第17話『手荒な歓迎』
「見えてきたな」
幾重にも張られた結界。
カーボンファイバーが織り込まれた特殊繊維と特殊な魔法加工をしたチタン合金。それによって生み出された堅固かつ、巨大な基地。
「〝トゥーゲント・ヘルト〟……ただいまってやつだな、くっそたれ」
「下品な言葉はダメなんだよ?」
「そうだな」
ネネの頭を撫でる。
最近は是も板についてきた。
「やっぱり、嫌なの?」
トラウマを刺激するのかと、ステラは聞いてくる。
リーベスは頭を振った。
「そうでもない。ただ――」
「ただ?」
「ここには何もない。あの日の烈日も、想い出も、ヒトも……」
嘗ての想いはかつてのもの。
そんなことは理解している。
それでも、唯一形として残っているものに、求めてしまうのは仕方の無いことだ。
「だからこそ空虚に映る。
皆で笑いあったあの日の想いは、今やただ三名の中にだけある。
それが空悲しい。
「……掴まれ、着陸するぞ」
「うん」
「「はーい」」
飛空艇が着陸態勢に入り、リーベスたちも倣う。
そして飛空艇は、『トゥーゲント・ヘルト』に搬入した。
懐かしい基地内はお世辞にも居心地がいいものではなかった。
余所者への敵愾心だろうか? 基地内の将兵から、殺伐とした空気を感じる。
「余所者を嫌うのは、軍人の御約束だが……」
同じ護国を担う軍属同士でいがみ合うのは複雑な気分だ。
――他国という概念が消え失せた現代では、内ゲバは頻繫に起こる。
「なんか感じ悪いですね……」
クーフェが不安そうに言った。
「まあ、何やら不測の事態が起こった時に、期待した援軍がこれじゃあな……」
軍人一人と少女一人と幼女二名である。
期待外れと映っても仕方あるまい。
一目で彼女たちを〝妖精兵器〟だとみ破れるモノなぞそうはいない。
一見ただの少女だ。
生体構造もまた人に近しい。
思惟は完全に人のものだ。
知らぬモノからしたら、〝妖精兵器〟へ発想を飛ばすのはかなり困難だろう。
何せ〝妖精兵器〟は存在こそ周知されているものの、運用方法は知られていない。
秘匿程は行かぬとも、隠されてはいるのだ。
「てめえらなんの積もりだ? 此処は前線基地だぞ! ガキの御守りなら他所でやれや! こっちは命かけてんだぞ⁉ 遊び気分かこのやろう‼」
「ひう⁉」
獅子顔獣人の男がリーベス達の眼前を塞ぐ。
男の怒気にやられて、クーフェが悲鳴を上げる。
その反応も気に食わないのか、彼はさらにまなじりを上げて怒り出す。
「上は何考えてこんなガキどもを……!」
「同感だな」
「てめえ……」
クーフェとネネ、ステラを背に隠す。
ネネは不思議そうな顔を。
クーフェは安心を。
ステラは抗議の視線を。
それぞれがリーベスに向けた。
「お前の怒りは尤もだが、抑えてくれ。子供が怯えている」
「ああ⁉」
獅子顔の獣人の男は、青筋を立てた。
「てめえ名前は何だ⁉」
「名乗りが少し遅れたか? リーベス少佐だ」
「……、〝剣〟のリーベスか」
「その名はやめてくれ、恥だ」
「恥だ~⁉」
「……分不相応に駆けて、その結果総てを失ったときに与えられた名だ…、身軽な俺には重すぎる」
獣人は押し黙った。
それから、自身の獅子顔を鬼気を充溢させた。
「剣を抜け! 実力を見せてみろ‼ そうでないと誰も納得しない!」
「……、その必要はない」
「ああ――?」
「
「なめんな‼」
怒りの形相で獅子の鬣を揺らして疾駆。
「オレの拳は鉄もぶち抜くぞ‼」
「そうか、俺の拳はお前の顔面をぶち抜く……!」
「吼えんじゃなねえ!」
「ちょっと! どうしてこうなるの‼」
ステラが困惑して叫んだ。
しかし、両者は止まらない。
獣人はリーベスに肉薄すると、力任せに拳を振るった。
「……!」
「なに……⁉」
拳の速度、角度、力、すべてを完全に把握。
それによって、頸をわずかに後ろへ斃すだけで躱して見せた。
「次はこっちだな……⁉」
「……っ⁉」
クロスカウンターを下頤に決める。
人間種ならば、脳震盪でしばらく動けないでいる威力だ。
倒れ込むどころか、踏ん張ってみせた。
「てめえ……!」
「頑丈だな!」
「ちょっとやめなよ! なんでこんなコト!」
ステラの制止言葉をあえて無視する。
この決闘を他の将兵も注視している。此処で存在感を示す! これによってステラの立場を保全する! 少なくとも、末端の将兵の心をつかみ、交渉権を握る!
「取る気で行くぞ?」
「好きにするといい、俺の方が強い……!」
「はっ‼」
楽しそうに笑みを作る獅子顔の男。
彼は拳を放った。
同じ轍を踏むつもりか……?
「食らえ!」
「……っ」
右ストレートを眼前で止め、左にスワイプ。
目元を隠される。
がら空きの胴に、左拳を放った。
「……‼」
――決まった。
そう確信した獣人の男は、瞬目の後――味気ない天井を仰いでいた。
「何が……?」
仰向けに転がり、立ち上がる事も出来ず茫然としている。
周囲もどよめいた。
一歩も動かずレオ大尉を倒した!
剣すら抜かずに!
強すぎる!
是が南部の英雄か‼
「……」
節々にこだまする完成を、苦そうな面持ちで受けるリーベスを、レオは怪訝そうに見ていた。
「何をした……?」
「……」
彼はレオに手を差し伸べて、立ち上がらせる。
「オレは死角を作って、確実に決めるように組み立てた。なのに俺は無様に転げている、何をしたんだ?」
「なんてことは無い。踏み込んだ右足に重心が乗った瞬間、俺はお前の右足を痛烈に蹴った。起こったことはこれだけだ」
「……、オレの動きを完全に見切っていたと?」
「有り体に言えばそうだ」
「くく、はっはっはっはっは――‼」
急に笑い出したレオに周囲が困惑する。
レオは感無量とばかりに手を差し出した。
「レオニダス大尉だ。よろしく頼む」
「さっきも名乗ったが、リーベス少佐だ」
固く握手される。
「なんで、分かり合ってるの?」
「仲良くなった! すごー!」
「すごい」
当惑するステラと良く分かっていない二人。
「先の無礼は詫びよう。そちらの子女も訳ありなのだろう?」
先刻の印象とは異なり、彼は極めて慇懃に礼をした。
「ここは〝トゥーゲント・ヘルト〟強者を尊ぶ地獄の都だ――てめえらをオレが代表して歓迎しよう」
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