第16話『モンスター』
「……南部防衛のために徴兵」
リーベスに届けられた勅令を読みながら、リーベスは沈痛な面持ちで呟いた。
「場所は、中央区の飛空場……」
リーベスは歯を嚙み締めた。
軍人たるもの粛々とこの命令を遂行するのみだ。
……。
「くそ……」
頭では理解できるのに……、心は悲鳴を上げる。
愚かしい。
軍人だろう⁉ お前は軍人の筈だ! この国に身命を捧げた筈だ! 何を今更迷う! 小娘三名を死地に追いやるだけのコト! 容易いだろう⁉
「……」
思い悩んでいると、後頭部をはたかれた。
「何を……」
振り返ると、ルーエがいた。
「顔コワイよ? 子供たちが怖がってる」
「……」
ルーエは何度も彼女らを送り出している。
当然納得なんてしてないだろうが、心の備えが違うのだろう。
「……そういう仕事だってことは分かってたでしょ?」
「わかってる」
「だったら、割り切りなさい」
「……」
「まだ現状を変えられる程のものを私たちは知らない」
簡単に言っているわけでないコトは知っている。彼女とて忸怩たる想いなのは承知している。
「それでも納得できないのなら、貴方もともに言って護ればいい!」
「……!」
その言葉は正しく光明だった。
リーベスは迷うことなく、立ち上がり走り去った。
「まったくもう。知らない間に凄く変わって……私だけじゃない」
感慨深く呟いた。
誰にも心を開いていなかったのに、フレデリカと出会い、失い――また新たな出会いを経て彼はまた変わって行く――。
自分だけが時の牢獄に囚われている様だ。
過ぎ去る背中を眺めて、ルーエは少しほろ苦い気持ちになった。
「ねーねー、中央区ってどんなとこ?」
まだ声変わりもしていない幼い声で、ネネがリーベスに訊いてくる。
「そうだな、国の中枢にして未来其のものかな」
「……?」
「中央区は技術の専横と遮断を行って、各区のバランスをとっている。詰まる所、他の区にとっては完全に未来の風景だ」
関所を通る為に、勅令を見せる。
すると担当官は敬礼をしてすんなり通してくれた。
「結構簡単に通してくれるんですね、もっと時間が掛かると思ってました」
青い髪の少女――クーフェが不思議そうに尋ねる。
「それだけ緊急性が高いんだろう。普段ならここまでの強権は無いよ」
クーフェの頭を撫でながら思案する。
〝妖精兵器〟が投入される程の事態――それが南部で起きている。
推測はいくつかできる。
一つは〈
【
〈モンスター〉慣れしている南部の兵もこれが起これば一たまりもない。
「もしくは【竜種】か?」
「【竜種】……?」
ネネが訊いてくる。
「【竜種】は〈モンスター〉の中でも高い知性と、飛行能力がある〈モンスター〉だよ。とにかく強いの」
ステラがざっくりと答える。
「何でも昔は、竜は神の使いだってことで、人間から信奉されてたらしいぞ?」
「そうなんだ」
「……しんぽう?」
「大切にされるってことだよ」
言葉の意味がわからなかったネネに、ステラが嚙み砕いて伝える。
「まあ実際に竜が齎す恩恵は甚だ大きい。神と崇められてもおかしくはないな」
竜は破壊の象徴であり、また恵の象徴でもある。
竜はその雄々しい翼で自由に空を舞い、その猛々しい
それだけならば、ただの災害なのだが――竜が訪れる土地からは高濃度の魔力結晶……即ち〝魔天石〟がとれるのだ。
〝魔天石〟については割愛するが、これの存在が国家の形を変えたとだけ記述する。
「或いは――新種の〈モンスター〉がでたか?」
「情報が伝達されてないのは可笑しいよね?」
「……ああ、向こうのミスであってほしいよ」
もし仮に……これが向こうのミスではなく、何らかの不測の事態の結果だとしたら――。
「杞の国の人になりそうだ……」
「きのくに、ですか?」
クーフェが訊いてきた。
「何でも昔、杞の国の人間が空を眺めて、その空が落ちてきたらどうしようか本気で怯えたらしい」
「心配性の人なんですね……」
「全くだな」
そう言いながら、リーベスは〝嫌な予感〟を拭えないでいる。
ただの所感だ。
だが――違和感もぬぐえない。
何か作為的なモノを感じるのだ。
中央区の飛空場への道のりは何もなかったので割愛する。
リーベス達は現在飛空艇の甲板にて、空から地上の景色を見ている。
ネネやクーフェは自身の羽で飛んでいないのが不思議なのか、かなり興奮している。
「どうして車で行かないの?」
ステラがクーフェやネネを見守りながら、リーベスに尋ねた。
「南部は初めてか?」
「うん」
フェスト軍国の南部はその領土のほとんどを砂漠に覆われている。
活用できる土地が少ない。
「でも、それぐらいだったら陸路でも行けるよね?」
「丁度いい、下見てな。理由が分かる」
言われて手すりにつかまり、眼下の茫漠な砂丘を眺めた。
「これがどうしたの?」
「まあ、見てろ」
言われてじっくりと見てみた。
すると異変が起きる。
砂が突然噴き上がり、飛空艇にぶつかる。
ネネとクーフェ、ステラが砂に驚き悲鳴を上げていた。
「なになに、なんなの⁉」
「あれが南部名物〝砂鯨〟だ」
「すなクジラ?」
砂の噴射が終わりもう一度下を見てみると、数匹の流線的なフォルムの生物が砂の中を優雅に
「砂鯨は南部全域に広く分布している。あいつらは個々の群れを持つが、さっきみたいな砂の噴射で他の群れと連絡を取る。南部全域があいつらのコミュニティなんだ」
南部を開発しようにも砂鯨にぶつかる。彼らは凡そ温和だが、コミュニティへの危害を良しとせず、その場合は〈モンスター〉よりも苛烈だ。
「結果として、南部は未だ手付かずなんだよ」
「でもこの先に基地があるんだよね?」
「ああ」
南部の最前線基地――『トゥーゲント・ヘルト』。
彼の難攻不落の基地が築かれたのは当然やむにやまれぬ理由がある。
「〈
「え……?」
「当然〈モンスター〉は南部以外にも生息しているわけだが……、他の〈モンスター〉は国を覆う結界を忌避して近づいて来ない。だがここの〈モンスター〉は違う」
「どうして南部の〈モンスター〉だけは結界を嫌わないの?」
「恐らくだが【災害級】の〈モンスター〉がいるんだろう。結界よりも彼らからしたら【災害級】の方がよほど恐ろしいだろうからな」
是はリーベスの推測になるが、さりとてそれ以外の推測も成り立たない。
「現在確認されている【災害級】は十二体。その内一体は十年前に討伐されている」
分かりやすくリーベスが紙に書く。
【
【
【
【
【
【
【
【
【
【
【
【
「このうち討伐されたのは【獄炎の獣】だ」
十年前西部襲った『怪獣協奏曲』の最後尾にいたこの獣は、数多の命を奪い今なお西部の土地を炎で包んでいる。
リーベスの父が討伐しなければ、イマ、フェスト軍国は存在しえないだろう。
「一体で国を滅ぼせる存在だ。もしもこいつらが一体でも国に牙を向けたならば、滅ぶだろう」
「そんな……」
「滅ぶ迄は行かなくとも、また土地の大多数を失う。そうなればもうこの国は国民を支える事が出来ない。怪物を前に、人間同士が殺し合う破目になるだろうよ」
皮肉なことに、眼前の怪物よりも明日の飯の方が人間は大事なのだ。
戦わない人間にとっては結局は対岸の火事でしかない。
「実際は自分のケツに火が付てるんだがな」
「……」
ステラが咎めるような瞳を向けてきた。
リーベスは肩をすくめて苦笑い。
「まあ、幸運なことに、奴らは自由気ままだ。十年経つ今でも消息を掴めないでいる」
「そもそもどうして〈モンスター〉は人を襲うの?」
ネネが訪ねてくる。
「――さて。存外陳腐な理由なのかもな」
〈モンスター〉の研究はあまり進んでいない。
彼らの定義すら曖昧だ。
彼らを〈モンスター〉たらしめている要素……一つは人を襲うコト。だが是はただの野生生物でも起こりえる。しかし、野生生物と違う所は〈モンスター〉は人しか襲わない。さらに細かく言うと〈
野生生物のような捕食のための殺傷ではない。明らかな悪意と憎悪をもって行われた行動だ。
さらにもう一つの要素は〈モンスター〉は食事をしない。
これは捕らえた〈モンスター〉を調べるうちにわかったことで、統計的にも〈モンスター〉は食事をしないコトが判っている。
そして三つ目。
これが一番〈モンスター〉を〈モンスター〉たらしめている。
魔石の有無だ。
〈モンスター〉は例外なく体内に魔石を宿している。
是が彼らの急所であり、『
「わかっているコトなんて、これくらいだ」
だから彼らの思惟なんて分からない。
理由なんてないかもしれないし、あっても大したものではないかも。
気持ち悪いだとか、ムカつくだとか、そんな陳腐な理由かもしれない。
何せ、人間の中にだって無作為に人を傷つけるモノだっているのだから……。
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