第37話『愛おしくて、愛おしくて、他には何もなくて』
「さあ――決死の時だ」
晩鐘のようにその声は響き、フランの脳髄を震わせた。
決死の時。
つまりは確実にどちらか或いは、両者が死亡する。
「一緒に死のうリーベス……!」
「死ぬのはお前だ――」
瞬間リーベスは駆けた。
その速度はお世辞にも、早いとは言えなかった。
「気になってた……」
「何がだい?」
触手を迎撃する。
「お前は視力が無いんだよな?」
「ああ、【変色の獣】にささげたからね」
左方からくる触手を態勢を一気に下げることで躱す。
「だがさっき……いや、再会してからのお前の言動は見えているとしか思えない」
「そんなことか……単純だよ、君のことなら何でもわかる。君を通してならボクは世界を見られるんだ」
「……その世界は、両眼を刳り貫いて迄手に入れる価値のあるものなのか?」
「あるよ。この世界を見ずに済む。ボクが本当に見たいモノはもう、視神経に焼き付いているから……」
そう瞼を閉じている間だけは、過去の光景を見る。
見る事が出来る、だったらもう視界なんて必要ないではないか。
「……!」
「よく躱す!」
二人の間では熾烈な読み合いが行われていた。
リーベスの進行方向を予測するフラン、それを察知して行動を変じるリーベス。
両者互いに卓抜した技量だった。
「……っ!」
「ボクの方が強い!」
触手を捌ききれず、触手がリーベスの腹部を貫いた。
〝剣〟の力で痛みを無視する。
止まらない。
「後手に回るつもりは無い‼」
「あはっ! 気づいているかい⁉ 死神の足音に‼」
「ああ……!」
聴こえる。ひたひたと死が近づいている。
駄目だ、我慢していたけど、もうダメだ――。
「こんな顔になっちまう‼」
残虐に彼は笑った。
是迄隠してきた闇の部分が大きく露出する。
「それでいい……! 月並みな言葉も、陳腐な責任感も! ボクらの間では直ぐに風化する! 刹那に生きてこそ人生だろ‼」
「ああ、そうだなァ‼」
何と甘美な味わいだろう。総てがどうでもよくなっていく。
全部捨て去って、今を嚙み締める。
嗚呼……全てが溶けていく……。
「――――」
「そうココだ」
君はきっと止まらない知っていたとも、だからボクの勝ちなんだ。
眼前に無数の触手、恐らくフランが腹蔵する触手の総て。
其れを前に彼は――。
――死にたくない。
「は――?」
☆
触手を前に彼の足が完全に止まる。
是迄の無茶のせいで、前に倒れた。
血だまりに倒れてべちゃと生々しい音が鳴る。
「な、なんで、イマ……止まって」
「ヒュ……ヒュ……」
「ありえないだろ⁉ なんで今、止まったんだ‼」
呼吸さえ苦しい、肺が軋む。血管が悲鳴をあげている。
筋繊維も同様だ。
痛みを訴えていないところが無い。
――生きているからこそ感じるもの。
その感動に涙が零れている。
「死にたくない……」
「ウソだ……⁉ 君が死を前に怖れて泣くなんて、嘘だ‼」
「贋物だ! 君がそんなことを言う筈が無い! 侮辱するな!」
「俺が……俺であることを……お前が……一番、知ってるだろ?」
「……うるさい!」
眼前に聳え立つ現実に、フランは怯えた。
だって思っていなかった。彼が此処まで変わっているなんて。
死を恐れるなんて。
そこで一番繋がっていると、彼の唯一の理解者だと思っていた。
フレデリカにだって、きっと彼は理解できないと……。
「そう思っていたのに‼」
「他者が、他者を想うのはきっとすごく尊い。それ以上のモノなんてきっと存在しない……でも同時にそれ以上に醜くなれるものも無い」
リーベスは鈍重な躰をこれまた鈍重な動きで立ち上がらせていく。
「人が誰かを本質的に理解することはきっと不可能で、俺達は想像しながら分かち合うしかない」
「……‼」
「〝誰かのため〟に行なったものが、必ずしも当人のために為らないように……、俺達はこの強い想いを、押し付けてはいけない。そうしないと怪物になってしまうから」
心臓よりも中心で、心臓よりも深く脈動するものがある。
是が「愛」なのだと分かる。
生きたいのだ。
死の甘美よりも、生の苦渋を選ぼう。
だってどれだけ曇天でも、彼女が傍に居る。
「ステラに逢いたい」
「君は……ッ‼」
「俺は彼女を……」
「――聞きたくない‼」
言葉を遮り、らしくもない戸惑いを見せる。
違う、そんな言葉は聞きたくない。
ボクは――。
「――ボクはただボクを受け入れて欲しいだけなんだ、醜いボクを見てよ、受け入れてよ! 愛して‼」
「フラン……」
「ボクは――」
リーベスはその言葉を待たずもう一度駆けた。
その先の言葉を知っていたから。
聞く必要はない。
ただ答えを示すだけだ。
フランを否定してやるだけ……。
「「…………ッ‼」」
殺意を感じて、フランは穏やかに微笑んだ。
結局駄目だった。
焦がれて、欲したものはすべて手の中から零れ落ちた。
当然か、奪おうとしただけなのだから。
理不尽を振りかざしただけなのだから。
赦される訳が無かった。
奇跡の時間は終了だ。
代償を払わねばなるまい。
あと一秒で、彼の刃がボク身を貫く……。
――いつまでも喧嘩しちゃだめよ。
――貴方たちは何時もそう。
――ほら両手を広げて。
――その両手は何のためにあるの?
酷く懐かしい声を聴いた気がした。
その声が可笑しくて、彼女は破顔した。
きっと人生で一番清々しい晴れ晴れとした素敵な笑顔だったと思う。
フランは両の手を広げて彼を迎え入れた。
そう――両の手は抱きしめる為にあるのだから。
「フラン……!」
「うん。此処に居るよ」
暗闇の中で彼の声が聞こえる。
身体の中が冷めていくのに、胸のうちは赤熱するほど熱い。
「すまない……お前の想いに気づいていれば、こんな事には……」
「全くだよ、早く気づいてくれれば良かったのに……君は本当に鈍感だ」
「すまない……」
「謝らないでよ、ただの皮肉なんだから、笑い飛ばして……」
「……だが」
「きっと気持ちに気づいていても、君はボクを振ったよ」
「……」
「否定しないんだ。酷いなもう」
全く本当に愛しい。
此処までひどいコトをしても、されても、ずっとずっと好きだ。
「好きです。リーベス、ボクをもらってください」
「……それは出来ない、俺は他に」
「そこまで言わないでいいから、全く君はどこまでひどい奴なんだ」
最後の最後に、想いのままの言葉を口にした。
何というか満足だった。
こんなに簡単なら、最初からしていればよかった。
全くボクは――最期まで。
「フラン……?」
「――――」
「フラン……」
応えなかった。
フランの中にはもう――命は無かった。
その顔はとても満足そうに微笑んでいた。
最期に、フランは自分の何かに決着をつけたのだろう。
きっと他の誰も許してはくれないだろうし、赦してはいけないものだ。
だからこそ、リーベスだけは彼女を惜しむし悼む。
「お前が求める〝愛〟じゃないだろうが、確かに俺はお前のことを愛していたぞ。フランソワーズ・プレラーティ」
それが友愛という形であれ、確かにリーベスは彼女のコトを大切に思っていた。
それを聞いても彼女はきっと、「知ってたよばーか」と笑っただろう。
「くそ……意識が……」
活動限界。魔力の多用による疲労と、ダメージ度外視によって負った傷による出血が、彼の意識を刈り取った。
通信機器室に二人の
まるで抱きしめ合うように、深く深く――。
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