第18話『レイン』
レオニダスがリーベス一行を案内する。
久方ぶりに見る基地内は、目ぼしい変化もなく、過去の形のまま存在を保っている。
「てめえらにはこれからうちのボスに会ってもらう」
「……、そりゃあ案内してくれなきゃ困るからな」
おそらく彼は今回の件の詳細を知るまい。
責任者に出張ってもらわないと、話にならない。
「うちのボスは肝要だからな、安心して良いと思うぞ?」
「うう……」
「嫌われてしまった……」
クーフェにニヤリと笑いかける。
彼の鋭い牙が覗けて、クーフェはリーベスの背に顔を隠した。
「顔が怖いのが悪い」
「生まれつきだ」
「だったら自分の生まれを呪いな」
「えげつないこと言うな……」
「優しく慰めて欲しいのか?」
「まさかゾッとする」
話していると一際大きい扉が見えた。
「相変わらず、趣味の悪いことだよな」
「てめえが居た時からここは変わらないのか?」
「――何も変わってないよ」
レオニダスが扉を開けると、部屋の主が手を組んで歓迎するように笑った。
「ようこそ〝トゥーゲント・ヘルト〟へ。私が此処の責任者――レイン・ベーゲだ。君らの到来を心待ちにしていたよ」
黒縁メガネをかけた人のよさそうな青年だった。
かなり若い。
このような人間が、南部の最前線を任されるとはよほど優秀なのか?
「ふふ。君今似合わないと思っただろう?」
「……」
「私としてもなかなか不相応に苦しんでいるんだけどね、こう見えて私は公の僕だ我儘を口にできないんだ」
ペラペラと語るレイン。
その軽薄な印象とは裏腹に、レインからは強者の風格が漂っている。
「よく言うぜ……」
血の匂い……。
彼からは血の匂いがする。
死屍累々を築き、血河を越える――英傑のニオイ。
「レイン中将……早速だが、用件を聞かしてくれ」
「うん、用は君ではなく、後ろの
「……」
「だけど彼女らはあくまで兵器、君に話を通すのが筋かな?」
「兵器其れはどういう……?」
レインの言葉の意味がわからず、レオニダスが困惑している。
「ああ、そうか、知らないんだね……彼女たちは人間種ではない。勿論亜人でもない」
「亜人でも、人間種でもない……?」
「うん。彼女たちは君一応は知っている〝妖精兵器〟だよ」
「……‼」
〝妖精兵器〟‼ 軍が擁する一騎当千の戦略兵器! それがこの子娘たちだと?
「閣下、それは……」
「君の憤慨は尤もだけれど如何やらここは戦場で、私と君は軍人だ吞み込むといい」
「……っ」
「それが出来ないのなら、君は目と鼻と口に栓をすべきだ」
レオニダスは何も言わず敬礼をした。
懐にドロドロ沈殿する怒りを隠すように。
「……さてと。では君達にも自己紹介をしてほしいかな」
「ネネ!」
「クーフェです……」
「ステラです」
警戒しながら、それぞれ名乗る。
「……リーベス」
「ほほう!」
リーベスの名を聞いたレインは興奮したように机をたたいた。
「君があの〝英雄〟の子か! 〝剣〟のリーベス‼ ……嗚呼いいね、『ヴィクトル』の血脈は生きているんだね」
「……っ‼」
『ヴィクトル』――十年前の『怪獣協奏曲』を食い止め、【災害級】を殺し、フェスト軍国を救った大英雄。
彼の目標にして、渇望の対象。
「……そんなことはいい、要件の話だ」
「そうだね、私は何時も話が逸れてしまう。悪い癖さ」
「悪癖を自覚しているなら、正す努力をしてみては?」
「それを君が言うのかい? 私よりもよほど悪癖だろうに」
「……ち」
舌戦では分が悪い。
この男には余り近付かない方がよさそうだ。
「では、本題」
レインが席を立った。
「――【災害級】が観測された」
【災害級】の観測――その言葉の意味は、絶望以外にないだろう。知っていたレオニダス以外、言葉を失っていた。
「観測された【災害級】は観測手を殺害し、忽然と消息を絶った」
「消息を絶った? つまり位置は分からないと」
「そうなるね、もしかしたら気まぐれに【生存権内】に侵入して、気まぐれに帰ってくれたかもしれない」
「酷い希望的観測だな」
「同感だねぇ」
レインが言った通りならば、観測手には悪いがハッピーエンドだ。
何の問題も無い。
しかし仮に【災害級】が【生存権内】に潜伏しているならば、話はさらに拗れる事に為る。
「聞くに【災害級】は人以上の理知を具えているという。となれば彼の災厄は何かしらの意図をもって【生存権内】を侵犯したことになる。怖ろしいことだよねぇ」
「……っ」
滔々とぬかす。
「肝心なことを聞いていないぞ?」
「おや何の事かな?」
「……まず観測された【災害級】は? そして〝妖精兵器〟の運用目的」
「おお、確かに伝えていなかったね。観測された【災害級】は【
【変色の獣】……旧世界を滅ぼしたこと以外解っていない【災害級】。
何が目的か全く分からない。
「いや、もともと【災害級】を生物として捉えているのが間違いなのか? 意図を考えるの無駄だ。確かに【災害級】には理知がある。だがそれは彼等の主観が人間に近いわけでは無い。彼らは超越者特有の倫理観かもしれない」
「そうだねー、意図なんて本当に無いかもしれないし」
どれだけ彼らが高い理知を具えようと、彼が獣であることは変わらない。
何よりも現存・遺失した文献を紐解いても矢張彼は最悪の怪物だ。
「それで、〝
「……‼」
「どうして、幼女と手練れの
「……っ、技術の後継と、敵の撃破」
〝
彼女たちが纏う羽は魔力で出来ている。その魔力で構成された羽を加速路に魔力を循環・加速し、臨界を迎え、周囲数キロを吹き飛ばす大爆発を起こす。
「其方の少女――ステラ女史は臨界点間近なのは定期メンテで判っている。此処で彼女に派手に散ってもらおうと
「……っ‼」
「……っ⁉」
ステラは驚愕して目を見開き、リーベスは怒りの形相で鬼気を放った。
ネネとクーフェは何が何だか解っていない様子だった。
「さて、ここで大変だ。私はこう見えて公の僕だ。そして社会人として私は上層部の意向を酌まないといけない――そこで率直な意見を聞きたいな」
ステラを指さして嗤って訊いてくる。
「聞きたいですか?」
何を……、ステラが困惑していた。
「君さ、私達のために死んでくれる?」
「……」
「な⁉ ふざけるなよ! そんなことが赦されるわけないだろう⁉」
レインにつかみかかり、怒鳴るリーベス。
「何故? 彼女たちは兵器で、軍の所有物。軍の資産であり、軍の資産を護るために運用される。此処で言う所の軍の資産は、もちろん我々軍人さ」
「……っ」
「そして我ら軍人は、国の資産、詰まる所国民とそれに繋がる施設及び文化を護るために死ぬ。これは役割分担でしかない」
リーベスとてそんなことは分かっている。
彼女たちはそのために生み出されたのだ。
――それでも許せないと思う。
兵器として製造するならば、心を付随する必要なぞなかった。
残酷すぎる。
余りにも残酷すぎる。
非道を極めすぎている。
「――――」
ステラは拳を握り締めた。
深く空気をすい……
「私は死ねます……」
「な……っ⁉」
決然と宣言する。
「ほう……怖くは無いのかい?」
「怖い、ですか?」
「そう、君は死ぬことが怖くないのかい? 別に死を遠く感じているワケでは無いだろう? 何せ君は既に〈モンスター〉と戦っている」
どれだけ死に疎く、生を緩慢に感じようと……直に死を感じれば恐怖は心に蔓延する。
それを知ってなお戦いに赴けるものは少ない。
「恐怖は在ります。戦いは痛くて、怖くて、悲しいコトばかりですけど、
「……、悔しくないのかい? 君は身勝手な人間のために、死を強制されているのに」
「……ありません」
「そうか――」
レインはメガネをかけなおす。
「――だが、私は悔しい。納得いっていないし、納得する必要も無いと思っている」
「え?」
「は?」
先刻までと正反対の意見を口にする。
「あくまで私が口にしたのは一般論だ。しかしここは南部、一般論なんて関係ないし、私たちが口を噤めば上層部には伝わらない――如何レオ君? 上層部に告げ口する?」
「真坂、オレは今目も口も鼻も耳も塞いでいるのでわかりません」
「だそうだ、問題ないね」
レインの軽薄な印象とは異なり、彼の声音は誠実に感じた。
「人が悪い……、何故あのような振る舞いを?」
「ただ意地悪がしたかったわけじゃないよ? 君らのコトをそういう風に思うやつも、使うやつも出てくる。気をつけておいて欲しい」
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