第3話 無双を目指して
夜更け、アレクサンダーの寝室の片隅で、小さな影が身振り手振りを交えながら独り言を呟いていた。
まるで誰かに講義をするように、壁に貼られた手書きの図を指差しながら。
「つまりだな...『The Divine Light』本編では、俺...じゃなかった、アル様は世界を混沌に陥れる重力(グラビティ)の使い手として描かれていた。そこに立ち向かう主人公、平民出身の少年レイ。彼の持つ光の加速(ディバインアクセル)によって、最後は悲しくも打ち倒される運命だったわけだ...」
小さな手が震える。
ここからが本番だとばかりに、声が熱を帯びる。
「しかしッ!スピンオフタイトル『The Divine Light Another MUSOU』では、アル様が主人公!無双アクションとして、圧倒的な重力の力を見せつける展開に!しかも、なんとレイがラスボス!俺、このゲーム300時間はプレイした...全コンボ完璧に叩き込んでる...!」
興奮のあまり声が大きくなりそうになり、慌てて口を押さえる。
深夜の独り言がバレては面倒なことになる。
落ち着きを取り戻した誠は、今度は手元の紙に目を落とした。
そこには細かい字でびっしりとメモが書かれている。
忘れる前にメモしておこうとさっきまで一心不乱に書き込んだ。
『グラビティコンボ研究ノート』と銘打たれたそれは、ゲーム知識を現実に活かすための研究録だった。
「本編でアル様が使う重力は、基本的には『引力』と『斥力』の組み合わせ。でも無双では、渦状の重力場を作って敵を巻き込んだり、重力の波動を放ったり...もっと派手にできる。まさか本当にその力を手に入れられるとは...」
誠は自分の小さな手のひらを見つめた。
昨日の暴走以来、なんとなく重力を感じられるようになっていた。
ゲームでは当たり前のように使いこなしていたその力が、今は制御も難しい。
「でもさ、これって考えようによっては最高のチャンスじゃん!6歳の儀式までまだ3年ある。その間に無双レベルの重力制御を習得できれば...!」
興奮で目が輝く。
前世でこだわりまくった無双アクションの知識が、今の自分を助けてくれるかもしれない。
「本編のアル様は闇堕ちしちゃうけど、俺はそうはならない。だって知ってるもん。レイの強さも、エリザベスの想いも、そして...母上の死の真相も」
ふと、スピンオフ小説『The Fallen Duke』の一節を思い出す。
儀式の日、エレノアは息子を守るために命を落とした。
しかし、その裏には評議会の陰謀があった。
小説では、その真相を知った時のアレクサンダーの絶望が克明に描かれていた。
「絶対に、その悲劇は阻止してみせる。でも、そのためには強くならないと...」
誠は立ち上がり、こっそりと窓を開けた。
満月の光が差し込む中、そっと手を伸ばす。
「重力(グラビティ)よ...我が手に...!」
庭に落ちていた小石が、ふわりと宙に浮いた。
「お、おお...!これが無双の第一歩...!」
しかし次の瞬間、石は勢いよく天井に向かって飛んでいった。
「あ、やべ!」
慌てて意識を集中させると、石は途中で停止。
ゆっくりと手元に戻ってくる。
「ふう...セーフ。って、これムズいな。ゲームだと『△ボタン長押しからの○連打』で出来たのに...」
それでも誠の目は輝いていた。
これはきっと、ゲームでは描かれなかった物語の始まり。
アル教徒が、本物のアレクサンダーとなって無双を目指す、誰も見たことのない新しいストーリーの幕開けなのだ。
「よーし!明日からは本気で特訓開始!無双アクションの全てのコンボを、この手で再現してみせる!」
夜風に向かって力強く宣言する。
その姿は3歳児そのものだったが、その瞳には前世のゲーマーとしての執念と、新たな人生を全力で楽しもうとする決意が燃えていた。
「我こそは...重力を統べる者! ...って、また声デカくなっちゃった」
そうして、アレクサンダー・グラヴィティアスの、いや、転生した元アル教徒の特訓の日々が始まろうとしていた。
翌日の早朝、アレクサンダーの幼い姿が中庭の片隅で密かな訓練に励んでいた。
両手を伸ばし、真剣な表情で木の葉を凝視する。
それは傍から見れば、可愛らしい子供の奇妙な遊びにしか見えないだろう。
「TDL無双、基本コンボその1...『グラビティサークル』...!」
意識を集中させると、落ち葉が緩やかに宙を舞い始める。
(よっしゃ!ゲームじゃR1ボタンから始まるコンボだけど...こっちの世界じゃ意識の向け方が重要みたいだな)
「次は...『ディメンションカッター』...って、あれ?」
葉は不規則に飛び散り、誠の意図した軌道からは大きく外れていく。
(うわ、全然違う。PS5のコントローラーの方が全然楽だったぞ...)
「おや、朝から熱心ですね」
突然の声に、誠は小さく悲鳴を上げた。
振り向くと、そこには執事長のセバスチャンが立っていた。
スピンオフ小説『The Fallen Duke』では、アレクサンダーの幼少期を見守った重要人物として登場する老執事だ。
「せ、セバスチャン!これは、その...!」
「ご安心を。若様の努力は、この執事の胸に深く刻み込ませていただきます」
老執事は穏やかな笑みを浮かべる。
そう言えば小説では、セバスチャンはアレクサンダーの密かな修行を黙認していたという描写があった。
「実は...無双を目指してまして」
「無双、ですか?」
「あ、いや!その...強くなりたいんです。母上を、守れるくらいに!」
言葉の真意は分からないはずなのに、セバスチャンは深く頷いた。
「若様...どうかお気をつけて。朝食までは、この執事がお見張りを」
「セバスチャン...!」
老執事は少し離れた場所に立ち、見守るような姿勢をとる。
誠は胸が熱くなった。
ゲームや小説では脇役でしかなかった執事が、こんなにも頼もしい存在だったとは。
(よし...じゃあ次は無双アクションの花形、『グラビティストーム』を...!)
「おや、エレノア様」
「えっ!?」
慌てて振り向くと、そこには母エレノアの姿があった。
優雅な微笑みを浮かべながら、ゆっくりとこちらに歩み寄ってくる。
「母上!これは、その...!」
「ふふ、私にも見せてくれるかしら?その『無双』とやらを」
誠は面食らった。
しかし、エレノアの瞳には優しさと期待が満ちていた。
これはもしかして...ゲームには描かれなかった大切なイベントなのかもしれない。
「はい!では...『グラビティストーム』、改め...『重力嵐(グラビティストーム)』、参ります!」
小さな手を天に掲げ、誠は全力で意識を集中させた。
するとどうだろう。
周囲の落ち葉が、まるで踊るように宙を舞い始めたのだ。
「まあ、素敵!」
エレノアが手を叩く。
その横顔は、まるで息子の成長を心から喜ぶ、ごく普通の母親のようだった。
(なんか...すごくいいかも。ゲームじゃ見られなかった母上の笑顔)
「若様の才能が日に日に花開いていく...この執事、感無量でございます」
「うん!もっともっと頑張るよ!」
誠は心の中でほくそ笑んだ。
これぞまさに、前世のアル教徒として積み上げた知識が活きる瞬間。
無双を目指して特訓に励みながら、同時に大切な思い出も作っていける。
(TDLシリーズの全てを知るアル教徒が、アル様本人として無双を極める...これって、もしかしてめっちゃ燃える展開なのでは!?)
その日から誠の特訓は、より一層熱を帯びていくことになる。
時には厨二病が暴走し、時には重力が制御不能になり、それでも諦めずに前に進む。
それは、理想の「アレクサンダー・グラヴィティアス」を目指す、誰も見たことのない物語の始まりだった。
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