第33話『駆けろ妖精、流星のように1』

 ――リーベスがフランと対峙しているとき、ステラたちは絶賛〈モンスター〉と戦っていた。

「囲め! 攻撃の方向を限定させろ!」

 レインの指示により枝蛇を包囲する。

 その包囲は一方向のみ手薄になっており、其処に向かって枝蛇は突進する。

「ステラ女史!」

「はい……!」

 枝蛇の速力は特筆すべきであるが、其の機動力は微小である。

 方向を限定し、タイミングを合わせれば簡単にとらえることが可能!

「は――っ!」

 ステラの魔力の刃が枝蛇の鱗を斬り裂き、僅かに出血させる。

「しいいいいいい!」

「浅い……⁉」

 手応えの無さに狼狽える。

 思っていた以上にガタが来ている!

 魔力循環も硬度も足りない!

「いいや、十分だとも‼」

 レインがなおも直進する枝蛇の額……ステラによって防御装甲たる鱗を失った其のウィークポイントに向けて、対物ライフルの照準を定めた。

「ここは私の箱庭だ。部外者には退去願う!」

 砲火を生んで、特殊加工された弾丸が枝蛇に目掛けて飛翔する。

「しいいいいいいいいいいい⁉」

 その銃弾は狙い過つことなく、枝蛇の額を打ち抜いた。

 力無く倒れて絶命する。

「一匹ならば囲んで叩けばリスクなく殺せるね」

 跳弾での予測不能の攻撃さえ防げば、大きなリスクなく討伐できる。

「ステラ女史、君のおかげで損耗が少なくていいよ」

「……役立ってよかったです」

 いいながら彼女は上がった息を整えている。

「君の消耗は無視できないね……」

「いえ、まだいけます!」

「……私は今回の戦いで【災害級】の〈モンスター〉と邂逅すると思っている」

「理由を窺がってもいいですか?」

 ステラが訊くとレインはふっと嗤った。

「勘だ」

「勘ですか?」

「そう……私が最も信頼するモノさ。――それ故に私はステラ女史、君がこれから先の切り札に成りえると、そう思っている。だから君の消耗は見過ごせない」

 ハッキリ言って、【災害級】の〈モンスター〉が基地内に存在する可能性は、極めて低い。それ程強大な力を持つ存在が姿を隠すとは思えないからだ。

 現にレインたちは世界を書き換えた瞬間を目の当たりにし、今なお砂漠は緑の植物の海に変わっている。

「それでも囁く……

 確かな確信。

 太陽を見て偉大だと思う様に。

 星々に自然と願うように。

 レインの胸には、確かな確信が あった。


 ☆


 ――ステラは自身の不調を明確に、また完璧に把握していた。

 是は臨界点の後遺症。

 器に罅が入って、命が流れて行っている。

 当然、力は流失する。最早全盛のころの力は使えまい。

 しかし――全盛の力を振るっていたころよりも、強く、より強く生きたいと願っている。

 微かな勇気が、彼女の歩みを後押しする。

 どうしようもないほど暗く、荒廃した道のりを応援してくれる。

 

 不安ばかりを見てはいけない。

 幸福ばかりを願ってはいけない。

 でも……明確な「幸せのイメージ」がこの胸にはある。

 〝大切なヒト〟が居て、〝大切な家族〟がいて、〝皆でまた団欒する〟。


 だから歩んでいようと、そう思えた。

 生きていたい。

 誰よりも今の自分はきっと――強い。


「ステラ女史!」

「はい……!」

 眼前に立ち塞がった枝蛇の頸を落とす。

 レインの狙撃で負傷していたため、楽に断頭できた。

 これで五匹。

 侵入開始より確実に、〈モンスター〉との遭遇が増えている。

「おかしい……」

「何がですか?」

「〈モンスター〉の出現がだよ」

 〈モンスター〉の討伐に来たのだ。出現するのは当然だろう。

 そう思い、彼女は怪訝そうに眉を寄せた。

「出現のタイミングさ。明らかに私たち誘導する為に〈モンスター〉が現れている。現に、私たちは広場から狭路に押し込められた」

 方向を限定する。是は広い空間があってはじめて機能する。

 一通の通路では、逆に枝蛇の速力をもろに受ける事に為るだろう。

「それだけじゃなく、ある一定の方向……つまりは通信機器室の方角へ進行しようとするたびに、〈モンスター〉が現れる。これではまるで、あちらに行って欲しくないみたいじゃないか?」

 こちらは陽動。通信機器室が本命。奇しくも、レインと〈モンスター〉の想定が嚙み合う。

「こっちが〈モンスター〉を惹きつけている間に、連絡手段を手に入れてもらうつもりだったのだけど、如何やらそうも言ってられないらしい」

 各個撃破されるくらいならば、総力をぶつけた方がましだ。

 レインは踵を返した。

「総員に告ぐ! これより通信機器室に向かったリーベス君たちに合流――」

 ……瞬間、狭路の出口と入口を塞ぐように、二匹の枝蛇が現れた。

「盗み聞きか? まったく……」

 レインがやれやれと言いながら、膝を付き隻腕となった身では扱い難くなった、対物ライフルを眼前の枝蛇に向けた――。

「……!」

「マジか……」


 ――其れよりも速く、妖精が駆ける。

 壁を蹴り、不自由な軌道を描いた。

 羽があったなら、もっと自由に飛べた。

 かつての魔力はねがあったなら、もっと、もっと、自由に飛翔とべた。


「今は是でいい‼」

 大切な人に、出会うための両足が有れば……。

「それ以上なんて必要ない‼」

 綺羅星のように輝いて、一人の妖精は怪物を前に加速する。

 まるで流星のような様に、見ていたモノは魅了された。

 そう……。

「しいいいいいいいいいいいいいいいい‼」

 目を持たぬ怪物以外の総ては、イマ、一人の妖精むすめの虜であった。

「邪魔! 君が居ると、リーベスに逢えない――‼」

 耀ける星屑を纏った一閃が、枝蛇を両断する。

 ――不思議と、まだ戦える気がした。


 

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