第38話『生きたいと吼えろ、我が心1』

 ――【変色の獣】によって放たれた、雷を伴う魔力弾が大地を射貫く。

 光の柱が立ち、それに巻き込まれた数名が一瞬で蒸発した。


「……っ、なんて火力!」

「レインさん! サポートお願いします!」

「ああ!」


 ステラは流星の如く走り出した。

 その速度に【変色の獣】は対応する。


「あの巨体で、ステラ女史の速度に対応できるのか⁉」

「虫けらを潰すのをそんなに驚くのか?」

「聴覚も優れているのか……」


 落雷を落としながら、レインの呟きを聞き取る聴覚の良さ。

 戦慄する。今更になって心中で疑念が出てきた。

 本当に勝てるのか……?


「レインさん!」

「……!」


 なんとステラは雷を総て躱して見せた。

 レインはその姿に驚愕の視線をおくる。


「折れないで! あれも〈モンスター〉! つまり生きている! 勝てるよ!」

「……!」

「虫けらめ!」


 巨大な樹木がステラを追尾する。


「ずっと考えてた」


 巨木は速度を上げて、ステラに追いつく。

 彼女は跳躍し、彼女を追ってせりあがってきた樹木を斬り裂く。


「何をすべきかを!」

「貴様……!」


 無数の蟲が生み出される。

 【変色の獣】によって使役されている蟲共はステラに殺到した。


「生かされた私が、何をすれば報いる事が出来るのか!」

「ごちゃごちゃと!」

「――!」


 ステラは着地すると魔力を熾し、横薙ぎの一閃を放った。

 魔力を纏った銀色の風が蟲共を消し飛ばした。


「いつまでも見降ろさないで、君は私が斬る!」


 切っ先を向ける。

 【変色の獣】はニヤリと笑った。


「小癪!」


 ――そのにやけ面をレインが放った弾丸が穿つ。


「――――っ」

「私を無視しないでもらおう!」

「小賢しい」


 顔からわずかに出血するが、それもすぐに癒える。

 しかし今度は、両眼を銃弾の嵐が襲う。


「――――ッッ⁉」

「すまない訂正だ……私ではなく、我々だった」


 ステラの奮闘を見て、立ち上がった兵士たちが銃を構えていた。

 彼らはレインの指示によってありったけの弾丸をお見舞いする。


「鬱陶しい!」

「ダメージが無くとも、イライラはするんじゃないか⁉」

「ありがとうレインさん……!」


 ステラへの追撃が緩み、その隙に彼女は蛇の下半身を昇っていく。


「……⁉ ステラ女史! 飛べ!」

「え⁉ ……わかった!」


 ステラは一瞬レインが何を言っているのか分からなかったが、遅れて理解する。

 蛇の下半身から飛び降りて、空を舞う。


 ――瞬目。

 【変色の獣】は自らの下半身に雷を放った。

 ステラは間一髪で回避した。


 焦げた臭いがあたりに充満する。

 蛇の下半身は焼け爛れ、中の肉を露出していた。


「下らぬ。下らぬ下らぬ! 虫けらどもが集まったところで、〝至上の一〟たるこの我に届く筈も無し。希望を見るな、希望を騙るな! 貴様らは我に蹂躙されるだけだ……!」

「……」 


 ひらりと着地するステラ。


「随分と饒舌なんだね。

「……」

「でも、私たちと対話をするつもりは無いんでしょ?」

「無論だ」

「身勝手だ……」

「それこそ強者!」


 会話をしながら息を整える。

 やはり消耗が激しい。

 早期決着しなければ! 今此処でステラが抜ければ壊滅だ。


「どうして、ここを襲ったの」

「対話の意思はないと知っているはずだが?」

「ただの素朴な疑問。答えなくてもいいよ」

「……我に勝ったら答えてやる」

「そう」


 語る気はないと。

 まあ、ステラとて興味本位の質問だ。

 〈モンスター〉と話し合うつもりは彼女とてない。


「――――」


 呼気を吐き出す。

 憧憬を灯す。

 想うのは――リーベス。

 全身を魔力が満たす。

 魔力が充溢し、体外へ溢れる。

 高揚感と幸福が心中を満たす。

 また生きたいと思えた――。


「――――!」

「ほう」


 先刻より速く、ステラは駆けだした。

 総身を流星と化して――。


「先刻の焼き直しか? 下らぬな」

「それは如何かな!」


 【変色の獣】の攻撃よりも速く、レインたちの一斉砲火が放たれる。

 全て両目に照準されていた。

 弾丸の嵐が【変色の獣】の両眼を潰す。


「……!」


 その隙に【変色の獣】に肉薄する。


「……」


 そう――ずっと考えていた。

 どうすれば、妹たちに報いる事が出来るのかを。

 遺された者が、残してくれた人たちにどう向き合えばいいのか。

 もはやこの世には居ない人たちに、どうすれば胸を張れるのか。

 

 考えていた。

 ずっと、ずっと、考えていた。

 わかることはただ一つ。

 今までの歩みではいけない。

 極端に変わる必要はない。だけど、確かな変化が必要だ。


 この戦いが終われば、顧みてみよう。

 今までの自分を。

 そして零してきたモノを拾いなおそう。

 あまりに多くを置いてきたから。

 あまりに多くを残してきたから。

 あまりに多くを託されていたから。


「――――⁉」


 一瞬、【変色の獣】と視線が合う。

 そして奴は醜く笑う。

 その視線の先には――。


「……ッッ!」


 瞬間ステラは踵を返していた。


「なにを!」


 レインですら反応が遅れた。

 

「こうすれば、人間貴様らは――」


 レインたちに向けて、【変色の獣】の嘲笑が向けられる。


「――動いてしまうのだろう?」


 その言葉と共に、落雷が放たれる。

 諦める暇もなく、空を破って雷が轟く。

 

 レインたちに向けられた雷を、ステラが身代わりとなって貫かれる。


「ステラ女史――⁉」


 全身から白煙を上げて、頽れる少女。

 その身体を支えるために、隻腕を駆使する。

 救護させるが、最早手の施しようはない。

 

 ――絶望が、沁み出してくる。

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