第6話 父の指導と秘宝の剣

誕生日の翌朝、まだ日の昇らぬ頃。

グラヴィティアス邸の執務室に、父子の姿があった。


朝もやの差し込む窓辺に佇むマクシミリアン公爵は、深い紫紺の正装に身を包み、その背筋は凛として真っ直ぐだ。

まだ30代後半の公爵は、若さと威厳を兼ね備えた風格を漂わせている。


「アレクサンダー、昨日の誕生日パーティーで、お前の才能に注目する者が多かったな」


「は、はい、父上!」


誠は緊張で背筋を伸ばす。

まさか誕生日の翌朝に、父との直接の対話があるとは。

しかも執務室での謁見とは。


(うおおお!これは完全に新規イベントだ!スピンオフ小説でもゲーム本編でも描かれなかったシーンじゃないか!)


マクシミリアンはゆっくりと執務室の奥へと歩を進めた。

壁に掛けられた巨大な剣に手を伸ばす。


「この剣を見たことがあるか?」


刀身には青く美しい紋様が刻まれ、柄には「重力」を表す古代文字が輝いている両手剣。

誠は思わず目を見開いた。


「父上、あれは...!」


「グラヴィティアス家に伝わる『蒼玉の大剣』だ。代々、当主が重力の力と共に振るってきた秘宝の剣。世間では既に失われたとされているがな」


マクシミリアンの声には、どこか誇りと期待が混じっている。


(えええ!?そんなレア武器が実在したの!?攻略wikiにもスピンオフ小説にも、"失われた伝説の武器"としか書かれてなかったのに...!)


「実は次代を担う者のために、密かに保管していたのだ」


公爵は優雅な動きで剣を手に取る。

その瞬間、青い紋様が淡く輝きを放った。


「この剣には特殊な性質がある。重力の力で重量を自在に操作し、敵に当たる瞬間だけ重さを跳ね上げれば、比類なき一撃となる」


誠の目が輝いた。


(ちょっと待て...この技の理論値、『ダークブレイド3』の"質量変動斬り"と同じじゃないか!ニコ動で解説動画も上げたことあるぞ!)


「是非、拝見させていただけますでしょうか!」


興奮のあまり、声が裏返りそうになる。

マクシミリアンは息子の反応に、僅かに驚いたような表情を見せた。


「ほう、そこまで興味があるとは」


「はい!この重力の奥義、我、必ずや極めて見せます!」


(しまった、完全に厨二病出た...!)


しかし意外にも、マクシミリアンは満足げな表情を浮かべた。


「よかろう。ならばお前に、この剣を預けることにしよう」


「え?」


「この剣には自己再生能力がある。傷ついても自ら修復する特性を持つ。そして何より、幼い頃から共に過ごすことで使い手との共鳴が深まっていく」


誠は感動で震えていた。

これはまさに、ゲーム用語で言う"成長武器"ではないか。


マクシミリアンは剣を軽く振るう。

重力の力で重量を調整し、まるで木刀のように軽くなった蒼玉の大剣を、誠に向けて差し出す。


「基本から教えていこう。まずは重力を均一に保ちながら—」


「このように、ですか!?」


誠は必死で剣を振るう。

その動きは、明らかに素人のそれではなかった。


「驚いたな。まるで以前から心得があるかのようだ」


「これは、その...!」


(やべ、完全に『ダークブレイド3』の動きのまんまだ)


「血が騒ぐか。我が家に伝わる重力の力がな」


「は、はい!」


マクシミリアンは深く頷く。


「では実践だ。あの的に向かって—」


「重力、解放!」


一瞬、剣が青く輝く。

的に触れる寸前、その重量が跳ね上がり、木の的が粉々に砕け散った。


(完璧!『ダークブレイド3』RTA完全再現!)


「...見事だ」


父の声には、明らかな驚きと誇らしさが混じっていた。

しかし次の瞬間。


ガタッ


「うっ!」


反動で転倒してしまう誠。

現実での重力操作は、やはりゲームとは大きく異なっていた。


「はは、欲張りすぎたか。だが、その才能は本物だ」


「申し訳ありません...!」


「いや、むしろ誇らしい。我が息子よ、今日からの朝は、お前への剣術指導に充てよう」


誠の心臓が高鳴った。


(マジで!?これは完全新規イベント...!スピンオフ小説にもなかった展開だ!)


「はい、父上!」


朝日が昇り始めた執務室で、マクシミリアンは静かに微笑んだ。


「お前の才能は確かなものだ。この剣と共に、グラヴィティアス家の新たな歴史を刻んでいけ」


誠は心の中でガッツポーズを決めていた。

前世でアル教徒として夢見た以上の展開。

しかも、ゲームでの経験が活きる練習が始まるのだ。


(これは絶対、理想的なルートの布石になる...!)


その日から、誠の新しい朝が始まった。

ゲームと現実の違いに戸惑いながらも、確実に力を身につけていく日々。

朝の剣術訓練開始から一週間が経った頃。


誠は意を決して父に進言することにした。


「父上、お願いがございます」


マクシミリアンは手元の書類から目を上げ、真剣な面持ちの息子を見つめた。


「何かな、アレクサンダー」


「その...私、早く強くなりたいのです。6歳を待たずとも、魔物との実戦を」


(このままじゃ遅い。本編の悲劇を防ぐには、もっと早く強くならないと...!)


一瞬、執務室に緊張が走る。

確かに貴族の子弟は6歳になってから初めて屋敷の外に出ることを許される。

それも、儀式を経てからだ。


「なるほど。理由を聞かせてもらおう」


誠は必死に言葉を選ぶ。

厨二病を抑えつつ、4歳の子供として不自然でない理由を。


「蒼玉の大剣との共鳴を深めるには、実戦での経験が必要かと。それに...」


一旦言葉を切る。

本当の理由—母を守るため、という言葉を飲み込んで。


「グラヴィティアス家の当主として、一日も早く力を...」


「ふむ」


マクシミリアンは立ち上がり、窓際まで歩いた。そこからは訓練場が見える。


(うわ、やっぱりダメだったか...いや、でも『ダークブレイド3』の裏ボス攻略みたいに、ここは粘り強く...!)


「お前の熱意は伝わった。だが、それだけの決意があるのだな?」


「はい!我、必ずや...!」


思わず厨二病が漏れ出そうになり、慌てて言い直す。


「はい、父上。この重力の力、この剣の力、しっかりと身につけて見せます」


マクシミリアンはしばし考え込んだ後、ゆっくりと振り向いた。


「よかろう。だが条件がある」


「え?」


「第一に、必ず護衛を帯同すること。これは譲れない」


「はい!」


「第二に、戦闘は比較的安全な魔物に限る」


「承知しました!」


(よっしゃ!これで早期の実戦経験が...!)


「第三に、そして最も重要なこととして」


マクシミリアンの声が厳かになる。


「お前の母上には、私からも話をしておく。エレノアを心配させるような無謀は、決して許さんぞ」


「は、はい...!」


(ごめんなさい母上...でも、これは母上を守るための...!)


「では、護衛の人選を進めよう。セバスチャン」


「はい、ご主人様」


いつの間にか執務室に入っていた執事長が進み出る。


「アレクサンダー様の護衛として、『疾風のヴァイス』を推薦させていただきます」


「おお、あの者か」


(ん?『疾風のヴァイス』...?スピンオフ小説にも出てこなかったキャラ...?)


「では、来週から実戦訓練を始めることとしよう」


「ありがとうございます、父上!」


誠は深々と頭を下げた。心の中では小さくガッツポーズ。


(これで予定より早く強くなれる!『TDL無双』での実戦経験を活かして、絶対にレベル上げしてやる!)


「若様」


「はい、セバスチャン」


「お着替えの準備を」


「え?」


「これから、母君への説明に参上する予定です」


(あ...母上の説得、これまた新規イベントか...!)


誠は身構えた。

これから始まる新たな修行。

そして母への言い訳。

全ては理想のルートを目指すための第一歩。


アル教徒としての知識を総動員して、この試練を乗り越えねばならない—

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