第35話『昔日の想いは募りて回る』

 物心がついてきたころ――ボクは心の乖離を実感した。

 肉体と魂、其れと心。

 全てがチグハグで頭が滅茶苦茶だった。


 父と母はボクを汚点のように扱った。

 実際に汚点だったのだろう……貴族にとって、ボクという存在は。

 心の矯正、男だ女だと強調すればするほど、ボクは明確に「違う」のだと認識した。


 すっかりボクは疲れてしまった。自分の在り方にも、周りの存在にも。

 いや……倦んだ言えばいいのだろうか、なんにせよボクは総てに興味を失った。

 早々に死にたくて、ここでは無い何処かで死にたくて、南部戦線へ志願した。

 その時の両親の狼狽え振りは何とも笑えた。

 早くこうしておけばよかったと思ったものだ。


 南部に行く前に士官学校で、一人の「男」と出会った。

 その時の感動は、言葉にできない程で――その晩涙を流し続けた。

 是が恋なのだと、ボクの心は身体に伝えていた。


 ――その夜、ボクは初めて自分を慰めた。


 ☆


「――君が好きだ」


 植物が触腕のように蠢き、リーベスを狙う。

 速力は大したことは無いが、その数!

 通信機器室を埋め尽さんばかりの数。


「――!」


 身体捩じり、頭を振り、中空で何とか躱す。

 脇腹が削られ、頬を少し触腕が嘗める。


「好きだよリーベス」

「……‼」


 触手を切り落として、フランに接近を試みる。


「君はどうだ? ボクを見ていてくれているか? その深紅の瞳の先には何を見据える――」

 誰を見据えている。

 分かっている。彼女だ。自身唯一の友人。

 ……フレデリカ。彼が彼女だけのことを想っているのは知っている。赦そう。彼女ならばいい。

「フラン――!」

 フランに肉薄し、一足・一剣の間合いに入る。

 あと一歩も必要なく、この〝剣〟を振り下ろせば、フランを殺せる。

「……嬉しいよ、躊躇ってくれるんだね」

「グ……ッ⁉」

 一瞬の逡巡。その間隙を地中から吐出した触腕が穿つ。

 足裏を貫かれて、苦鳴を吐き出す。

「見てよ触ってよ……ずっと待ってたんだ。君と運命を感じるために、亜人区でずっと待ってたんだ。だからボクを――」


「つ……ッ」

 両腕を貫かれる。

 貫いた触手がリーベスの腕を操り、フランの胸に誘った。


「ん……っ」

「……?」


 この感触――凄まじい違和感。

 そこに無いモノがある――。

 ――業‼


 通信機器室に壮絶な衝撃が襲う。

 【変色の獣】による影響だった。


 ☆


 もしも運命があるのなら、この目に映る人が運命そのものだ。

 だってこんなにも、ときめいている。生れてはじめて感動している。

 結局士官学校では話せずじまいだったけど、ずっと見ていた。其れだけで満たされた。


 それから士官学校を卒業して、南部に配属された。

 『トゥーゲント・ヘルト』でまた運命を目にした。彼が――リーベスがいたのだ。


「リーベスだ」

「……フラン」


 あまりの感動で言葉足らずになったのを今でも恥ずかしく思っている。

 だって仕方がないでしょ⁉ 好きなヒトと巡り会えたのだから!


「……フレデリカ」

 

 初見の印象は物静かなただの女性だった。

 その印象は長くは持たなかったけど。


「貴方たち、何やってるの‼」


 彼女は初対面こそ物静かだったけど、関係が安定してくるととても饒舌になった。

 そして、良くも悪くも自分の意見を言う人だった。

 表裏が無い。そう思った。


「フレデリカ! 俺は悪くないぞ⁉ この阿呆が俺の水稲に洗剤入れやがったんだ……!」

「ちょっとした悪戯じゃないか、そんなに怒らないでよ」

「何処が一寸しただ‼ 不通に死ぬっての! 俺に何の恨みがあるんだお前は⁉」

「恨みは無いよ……」

「ああ?」


 含みを持たせたボクの言い方に、彼は眉根を寄せた。

 そう、恨みなぞ有る筈も無い。感謝しかない。灰色の世界に彩りをくれた君に、ただただ、感謝と恋があるだけなのだ。


「ほら! いつまで喧嘩してるの!」

「喧嘩じゃない! 正当な権利を行使しているだけだ!」

「小っちゃいこと言ってない!」

「小っちゃくないわ! 此処砂漠だぞ⁉ 砂漠で水無しってお前死ねってか⁉」

「だったら、私の分けてあげるから仲直り! ほらその両の手は何のためにあるの?」


 ――抱きしめ合うためでしょ?


 ☆


「何が……」


 突き抜けるような衝撃。基地全体……いや、大地そのものが揺れ動いたような。


「ステラ……」


 無事だろうか、無茶はしていないだろうか。

 心配だ。彼女は自分以上に己が身を疎かにするのだから。

 故に、リーベスはまだ死ねない。

 彼女を見守らないと。


「拘束が解けている」

「さっきの衝撃のせいだね」

「フラン――!」


 朦朧とする意識が、一瞬で覚醒する。

 身体に刺さっていた触手が消えて、リーベスは自由の身になっていた。


「……」


 問題は折角詰めた間合いが、開いてしまっている事だろうか。

 どう攻略するか、苦心しているとフランが困ったような顔をした。


「存外手こずってるのか? 困るんだけどね、真坂契約不履行なんて言い出さないよね?」

「なにを……」

「こっちの話だよ」


 リーベスは思考を覚醒させる。できる限り明晰に、より多く情報を集積。

 あるはずだ。今の会話に攻略のヒントが。

 フランは何故、リーベスが一瞬であろうと気を逸していた時に攻撃できなかった? 意識ある状態で殺し合いをしたかったから? それともカビの生えた騎士道精神故か?


 そんな奴でないコトをリーベスは知っている。

 もっと解析しろ。

 あるはずだ是迄の会話の中に。

 

 まず――あの触手は何だ? 〈モンスター〉と手を結んでいるゆえに、気が逸れていたが。機械人形でもないあれは、恐らく〈モンスター〉そのもの! フランは〈モンスター〉を使役している。

 そんな技能は有史以来存在しない。


 為らばどこから……フランの身体の変化と関係あるのか?


「何やら色々と考えてるみたいだ。そういう君の顔好きだよ」

「はっ! 逆に嫌いな顔はあるのか⁉ 教えてくれよ努めてその顔をしてやる!」

「意地悪だね」


 フランは動かなかった。これだけ挑発しても彼のフランは動かない。これだけの戦力差があって、何故追撃しない。触手の攻撃がなりを潜めたのは衝撃の直後。

 ならば、その衝撃を生み出せるのは何だ⁉

 考える迄も無い!


「【災害級】の借りものか!」

「気づいたか……契約特典だよ便利だろ?」

「その特典もどうやら、今は存分に使えないらしい。【災害級】の意識に余裕がなくなったか?」

「……」


 〝剣〟をフランに向ける。


「――覚悟しろ」

「ネタが割れても状況が変わってるとは思わないけど?」

「噓つけ、今扱える触手の数は何本だ? 十か? 二十か? どちらにせよ脅威は減退している。これを知った以上俺は攻めに回る、もう終わりだ」

「それこそだよ、お互いを知ってからが性行為バトルだ」

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