第34話『駆けろ妖精、流星のように2』
――『それ』は焦っていた。
自身の分体を用いれば、容易く虫けらどもを御せると安易に思っていた。
実際に一度目の戦闘では、十体弱の分体を削られたが、無限に等しいいまの『それ』からしてみれば、つま先を少し削られた程度のものに過ぎない。
対して、虫けらどもはその半数を失い、泣き叫んで怒りを露にしていた。
しかしどうだ? 一度引いて、戻ってきてからの虫けらどものその強さは。
『それ』の分体を危なげなく狩り殺している。
確かに脆弱になった。惰弱となった。
自身を分けることによって、確かに『それ』は弱くなった。
それでも虫けら如きに遅れを取るほど、弱くなったとは思わない。
これだ。
是なのだ。
同族を討ち、イマ、自身にさえ殺意を向ける。
何と甘美か、何と麗しいか。
一個体では、弱く脆い存在が、数を集めて群と為ったら、その威力は絶大。
自然界においても群れを駆使する生物は多いが……これ程の戦力の上昇が起こる生物を、『それ』は知らなかった。
そして間近で見て実感する。
――だめだ。
今の自分では、彼らのようにはなれない。
彼らの強さは多様性故の進化だ。
多くの者が培い、繋げて、さらに先へと生み出していった力だ。
それが自身にはない。
確かに『それ』は弱くなり再進化をはじめたが、其れは別の道を模索し始めただけだ。
未だ道を惑うモノでしかない。
対して彼らは既に力の方向性を定めている。
惑い進化する。
無限の可能性――。
これが『ヒト』という種の……系の神髄。
――少しだけ、主なる父の想いが分かった気がする。
なぜ【始まりの王】が人間如きと契約したのか、分かった気がした。
彼を真似て、自身も人と契約をしてみた。その時は分からなかった、今実感する。彼らは面白い。
故に、契約者との契約を履行するために、元来た道を戻ろう。
是迄の自身を否定してもいい。
今の彼らを見てそう思った――。
――ありがとう虫けらども、おかげで新たな自分を知れた。
――お前たちを、契約者の下へは行かせない。
☆
「何……⁉」
「鳴動……この感じは二度目だね」
この基地、否……西部の砂漠を総て緑の森林に変えたあの鳴動。
「総員衝撃に備えろ‼」
最悪の想定……イマ、あの攻撃とも言えぬ神秘が発現すれば、全滅さえあり得る。
何か……何かないのか⁉
レインの焦りを嘲るように、地面から吐出した植物が、天井を貫き、蒼天を露にする。
それどころか、ある
その衝撃に巻き込まれ、レインたちは、倒れ込んだ。
「みんな無事か⁉」
いち早く意識を取り戻したレインが、問う。
しかし誰も応えない。
最悪を想像して絶句する。
視線を泳がせてみる。
数名が立ち上がり天を仰いでいた。
「君達無事なら……」
レインに気づかず、啞然と空を眺める。
「……」
何事かと、レインもまた空を仰いだ。
「――――――ッ」
その姿を見て彼は直感した。
わからぬ筈が無い。
ずっと探していた。ずっと狙っていた。
「【
『それ』の姿は人に酷似していた。
人の女性の上半身に、蛇の下半身。背には巨大な舵輪がある。
そう……その身の丈が百メートル余りあることに、目を瞑れば『それ』は人に酷似していた。
「驚いた……分体を集結するとこうなるのか……最早、我は分ける前とは別の生物と言うことか……」
そしてそれは喋った。
不思議なことに、進化を進めれば言語を解する。
言葉を操り、神を作り、国を創る。
そして何故か、両の手が備えられる。
或いは誰かの手を握る為。
あるいは誰かを抱きしめる為。
或は、誰かに手を差し伸べる為。
――若しくは、祈る為に。
両手の役割は多岐に及ぶが……このように使うのは、ある一定の進化を遂げた生物のみである。
即ち霊長。
そのステージに――【変色の獣】は立った!
祈る為の両の手を、抱きしめる為の両の手を、差し伸べる為の両の手を、握る為の其の両手を――残酷な笑いと共に己が進化を促進した愚かで愛らしい虫けらどもに向けた……。
「ありがとう、虫けらども……」
我はお前たちを愛している。
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