第22話『枝蛇』

未知の〈モンスター〉と戦闘をはじめて約五分。

 リーベスは得体の知れなさに、肝を冷やしている。

 攻撃力はともかく、その速度と硬度は並大抵ではない。

 とても【生存権内】の〈モンスター〉とは思えなかった。

「……」

 攻撃力が低いとはいえ、人間一人を殺すには十分。

 そして枝蛇の外皮を突破するには、恐らくだが対物ライフル並みの火力が要るだろう。

 少なくとも徹甲弾は必要だ。

 思うに――。

「戦車の装甲をした鞭だな」

 ミーチェの拡張視界が無ければ、速度で殺されている。

「速力は【竜種】に匹敵する……!」

 縦横無尽にバウンドし、リーベスを肉塊にせんと突撃してくる。

「しいいいいいい‼」

「ち……っ!」

 予め予測していたリーベスはワイヤー軌道で回避行動を行う。

 枝蛇が壁にぶつかり、そのまま反転。

 リーベスの背を狙う。

「見えてんだよ……!」

 ワイヤーを天井に突き刺して、上に逃れる。

 一秒前までリーベスがいた場所を枝蛇が通過する。

「くそ! 反撃に転じられない……!」

 ミーチェのリソースを総て感知に費やしてやっと互角!

 本当に【竜種】と戦っている様だ。

「何か弱点は無いのか⁉」

 逃げるか⁉

 リーベスにはこの〈モンスター〉と戦い続ける理由は無い。

 ステラたちを逃がすために殿を務めたが、彼女たちが逃れた以上、これより先の戦闘は無為ではないか?

「いや、此奴をフリ―にするのは論外だ」

 〈モンスター〉が大人しく一所に留まるワケが無い。

 ステラたちを追うかもしれないし、最悪の場合は非戦闘員のもとへ向かうやも……。

「素直に見逃してくれるとも思えないしな!」

「しいいいいいいいいいいいいい⁉」

 リーベスを見失い、頭上を晒した枝蛇に強烈な一閃を放つ。

 是もわずかに鱗に罅を入れるにとどまった。

「蛇は嗅覚が鋭いって言うしな!」

 蛇の代表的な器官は皆ご存じピット器官だが、嗅覚も鋭いのだ。

 もし、この〈モンスター〉が見た目通り蛇としての特性を保有しているのなら、逃げるのは困難だ。

「まあ、そもそもこれを生物と言っていいのかは甚だ疑問だがな」

 植物の身体に、木面のような鱗を付けた〈モンスター〉。

 見た目は確かに蛇のようだが、生物と言うにはやや憚れる。

「だがまあ、目は無いんだから、別の何かで位置を測っているのは間違いない」

「しいいいいいい‼」

「なんだ? ちょこちょこチビが鬱陶しいか?」

 明らかに怒りを宿している鳴き声だった。

 自身の巨躯を撓ませる。

「それさっきから見てたけどよ、隙大きすぎるからな⁉」

 撓ませてからの跳躍。

 確かにこの爆発的な跳躍は、事前に回避行動していなければほぼ躱すのは不可能だろう。

 だが跳躍までに約三秒の硬直がある。

 そして何より、狙いを定めるにあたって、枝蛇は一直線しか狙えない。

「〝跳弾〟のほうがよほど怖いぜ……⁉」

 跳躍して突進してくる枝蛇をひらりと躱し、枝蛇の身体の半ばほどで身体を回転させ、剣を突き立てる。

「先ずは鱗を落とさせてもらうぜ‼」

 ガリガリ。

 火花を散らしながら鱗を摩擦する。

「疵がつけば十分……!」

 枝蛇の下部の当りでようやく剣が突き刺さる。

「……‼」

 〝ミーチェ〟に魔力を籠める。

 機械的な剣が赤熱。

「しいいいいいいいいいいいいい――ッッ⁉」

 赤くなった魔力が枝蛇の中に注入される。

 あまりの痛みに絶叫上げる〈モンスター〉。

「どうだ⁉ ミーチェの〝怪毒〟はよぉ⁉」

 【人工魔具インテリジェンス・ウェポン】たるミーチェの機能は多岐に渡るが、その最たる例がこの〝怪毒〟である。

 担い手の魔力と血液を加工し、解析した〈モンスター〉にとってもっとも「害」のある毒を作り出す。

 その毒を剣芯に内蔵。

 対象者に注入する。

「槍の方がいいと思うだけどな……」

 ミーチェのデザインをした奴は恐らく莫迦である。

 さして注入するというのなら、槍の方が絶対いい。

 ミーチェの自立演算が有効ならば『あなたにはこの美しいフォルムが、分からないでしょうね』と言ったことだろう。

「しいいいいいい‼」

「……!」

 悶え苦しんでいた枝蛇が突如垂直に跳躍する。

 さらに中空で旋回。

「おいおいおい⁉」

 鱗をし、散弾のように飛ばす。

「くそ……!」

 咄嗟に回避行動に移るが、躱しきれずに脇腹を鱗が貫通する。

「ぐ……っ」

 直ぐに、傷の具合を見る。

「臓器はいってないか……」

 綺麗に貫通してくれたようだ。

 出血もそれほどではない。

「戦闘続行だ」

「しいいいいいい!」

「鱗を散弾に変えるとはな……」

 もとより先刻の〝怪毒〟で仕留める腹積もりではなかった。

 あくまで鱗を落とす為だったのだが……。

「どうせ失うなら、武器に変えるか……」

 合理的すぎるだろ。

 そう呻いた。

「改めて――お前は危険すぎる」

 壁に張り付いて、めつける。

 枝蛇も呼応するように見上げた。

「しいいいいい」

「……は?」

 枝蛇の身体がシバリングしたかのように痙攣・振動する。

「熱……っ」

 否、したかのようにではなく、実際にしている!

「蛇じゃ無いのか⁉」

 蛇は変温動物として知られる爬虫類に分類されている。

 即ち自身で体温調節できないのだ。

 シバリングとは冷えた身体を温めるために行われる、生体反応!

「見た目に騙されるなってことね……!」

 どれだけ蛇に似ていようと、一般に知られている蛇とは大きく違うというコト!

「ウソだろ……」

 熱が収まると、枝蛇の全身から鱗が生え揃う。

「どういう原理だよそれ……⁉」

 あまりに理不尽な光景に思わず叫んでしまう。

「必死こいて奪った盾が再生するとか、理不尽が過ぎるだろ……⁉」

 こうなってくると手詰まりだ。

 ギリギリのところで回避は出来ているが、こちらにはあの外皮を突破する手段がない。

「反撃が意味ないとなってくると、ジリ貧だな……」

「しいいいいい」

「……、一応警戒してくれてるのか?」

 先刻の〝怪毒〟がよほど嫌だったのか、近づいて来ない。

「あれかな? 人間で言う所の虫歯的な……」

 虫歯は悪びれた巨漢さえも悶絶する。

 無論正しい治療を行えば命に別状はないわけだが、その痛みは自死を行うモノさえいたという。

 枝蛇にとって〝怪毒〟はいわゆる虫歯菌なのだろう。

「……」

 こちらの必殺が、虫歯菌程度とは情けなくなる。

「なんにせよ、勇んでこないのなら有り難い。今は一分一秒でも欲しい」

 枝蛇の弱点を探るために、感知範囲を広げる。

 どれだけいっても脊椎であることには変わらない筈だ。

 ならば、護りきれない場所が有る筈だ。

「……‼」

「しいいいいいいいいい‼」

 リーベスの探知範囲に引っかかったものに気を取られた一瞬、痺れを切らした枝蛇が突っ込んでくる。

「くそ……!」

 一瞬の差で回避が遅れ、リーベスの腹部が鑢のような鱗に削られる。

「があ……っ」

 傷は浅い。

 だがその痛みに視界が明滅する。

「……っ」

 沸騰しそうになった脳が急速冷却される。

 ミーチェの機能によってリーベスの痛覚機能の一部が抑制されたのだ。

「何度も!」

「しいいいいいいいいいいい‼」

 反転して突撃してくる枝蛇。

「同じ手を食らうか……!」

 ワイヤーを

 地面に突き刺さったワイヤーに引っ張られ、急速に下降。

 枝蛇の攻撃範囲から脱出。

「がは……っ」

 だが相応の速度で地面と衝突。

 肺腑から空気が脱出する。

 ――だが、これでいい。

「こいよ蛇野郎……!」

 先刻の範囲探知でリーベスは見つけた。

 ウィークポイントとはとても言えない、か細い勝機!

 そのか細い勝機をつかみ、この男は勝利する!

「――お前には殺されてやらない」

「――――――ッッ」

 フラフラしながら立ち上がる。

 リーベスの頭上に枝蛇が落ちてくる!

「死ぬのはお前だ……!」

「しいいいいいいいいいいい――ッッ‼」

 ミーチェを突き上げる。

 狙うは初手で削った頭部!

 枝蛇はさっきの散弾で消費したのは〝怪毒〟で汚染された鱗のみ‼

 鱗の生成にはそれだけのエネルギーがいるのだろう。

 その節約が裏目に出る!

「らああああああああ――‼」

 剣と枝蛇が衝突。

 枝蛇の推進力と自重で鱗を突き破り、剣が深々と刺さっていく。

 当然だが、その負担は総てリーベスの身体へ――。

「しるかああああああああ!」

 ミーチェの力全ての痛覚を遮断。

 踏ん張る。

 魔力の増強も全開‼

「くたばれ‼」

 そして剣の総てが枝蛇に収まった時、リーベスは全霊の〝怪毒〟を注入する。

 鱗で防ぐ事も出来ない。

 内部炸裂する!

「――――――――――――――ッッ‼」

 断末摩を上げる枝蛇。

「ハッ――‼」

 枝蛇の細胞がグズグズに崩れ始めた時、リーベスは渾身の力で振り上げ一閃。

 枝蛇の身体を閃光が奔り、背中開きになる。

「はあ……はあ……」

 肩で息をしながら、リーベスはそれでも立っていた。

「やっぱりお前口が臭すぎるわ。お前に殺されても嬉しくない」

 嘯くのだった。

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