。


「母上、父上。エリカ殿からの報告、ご確認いただけましたでしょうか」


誠は真っ直ぐに両親を見据える。

エレノアの隣では、既に歩き始めたシエラが、ヨタヨタ歩いている。


(うおお...シエラ、もう歩けるようになったのか...!)


マクシミリアンが報告書に目を通しながら口を開く。


「魔物討伐数、実戦経験、サバイバル技能...全て申し分ない成績だな」


「まさか5歳にしてここまで」とエレノアが感嘆の声を上げる。


「アレクサンダー様の才能は確かなものです」エリカが進言する。


「もはや、私の護衛がなくとも」


「本当に...一人で大丈夫なの?」


エレノアの声には、まだ不安が滲む。


(母上...!)


「はい!この一年で学んだこと、身につけた力、全てをお見せします!」


誠は蒼玉の大剣を抜く。

その姿は、確かに一人前の剣士のそれだった。


(よし、ここは『TDL無双』の極技...いや、エリカ様直伝の奥義で!)


「重力嵐・疾風の舞!」


剣を振るう度に放たれる重力の波が、周囲の的を粉砕していく。

その動きは無駄がなく、一年前の荒々しさは微塵もない。


エリカは満足げに頷く。


「私の教えを、見事に昇華なさいました」


(いやぁ...これ、実は『ダークブレイド3』の上級コンボに、エリカ様の剣術を組み合わせたんですけどね...)


「見事だ、アレクサンダー」


マクシミリアンが立ち上がる。


「ヴァイスの進言も踏まえ、私からも許可を出そう」


「まあ...」


エレノアが息を呑む。


「我が息子、アレクサンダー。今日より、お前の単独行動を正式に認める」


「父上...!」


(やった!これで自由に動け...いや、まずは母上の安心のために)


「母上」


誠は優しく微笑みかける。


「ご心配をおかけして申し訳ありません。でも、この力は、大切な人たちを守るためのもの。必ず、無事に戻って参ります」


エレノアの目に、涙が光る。


「ええ...あなたなら、きっと」


そこへ、小さな足音が。


「アル!」


シエラが駆け寄ってきた。

その手には、小さな風車型のブローチが握られている。


「シエラ?その風車は」


「贈り物です」


エリカが説明する。


「風遊戯士の家に伝わる、加護の印」


(うおお!これって、ゲーム本編で王都に隠されてた伝説の...!)


「ありがとう、シエラ!大切にするよ」


「うん!」


無邪気な笑顔に、誠は密かに誓う。


(12年後、レイくんと出会うシエラ様。その時までに、この世界をもっと良いものに...!)


「では、アレクサンダー。最初の単独任務を言い渡そう」


「はい、父上!」


「王都近郊に、新たな魔物の群れが出現したとの報告が」


(よっしゃ!初めての正式な討伐任務!)


「必ずや、成し遂げて見せます!」


誠は力強く宣誓する。

その背筋は凛として真っ直ぐ。

もう、幼い子供の面影はない。


エリカは静かに微笑む。

シエラは無邪気に手を振り、エレノアは誇らしげに、マクシミリアンは威厳を持って、この瞬間を見守っていた。


若き公爵の、新たな一歩が始まろうとしていた—。

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