第23話『時間』

「まったく、なんて強さだ」

 リーベスはできる限りに顔を顰めてそう呟いた。

 対峙した〈モンスター〉の強さ、それは正しく亜種のものではなかった。

「間違いなく純種だ」

 純種……【未開拓領域】に住まう〈モンスター〉の総称。

 【生存権内】に住まう〈モンスター〉たちは【未開拓領域】を追われた力無き種族。

 【未開拓領域】に適応できず、進化を遂げられなかった。

 故に亜種。

「よかった、ここで仕留められて」

 倒すのに苦労したが、深刻なダメージは負っていない。

「あの枝蛇が他の所に行ってたと思うと、ゾッとするぜ」

 もしも非戦闘員のもとへ向かっていたならば、恐らく皆殺しになっている。

 あの機動力を相手に、護衛をしながらの戦闘なぞ不可能だろう。

 あとはもう蹂躙されるだけだ。

「……っ……!」

 膝が崩れ落ちる。

「貧血か……〝怪毒〟を作りすぎたな」

 〝怪毒〟の生成には魔力と血液が必要だ。

 それを大量に生成したのだ。

 消耗は当然大きい。

「今は無視だ」

 リーベスはふらつきながら、歩き出す。

 震える指先を隠しながら。


「何なんだコイツは⁉」

 突如現れた灰色の枝蛇に、レオニダスは真底不愉快気に吐いた。

「リーベスと戦ってるのとは別個体だよね……?」

「だろうな、敗色が違い過ぎる。此奴が擬態できるとかじゃない限りは別個だろう!」

 最悪だ。

 悪態をつく。

 想定する中で、もっとも最悪の事態。

 未知の〈モンスター〉が基地内で蠢いている!

「閣下の方が心配だ」

「……ん」

 仮にこの〈モンスター〉が非戦闘員が多くいるレインのもとへ向かったなら……。

「考えたくないな」

「なんにせよ、この〈モンスター〉は斃さないといけない……!」

「分かっている!」

 レオニダスは駆けだした。

 枝蛇の足背を狙うべく、壁を蹴り翻弄するように跳躍。

「……!」

「しいいいいいいい!」

 懐からナイフを取り出す。

 強大な〈モンスター〉を相手にするには余りに心許無い。

「……っち!」

「――――ッッ‼」

 枝蛇は身体を鞭のように捻り、強力な鞭撃をはなつ。

 その攻撃を予期していたレオニダスはナイフを天井に突き立て急停止。

 眼前で枝蛇の鞭撃が過ぎ通る。

「ひやひやさせるな!」

 一歩間違えば一瞬で肉塊だ。

 レオニダスのニューロンが何時になく回転しているのが分かる。

「無茶しないで……! こっちは二人なんだから!」

「そうは言うがお嬢……! コイツはそこいらの〈モンスター〉じゃない! 無茶しないと勝てないぞ……⁉」

「そんなの分かってる!」

「……!」

 ステラが羽を展開し、レオニダスに追撃を仕掛けようとした枝蛇に肉薄。

「――――ッッ⁉」

「ハァ――ッ‼」

 突如自身の前に現れた少女に、枝蛇はたたらを踏む。

 その一瞬の硬直を見逃さず、魔力の刃を作り、振り下ろす。

「しいいいいいいいいいいいいい……⁉」

 ステラの剣は枝蛇の硬い鱗を砕き、枝蛇を出血させる。

「マジか……」

 あまりの後継に啞然と呟くレオニダス。

「しいいい‼」

 ステラの攻撃を恐れた枝蛇は、とぐろを巻いて防御形態に入る。

 ステラはこれ幸いに距離をとる。

「ふう……」

 呼気いきを吐き出した。

 魔力によって熱されたその呼気はまるで蒸気のようだった。

「お嬢……」

 ステラが強いことは知っていた。何度か模擬戦で見ているし、〝妖精兵器〟の評判も見当然知っている。

 だがひとと〈モンスター〉でこれ程までに、彼女の強さの見え方が違うとは……。

「〝妖精兵器〟は対〈モンスター〉の為に造られた兵器だと聞いていたが……」

 〝妖精兵器〟の力は〈モンスター〉の強度に正比例して、より強力に、より甚大に、その性能を発揮する‼


「しいいいい‼」

「ごふ……っ」

「お嬢……っ⁉」

 突如――。

 少女ステラの口から鮮血が吐き出される。

 唐突な喀血に、レオニダスは悲鳴のような声を上げた。

 硬直する二名に反して〈モンスター〉のみが、より冷徹に、機械的に本能に従い行動した。

「――――ッッ‼」

 枝蛇は大きく跳躍。

 空中で固まったステラに向かい、空気の壁を突き破り直行。

 獣の勘でその行動を漠然と察知したレオニダスが、ステラを突き飛ばす。

「……レ……オさん……っ!」

「さがってな、お嬢――!」

 レオニダスはステラを突き飛ばした勢いのまま、枝蛇の攻撃圏から逃れようと試みるが、其れよりも速く――。

「があ……っ⁉」

 枝蛇の攻撃がレオニダスの左腕を食い破る。

 肘の下を総て食いちぎられ、苦鳴を吐き出す。

「……くっっそ‼」

 左腕を食いちぎられた余波で、レオニダスは壁に衝突する。

「――――ッッ」

 立ち上がれず、蹲るレオニダスの下へ〈モンスター〉が迫る。

「させ……ない……!」

 よろよろと血を吐き出しながら、それでもレオニダスの前に立つ。

「しいいい……!」

「くるな……っ!」

 鬼気を放つ。

 ステラの威圧に圧されて、枝蛇が距離をとる。

「お嬢……」

「離れるよ……」

 レオニダスに肩を貸し、立ち上がらせる。

「すまん……」

「いいよ、私もさっき助けられた」

 ――遅い。

 余りにも遅い。

 敵から逃れるというには余りにも二人の退避は遅すぎた――。

「しいいいいいい!」

 あまりに遅すぎる二人の背を――。


「させるかああああああああああああ――‼」

「させません……っ‼」

 枝蛇は背部にうけた攻撃に悶え、殺戮を実行できなかった。


 それは幼女が放った攻撃とは思えないほど、重い攻撃だった。

 洋々とした魔力の重量を加算された幼女二名の攻撃は、易々と〈モンスター〉の外皮を突破する!

「しいいいいいいいいいいいい――――――ッッ⁉」

「やったね!」

「効いてるよネネちゃん!」

 身体の半ばまで深く削られた枝蛇は、身体をくねらせて苦悶を表現する。

 確かな手応えに、ネネとクーフェは喜びを露にする。

「ネネとクーフェ⁉ なんで……っ⁉」

「助けに来たよ!」

「私たちが護ります……!」

 突然の二人の登場に困惑するステラ。

「マジかよ……、こりゃあ助かるのか?」

 最悪の状況を想定していたレオニダスは、わずかに訪れる希望を抱く。

「勝てると思うか、お嬢」

「勝てると思う……〝妖精兵器私達〟は若ければ若い程、魔力が活性するから」

 〝妖精兵器〟の本質は生命力の蕩尽である。

 それ故に莫大な生命力を保有するネネとクーフェの攻撃力はステラを上回る。

 無論ステラと違い、彼女たちの戦闘経験は皆無だ。

 そこでの強さの差は出来るが……、こと殺戮に重きを置くならば――。

「二人が勝つよ」

「……そうか」

「二人の邪魔にならないように……離れよう」

 身体の節々から力が抜ける。

 生命力の漏出……。

 それに伴う倦怠感。

 まるで手足が空気なったようだ。

「わるい、お嬢……足を引っ張っちまった」

「うんうん。其れよりも君の疵を診ないと」

「ああ……」

 左腕を捥がれ、その勢いのままに壁に衝突した。

 内臓に幾つかのダメージを負っているのがわかる。

「強いな……」

 ステラに左腕の処置をしてもらっている間……レオニダスの眼は二名の妖精に惹きつけられている。

 高速飛行で〈モンスター〉を翻弄し、驚くほどの火力で枝蛇の装甲を削りダメージを与えていく。

「――――」

 目を眇める。

 あの二名がレオニダスの心胆にもたらした境地は、喝仰だ。

 生物的に至れない境地。

 強すぎる力。

 獣の因子を濃く引いているレオニダスの深奥に、強く羨望が渦巻く。

「お嬢は無事なのか?」

 黒く膿んだような感情に蓋をして、レオニダスはステラに問いかけた。

「無事だよ」

「だが、血を吐いていただろう? 攻撃をうけたのか?」

「違うよ。無茶をして制限時間を超過しただけ」

「制限時間……?」

「〝妖精兵器私達〟の戦闘時間はそう長くないの。生命力をガリガリ削るから……」

 ステラは霞む翠の瞳を二人の少女に向けた。

「特に私はもうから、現界が来ちゃったみたい」

 えへへ。と儚げに笑った。

 それが強がりであることは、鈍い男にも理解できた。

「私はもう……あの子たちみたいに、自由に飛べない」

「お嬢……」

 煌々と魔力による光が回廊を満たす。

 クーフェとネネの攻撃だった。

 その魔力をもろに食らい、枝蛇は絶叫を上げて絶命した。


 

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