第24話『焦燥』

「もう時間無いな……」

 レオニダスに聞こえないように、独り言ちた。

 思えば無茶ばかりしていた。

 たくさん傷ついて、一杯頑張った。

「それも、もうお終いかぁ」

 感慨深く吐き出す。

 自身に時間が無いコトを確信した。

 もとより限界が近いのは分かっていたが、眼前に迫ってやっと実感を伴った。

 高々数十秒の戦闘で活動限界が訪れた。

 もはや幾ばくも無い。

「……」

 ずっと覚悟してきた。

 早く訪れろと願っていた。

 全て台無しになってしまえと、そう思っていたのに――。

「――――」

 終わる寸前で悔いが生まれた。

 もしも生き永らえる事が出来るならと、そう思ってしまっている。

「だけどもういい」

 そう。

 もういいのだ。

 全て諦めてしまえばいい。

 だから――。

 望むな。

 見つめるな。

 手を伸ばすな。

 嘲笑う運命に嘲弄されるだけだ。


「スー姉!」

「姉さん!」

「二人共ありがとう……」

「助かったぜ、お嬢」

 抱きついて来る二人の幼女を抱きしめる。

 レオニダスとステラは彼女たちに感謝の言葉をおくった。

「二人は大丈夫なの?」

「うんとね! 元気ー!」

「大丈夫です!」

「そっかー」

 和やかに言葉を交わす。

 レオニダスは肩透かしを食らう。

「うん!」

 わざとらしく咳をして注意を向ける。

「一応、戦場だ……」

「あ、そうだね……早く〝結界石〟を探さないと!」

 立ち上がろうとして、ふらついて膝を付いてしまう。

 二人が心配そうに声を掛ける。

「スー姉⁉」

「大丈夫ですか……⁉」

「うん、大丈夫……少し眩暈がしただけだよ」

「お嬢、そんな状態で〝結界石〟の探索なんて無茶だ。〝剣〟のを待つのが一番いい」

「ダメだよ! そんな時間ない! 一刻を争うんだよ⁉」

 未知の〈モンスター〉が複数体いるのは分かっている。

 悠長なことは言っていられない。

「それに……リーベスが勝てるかどうかも分からない。よしんば勝てても、動けない状態かもしれない。ここでリーベスを待つのは悪手だよ!」

「しかしだな……」

「まってリーベス此処に居ないの⁉」

「どうしたんですか⁉」

 二人の会話を聞きつけた幼女二名が驚いて訊いてくる。

「いや、あの〈モンスター〉とは別の奴に襲われてな。種類は一緒だと思うんだが……それはともかく、〝剣〟のはその時に殿になったんだ」

「そんな……!」

「私行くよ‼」

 クーフェは絶望した表情をした。

 ネネは決然とリーベスの下へ向かおうとした。

「ダメ‼」

 その二人をステラが止める。

 バッと振り返り、幼女二名の非難の視線がステラに集まる。

「どうしてですか⁉」

「スー姉なんで‼ リーベスが嫌いなの⁉」

「……」

 悲痛な表情で言ってくる妹たちに、彼女は歯嚙みした。

「君たちはもう全力戦闘している。これ以上はダメ!」

「まだ戦えるよ!」

「それはまだ君らが限界を知らないからだよ。君らが気づいてないだけで、もう活動限界寸前の筈だ」

 ネネとクーフェはあまりに軽経験が少ない。

 自身が活動限界を迎えたことは無く、見たこともない。

 そして今は初の戦闘でアドレナリンの作用で、思ったほど疲労感も感じていないだろう。疲労感以上に全能感の方が強い筈だ。

「今のキミらがリーベスの所に行ったて、ものの数分で活動限界を迎えるよ」

「でも私たち、あの〈モンスター〉をすぐに倒しました!」

「一瞬だったよ⁉」

「あれが一個体だけなら、そうだね。きっと勝つのに数分も掛からない。でもそうで無いのなら?」

 ステラの言葉に押し黙る。

 彼女たちは〈モンスター〉と戦い直に感じている。

 死の実感。自他問わず、戦場で必ず感じる気配。

 その闇色の気配が、複数体に襲われれば危ういと叫んでいた。

「最悪の場合リーベスの足を引っ張るよ?」

「……⁉」

「……!」

 ステラは二人の髪を優しく梳いた。

「大丈夫、今はリーベスを信じよう」

「うん!」

「はい!」

 ステラは視線を後ろに流す。

「レオさんもそれでいいですか?」

「ああ、もとより足手まといだ、好きにしてくれ」

 ステラはこくりと頷くと、諦めたような表情のレオニダスに肩を貸した。

「〝結界石〟を探すよ!」


 ☆


 リーベスはふらつきながら歩いていた。

 彼の後ろには無数の枝蛇の残骸が散らばっている。

「……ッ……ッ」

 痛みと眩暈に襲われ、明滅する視界の中彼は行軍を続ける。

 同じころ、ステラが危惧したように、枝蛇は総数を悟られぬほどの物量を基地内に蠢かしている。

 先刻の戦闘ですでに四匹目。

「……」

 だがだからこそ、リーベスは〝結界石〟の位置を把握しつつあった。

 事は簡単なパズルだ。

 単純明快な答え。

 枝蛇が居ない場所こそ、正常に結界が機能している場所。

 枝蛇の生態パターンは既にミーチェに記録済み。

 あとは探知を拡張し、ぽつりと穴の開いた場所に向かえばそこが答えだ。

「がは……ッ」

 喀血する。

 吐き出された鮮血はマグマのようにぐつぐつと沸騰している。

「……流石にこの規模、ミーチェの演算領域を超えて、俺にも負担が来るな」

 『トゥーゲント・ヘルト』の敷地は凡そ二キロ強。

 〝結界石〟の大まかな場所が分かる故絞る。

 ざっと一キロ弱。

 しかして、その一キロ弱にある莫大な情報量たるや、筆舌に尽くし難い。

「ステラたちは無事か? クーフェとネネもいる? レオは負傷しているのか?」

 知っている生体反応を感じて、彼は深い安堵の息を呼気を吐き出した。

 彼女たちもまた諦めずに、〝結界石〟を探している。

 ならばどうしてここで弱音を吐く事が出来る⁉

「……ッ!」

 さらに探知範囲を鮮明に。

 負担は一気にリーベスの脳みそを沸騰させる。

 ツー。

 鼻血が流れるが、リーベスは気づかない。

「見つけた……っ」

 リーベスはいくつかの枝蛇が居ない範囲を特定する。

「出来ればすべて回収したい」

 思ったよりも〝結界石〟は多く残っている。

 是だけの数が有れば、簡易的なモノだとしてもそれ相応の大きさの拠点を作れる。

 拠点さえ拵えれば、態勢を立て直せる。

 今は兎に角動け! ただでさえ後手後手だ。

 これ以上攻められる側に回るな!

「……ツ! 鬱陶しいなァ⁉」

「しいいいいいいいいいいいいいい‼」

 リーベスの行く手を三匹の枝蛇が塞ぐ。

「……ッ」

 彼は静かに剣に触れて、信頼する相棒のを叫んだ。

「ミーチェ――〝灼骨しゃっこつ〟‼」

 機械的な剣が縦に割れて、その片方がリーベスの左腕に食い込む。

 剣の片割れがリーベスの左腕と同化し、彼の左腕は赤熱する。

「……ッ……っ‼」

 その激痛を嚙み潰して、眼前の〈モンスター〉と向き合う。

 そして、全身から灼熱の蒸気を発しながら、彼は〈モンスター〉と三度の戦闘を開始する――。


 ☆


「ウソだろ……?」

 呆れ果てた空笑いをするレオニダス。

 それも無理からぬことだろう。

 なにせ、先刻必死に倒した〈モンスター〉が眼前に五匹。

 背後に二匹だ。

 是を絶望と呼ばずして何と呼ぼうか。

「やあああああああ――!」

 レオニダスの絶望を吹き飛ばすように、裂帛の気合で叫ぶネネ。

 彼女は眼前の絶望を切り払うべく、五匹の絶望と果敢に戦っていた。

「クーフェ! うまく合わせて!」

「はい……!」

 そしてその後ろでは、ステラとクーフェが枝蛇と戦っている。

 ステラが枝蛇を撹乱、その隙をクーフェが叩く。

 彼女の継戦能力の低さを補うための措置。

「ネネが押さえているうちに、早くこっちを斃さないと!」

 しかし、攻めきれない。

 枝蛇がもつ頑健な鱗と柔軟な筋線維。

 そして生半可攻撃だとすぐに癒着するその体質。

「……ッ」

 焦燥が脳髄を惑わす。

 自身のタイムリミットが迫っているのが分かる。

 直接戦闘を控えようと、緊張と高速移動で、ガリガリ魔力は削れている。

「しいいいいいいいいい‼」

 ステラを苛立たしく思った一匹の枝蛇が横なぎの鞭撃。

 それを上昇することでステラは軽やかに躱す。

「今です……!」

 その隙を狙ってクーフェが枝蛇の胴部に風穴を空ける。

「やった……!」

「まだもう一匹いる! 気を抜かないで!」

「はい!」

 仲間が討たれたことに激高したのか、その枝蛇は総身を痙攣させて――。

「クーフェ! 物陰に隠れて!」

「はい……!」

 二人は瞬時に移動して、討伐した枝蛇の残骸を盾にする。

 それと同時に、生きている枝蛇から鱗の散弾が放たれる。

「なにこれ⁉」

 その軌道上には当然ネネもいる。

 だが距離が離れたことで、十分に回避可能な速度であった。

 軽やかに鱗の散弾を躱す。

「ウソ……っ」

「おじさん!」

「そんな……ッ」

 しかしそれは妖精たる彼女たちだからこそできることで、満身創痍の獣人は――。

「すまねぇ、お嬢たち最後まで足を……」

 ――躱せない。

 胴体に無数の鱗をうけて、血を吐き出してレオニダス大尉は頽れた。

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