第4話 祝福と決意と厨二病と

「若様、お誕生日まで、あと三日となりましたね」


セバスチャンの言葉に、誠は複雑な表情を浮かべた。

前世では21年間、佐藤誠として誕生日を迎えてきた。

そして今、アレクサンダー・グラヴィティアスとして4歳の誕生日を迎えようとしている。


(4歳か...ゲーム本編だと、この年のアル様は既に天才の片鱗を見せ始めてたんだよな)


『The Divine Light』シリーズの設定資料集には、4歳のアレクサンダーについて詳しい記述があった。

「幼くして重力の制御を習得し始め、同年代の子供たちとは明確な差を見せ始めた時期」。

そして、スピンオフ小説『The Fallen Duke』では、この誕生日にエリザベスと初めて力を共鳴させる重要なイベントがあったはずだ。


「セバスチャン、リザ...エリザベス様は?」


「ご安心を。シュテルンハイム伯爵家からの返信は既に届いております。エリザベス様、今から楽しみで仕方ないとのことです」


「そ、そうですか!」


誠は内心で小さくガッツポーズを決めた。

原作通りのイベントフラグが立ったということは、このまま理想的なルートに乗せられる可能性が高い。


(よっしゃ!ここで星光との共鳴を成功させれば、6歳の儀式での対策も...!)


「それにしても若様、この一年での成長には目を見張るものがございます」


「え?あ、はい!」


「特に重力の扱いが、日に日に洗練されて...」


「いえいえ、まだまだ無双には程遠くて...!」


「...無双、でしたか」


セバスチャンは穏やかな笑みを浮かべる。

この一年、アレクサンダーが時折放つ奇妙な言葉にも、すっかり慣れてきたようだ。


「若様の無双への道、この執事、深く胸に刻ませていただいております」


「セバスチャン...!」


感動的な空気が流れかけた瞬間、エレノアが姿を現した。


「アレクサンダー、素敵なお知らせよ」


「母上!」


「お父様が、お誕生日は執務を全て取り止めて、一日中一緒に過ごすって」


誠の心臓が高鳴った。

ゲームや小説では描かれなかった展開だ。

マクシミリアンは多忙な公爵で、息子と過ごす時間は限られていたはず。


「父上が...!」


「ふふ、楽しみでしょう?」


エレノアが嬉しそうに続ける。


「エリザベスも来るし、お庭でピクニックをするのはどう?」


「は、はい!」


歓喜で胸が震える。

これは完全に、ゲーム本編では描かれなかった幸せなイベントじゃないか。


その夜、誠は例によって密かな特訓に励んでいた。

しかし今夜は、いつもと様子が違う。


「この私、アレクサンダー・グラヴィティアス。4歳にして重力を操る天才にして...!」


小さな手から放たれる重力が、月明かりの下で美しく輝く。


「前世ではアル教の信徒として、ゲームの中のアル様を崇拝していた男。しかし今や、この身こそがアル様その人なり!無双の道を極めん!」


完全に厨二病が暴走している。

しかし誠は、もはや気にしていなかった。


「そうさ...これでいいんだ。俺、アル様として生まれ変わったんだから。むしろ厨二病全開じゃないとアル様じゃない!」


落ち葉が美しい螺旋を描いて舞い上がる。

一年の特訓の成果が、少しずつ形になってきていた。


「だけどさ...」


ふと、真剣な表情になる。


「前のアル様は、この後の人生で大切なものを次々失っていく。母上も、エリザベスも、そして...自分の心まで」


夜風が吹き抜ける。


「でも俺は違う。知ってるんだ。全てのルートを、全ての結末を。だからこそ—」


誠は月に向かって誓った。


「必ず、理想のエンディングを目指してみせる。アル教徒として、いや、アレクサンダーとして!」


「それにしても若様、夜更かしは体に毒ですぞ」


「うわっ!セバスチャン!?」


「ふふ、明日は早くご就寝を。誕生日までの調整は大切でございます」


「は、はい...」


恥ずかしそうに頷く誠。

しかし、その瞳は決意に満ちていた。4歳の誕生日。

それは新たな物語の、大切な一ページとなるはずだ。




誕生日の朝、グラヴィティアス邸は早くから慌ただしかった。


「若様、本日のお召し物でございます」


セバスチャンが掲げる正装を見て、誠は息を呑んだ。


(うおお...!これ完全に設定資料集に載ってた幼少期アル様の衣装!銀の刺繍に、紫紺のマント...って、マントまでついてるのかよ!)


胸の高鳴りを抑えられず、思わず厨二病が噴出しそうになる。


「我、運命の戦装束に身を包み...!」


「若様?」


「い、いえ!その...ありがとうございます!」


着替えを済ませた誠は、大きな姿見の前で小さく深呼吸する。


(よし、今日は重要イベント盛りだくさんだ。特に...!)


本日の来客リストには、シュテルンハイム伯爵家の名前があった。つまりそれは—


(リザ様との初対面...!スピンオフ小説『The Fallen Duke』で何度も読み返した伝説の出会いシーンが、ついに!)


「アレクサンダー、準備は良い?」


「母上!はい、我、準備万端にて...!」


「あら、また難しい言葉ね。でも、その衣装とても似合っているわ」


エレノアが優しく微笑む。

その姿に見惚れていると、執事が静かに告げる。


「シュテルンハイム伯爵家の馬車が到着いたしました」


「!!」


誠の心臓が大きく跳ねる。


(いよいよ...この瞬間を、攻略本で何度も...!)


緊張で固まる誠の背中を、エレノアが優しく押した。


「さあ、エリザベスをお迎えに行きましょう」


玄関ホールに向かう途中、誠は必死で原作の台詞を思い出そうとする。


(えっと、確か最初は『はじめまして、私はエリザベス』って感じで...)


そんな時、玄関の扉が開いた。


そこには—


「わぁ!この子がアレクサンダー?可愛い!」


「えっ!?」


銀色の髪をなびかせた少女が、いきなり駆け寄ってくる。


「私、エリザベス!アルって呼んでいい?」


「は、はひ...!」


(え?ええ!?ちょっと待って!スピンオフ小説では最初もっと上品な感じだったはず...!)


「あら、エリザベス。もう少し落ち着いて」


「すみません、姉様。この子ったら、アレクサンダーの話を聞いてから、ずっと会いたがっていまして」


エレノアの妹、セレーネが申し訳なさそうに言う。

しかしエレノアは優しく笑っている。


「構いませんわ。セレーネ、お久しぶり」


大人たちが挨拶を交わす中、エリザベスは誠の手を取って。


「ねぇねぇ、私ね、星の光を操れるの!アルは重力でしょ?すごいね!」


(うわああああ!リザ様の手が!しかも星光の話を...!)


興奮で心臓が爆発しそうになる誠。

必死に厨二病を抑えながら。


「そ、その...我、重力(グラビティ)を操りし者...じゃなくて!うん、重力使えるよ!」


「わぁ!見せて見せて!」


「エリザベス様、まずはお着替えを」


セバスチャンが静かに諭す。


「あ、そうでした!アル、後でいっぱい遊ぼうね!」


「う、うん!」


エリザベスが去った後、誠は小さくガッツポーズ。


(やった...!原作とは違うけど、リザ様可愛すぎる...!)


「随分と気に入られたようね」


「母上...!」


「さあ、他のお客様もいらっしゃいます。次は—」


そう。

この日はまだ始まったばかり。

伝説の誕生パーティーが、これから動き出そうとしていた—。

大広間には次々と来客が訪れ、誠は興奮を抑えきれずにいた。


(うおおお...まさか、みんな若い頃の姿で会えるなんて!TDLシリーズの設定資料集が俺の脳内で爆発する...!)


華やかな衣装に身を包んだ貴族たちが、次々と挨拶に来る。

その度に誠は内心で叫んでいた。


「重力(グラビティ)の申し子、若きアレクサンダー様。お目にかかれて光栄です」


金髪の精悍な青年が一礼する。


(うおおお!ヴォルフガング・クリムゾン!第3章で『暁の牙』傭兵団を率いて俺を...じゃなかった、アル様を苦しめるボスキャラなのに、こんな爽やかイケメンだったの!?)


「まあ、噂の天才坊やね」


黒衣の女性が妖艶な微笑みを浮かべる。


(マダム・ノワール!第4章の『漆黒の月』のラスボス!でも今は普通の魔法学院の教授...しかも母上の研究仲間!?)


その時、エリザベスが再び誠の元へ駆け寄ってきた。


「アル!私のドレス、綺麗でしょ?」


星屑を散りばめたような銀色のドレス。

誠は思わず息を飲む。


(これは...無双ゲームの特典衣装と同じデザイン!いや、実物の方が数万倍可愛い!)


「す、凄く似合ってるよ、リザ!」


「えへへ、嬉しい!」


そこへ、銀色の髪をした別の少女が近づいてきた。


「お誕生日、おめでとうございます」


(うわっ!ベアトリス・フォン・ローゼンクランツ!第4章で『薔薇の魔女』として...って、まだ5歳か。可愛い!)


「あら、ベアトリス嬢」


エリザベスが少し表情を硬くする。

誠は内心で苦笑した。


(ああ、この二人って将来ライバルに...いや、今回は違う結末にしないと)


「あ、ありがとう。ベアトリス」


誠が笑顔で答えると、ベアトリスは少し頬を赤らめた。

その様子にエリザベスが不満気な表情を見せる。


(うわ、フラグ立っちゃった!?いやでも、無双ゲームの隠しイベントでこんなシーンが...)


その時、黒髪の少女が静かに近づいてきた。


「...おめでとうございます」


「メリッサ!やっと来たの?」


エリザベスが声をかける。

メリッサ・ナイトシェイド、後の『漆黒の蝶』だ。


(4歳のメリッサ様...!スピンオフ小説の伏線回収シーンだ!)


「あ、ありがとう、メリッサ」


三人の少女に囲まれ、誠は完全に興奮状態だった。


(やばい...TDLシリーズの重要キャラ全員と幼少期に...!しかも皆可愛すぎる!)


「アレクサンダー、そろそろケーキの時間よ」


エレノアの声に、大広間が静かになる。


(来た...!伝説の誕生日ケーキシーン!)


豪華な4段ケーキが運び込まれ、その上には小さな魔法の光が踊っている。


「さあ、お願い事をして」


エレノアが優しく微笑む。

誠は小さく目を閉じた。


(母上を守ること。リザ様との約束を守ること。そして...みんなの未来を、より良いものに...!)


ロウソクを吹き消すと、大きな拍手が沸き起こる。


「アル!私からプレゼント!」


エリザベスが星型のペンダントを差し出す。


(うおおお!無双ゲームでアル様が常に着けてた伝説の...!)


「これ、私が星の力で作ったの!」


感極まった誠は、思わず叫びそうになる。


(我が無双への道を照らす星の...って違う!落ち着け俺!)


「リザ...ありがとう」


純粋な笑顔で受け取る誠。

その瞬間、ペンダントが柔らかく光を放った。


「わぁ!アルの重力と反応してる!」


「本当に相性がいいのね、お二人は」


エレノアが嬉しそうに言う。

その横でセバスチャンが静かに微笑んでいた。


(これが運命なら...今度は、絶対に違う結末に...!)


華やかな宴の中、誠は固く誓っていた。

アル教徒として、そしてアレクサンダーとして—より良い未来を創るために。

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