第2話 転生者の憂鬱と決意

夜更け、幼いアレクサンダーの寝室。

佇む姿見に向かって、誠は静かに語りかける。


「やっぱり夢じゃないんだよな...俺、マジでアル様に転生しちゃったわけだ」


前世の記憶を手繰り寄せる。

実家でコンビニバイトをしながら理系の勉強に追われ、たまの息抜みがゲームだった大学生活。

決して裕福ではなかったが、それなりに幸せだった日々。


「親父は工場勤務で、母ちゃんはパート...それなりに厳しかったけど、ちゃんと大学にも行かせてくれて...」


ふと、今朝のエレノアとの朝食を思い出す。


「母上...じゃなくて、エレノア様は...まさに高貴さの塊だよな。ゲームで見た通りっていうか、それ以上に...」


姿見に映る銀髪の少年。

紫紺の瞳には、かつての佐藤誠の面影など微塵もない。


「つーか、アル教徒だった俺が、アル様その人になるとか...これって昇格?昇格だよな?」


思わず厨二病が噴き出しそうになり、慌てて押さえ込む。

が、すぐに開き直る。


「...いや、待てよ。そもそもアル様って、厨二病の権化みたいなもんじゃん。あの重力(グラビティ)をバンバン使って『我は重力を統べる者なり』とか言っちゃう系の...」


まるで閃きを得たかのように、誠の目が輝いた。


「そうか...!俺、厨二病でいいんだ!むしろ厨二病じゃないとアル様じゃない!これぞ宿命...!」



翌朝。

執務室に呼ばれた誠は、初めて「父」と対面する。


「アレクサンダー、近う」


マクシミリアン・グラヴィティアス公爵。

威厳に満ちた声に、誠は緊張を隠せない。


(うお...本物の父上だ...!ゲームじゃ事故後しか出てこなかったけど、こんな凛々しかったのか)


「は、はい、父上!」


「昨日、重力の力に目覚めたそうだな」


厳格な表情の下に、かすかな期待と不安が見え隠れする。

前世の父の、誠が大学に合格した時の表情を思い出させた。


(親父も...こんな顔してたっけ...)


「その...申し訳ございません!まだ制御が...!」


「怖がることはない」


マクシミリアンは立ち上がり、ゆっくりと誠に近づく。

そして、分厚い手のひらが優しく頭を撫でた。


「お前は私の息子だ。必ずやこの力を使いこなせる」


(父上...!いや、でも...)


実家の父を思い出す。

休日に釣りに連れて行ってくれた日々。

バイトで遅くなった夜に、黙って夕飯を温めて待っていてくれた優しさ。


(ごめん、親父...俺、もう別の人生を...)


「父上...!この重力(グラビティ)、必ずや操れるようになってみせます!」


マクシミリアンは満足げに頷いた。


「よもや、こんなに早くから才能が芽生えるとは...エレノアも喜んでおったぞ」



その夜、誠は再び姿見の前で独白を始める。

今度は、完全な決意を持って。


「よし、整理するぞ...!」


小さな声で箇条書きを始める。


「その1:俺は前世のアル教徒、佐藤誠。現在はアレクサンダー・グラヴィティアス。つまり、推しの化身である」


「その2:前世の親父と母ちゃんには感謝しかない。でも、今は新しい人生。エレノア様とマクシミリアン様が俺の両親だ」


「その3:この重力(グラビティ)は伊達じゃない。ちゃんと使いこなさないと...母上を救えない」


深く息を吸い、誠は姿見に向かって高らかに宣言する。


「我ここに誓おう!このアレクサンダー・グラヴィティアス、前世でプレイした全てのルートを知る男にして、アル教の誇り高き信徒たる者が—」


一旦、気恥ずかしくなって言葉を切る。

しかし、すぐに続ける。


「必ずや母上を、そしてこの世界を救ってみせる!なぜなら我こそは...重力を統べる者なれば!ふはははは!」


「アレクサンダー様?お休みの時間ですが...」


突如、ドアの向こうからメイドの声。


「ひぃっ!」


慌てて布団に潜り込む誠。


(やべ...声デカかった...でも、これでいいんだ。俺、アル様として生きるんだから!)


布団の中で、誠は小さく笑った。

前世のアル教徒から、アル様本人への転生。

この上なく厨二病な、そして誰も見たことのない新しいストーリーが、ここから始まろうとしていた。



「では、アレクサンダー様、本日はこれにて—」


寝かしつけに来たメイドに、誠は小さく頷きかける。


「ありがとう。あの...これからもよろしく」


「はい、お休みなさいませ」


メイドが去った後、誠は天井を見つめながら呟いた。


「親父、母ちゃん...俺、新しい人生頑張るわ。前世のアル教徒としての誇りを胸に...ってところか」


そして、厨二病全開の笑みを浮かべる。


「さあ、運命よ...我が重力(グラビティ)の前に平伏すがいい!...なんちゃって」


かつてないほどの充実感と共に、誠は深い眠りについた。

明日からは、本気でアル様としての人生を楽しむことを決意して—。

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