第15話『動き出す』
「君はっ! 本っ当に! 何を考えているの⁉」
正しく怒髪衝天。
今の彼女に逆らえば、死屍累々の血河が生まれる事だろう。
怒れる少女の鬼気を間近で感じて、リーベスは確信するのであった。
「フロイを! こんなに小さい女の子を裸にして! 自分で着せ替えるなんて! 変態‼」
「私はお姉さんだよ……?」
「フロイは黙ってて!」
「……」
フロイはステラに一蹴されて撃沈した。
事の発端である少女は役に立たないらしい。
「ま、待ってくれ。今回のコトで、俺が自分の意志でしたことは一つも無いんだ!」
「見苦しい言い訳しないで!」
ぴしゃりと一蹴される。
ステラの怒りは収まらない。
黒猫が我関せずとすたすた去っていく。
「どーしたっス?」
「ミュー、リーベスがフロイを脱がして、着せ替えてたの!」
「なんか、似たようなことこの前なかったスか?」
飽きれて半眼を作る。
「うーん……本当にリーベスが脱がしたっスか?」
「私がこの目で見たよ」
「でも最初から最後まで見たわけじゃないっスよね? だったらまだ精査の余地張るんじゃないっスか?」
「それは――」
意外にもミューは冷静に諭す。
「で実際どうなんスか?」
「……? 私が脱いで、潜り込んだよ?」
「え?」
「はい?」
フロイから出た言葉が信じられず、固まる二人。
「どうして?」
「……裸じゃないと眠れない」
「どうして、リーベスのベッドに潜り込んだの?」
「……安心するから」
無表情でとんでも発現するフロイに愕然とする。
リーベスもまた額を押さえている。
「知らなかったっス。こんなにフロイがハッチャけた性格だったとは……」
フロイが個人に執心する姿は、これまで見た事が無かった。
それ故に彼女が他人と接する姿を二人は見た事が無かったのだ。
「フロイ……、男の人の部屋に裸で入ったらダメなんだよ?」
「どうして?」
「どうしてもだよ!」
良く分かっていなのか、彼女は首を傾げている。
赤い瞳がステラを見つめていた。
「向こうは結構難航しそうっスね」
「ああ……」
ミューが胸を撫で下ろしているリーベスに話しかける。
「災難っスね。真坂フロイがあんな子だったとは、夢にも思ってなかったっス」
「お前らは意外と知らないんだな、お互いのコトを」
リーベスの率直な意見に、彼女は苦笑していた。
「そりゃあ、誰しも触れてほしくない場所はあるし、触れてほしくない期間があるっスよ。ルーエが来るまでは兎に角荒れてたんっスよ皆」
「そうなのか?」
「もう大荒れっスね。だからチビ共はともかく、私ら年長者組は案外知らないんっスよ――特に
目を眇めて、過去を懐かしむ。
仮にあの時何かの狂いがあったなら――彼女はまだ、彼女の姉と共に生きていただろう。
「しかし真坂ミューが助け舟を出してくれるとは思わなかったよ」
「
「いや、俺のことを嫌ってるものだと思っていた」
「そりゃあまだ警戒してますけどね」
メイド服に包まれた自分の身体を抱きしめる。
ジト目を送る。
「――昔から噓のニオイが分かるんっスよ」
「噓のニオイ?」
「感覚の話っス。だから実際にニオウワケじゃないんっスけど……まあなんとなくわかる」
「それで俺がしていないコトが判ったと」
「そうっスね」
素晴らしい技能である。
しかし……、その技能を説明する彼女はどうにも寂しそうだった。
「有難うミュー。お前に助けられた」
「……」
清涼感のある微笑みであった。
こういう顔もするのだとミューは想った。
これが冤罪(性犯罪)の助け舟でなければ、もう少し格好がついたのだろうが……。
「もう少し脇をしめる事っス! 次は知らないっスよ!」
そうぴしゃりと言い放つのだった。
ミューとリーベスが語っている間、ステラは何度言っても聞かないフロイに悪戦苦闘しているのだった。
「ねぇリーベス!」
「如何したネネ?」
リーベスが大樹の根本で読書していると、橙色の少女――ネネが元気よく話し掛けてきた。
「んっとね! リーベスは恋人いるの?」
「いや、いないぞ」
また変わった質問だ。五、六歳の少女が色恋沙汰に興味があるとも思えんが。
「そうなんだ!」
「どうして気になるんだ?」
「なんとなく?」
どうやら聞いた本人も良く分かっていないらしい。
子供なんてそんなものか。
「わ……!」
リーベスは知らず笑みを作り、ネネの頭を撫でていた。
ネネはくすぐったそうに目を細めると、破顔した。
「リーベスはお父さんみたい!」
「そうか……」
苦笑する。こんな下衆が父親のように見えるとは、少し彼女将来が心配だ。
「リーベスのお父さんはどんな人だった?」
「俺の父か……」
十年前の〈モンスター〉の大進行を止めるために、己が命を賭して〈モンスター〉を殲滅した尊敬すべき父。
しかし、どんな人かと聞かれると難しかった。
――父との記憶はほとんどない。
「そうだな、その武は雄大豪壮で、誇り高く。また優しい人だった
「良くは知らないの?」
「知らないな」
「じゃあ私と一緒! 私もお父さん知らない!」
「……」
当然だろう。彼女たちに両親はいない。そういう風に
「でもね、お母さんは知ってるの!」
「……?」
そんなはずはない。少女らに母親となる者はいない筈だ。
「ルーエみたいな人をお母さんって言うんでしょ⁉」
「……そうだな」
これまでの少女らの言葉でルーエがどれ程彼女らに献身してきたか分かる。
ルーエは既に彼女らにとってかけがえのない存在となっている。
そう――母と慕われるほど。
「だからね! リーベスがお父さん!」
「……? どういうことだ」
「リーベスがお父さんがいい!」
「まてまて。俺はここに来てまだ数日だぞ?」
「でも優しいよ?」
どうして日数なぞいってくるのか分からないと、少女の瞳は言っていた。
「いや……だがな」
「私達のお父さんは嫌……?」
「……っ⁉」
少女の大きな瞳に涙が溜まっていく。
リーベスは如何すればいいか分からず、叫んでいた。
「わ、わかった! なるよ! お前らの親になる!」
「ほんと?」
「本当だ!」
「やったー!」
彼女はその場で飛び跳ねる。
感情表現なのだろう。
苦笑する。
「クーちゃんにも言ってくるね!」
「ああ……」
羽を生やして飛び去っていくネネ。
『アハハハハ――っ!』
「笑うなよ……」
堪え切れず、剣――ミーチェが噴出した。
『あなたがお父さん。うん、いいと思うわ! すっごく似合ってる!』
「随分痛烈な皮肉だな……。わかってるよ、似合ってないだろ?」
『あら、そんなこと無いわよ? アナタ面倒見いいもの』
「さいですか」
そう言ってリーベスは笑った。
悪い気はしていないのだろう。
『気づいてる? あなたこの数日でだいぶ変わってきてるわよ?』
「そうかもな」
そう彼は、加速度的に変わって行っている。
彼はよく笑うようになった。
誰かのコトを思うようになった。
変わり行く自分に想いを馳せるようになった。
『今のあなた、とても素敵よ』
「剣に言われてもな……」
『あら、私じゃご不満かしら?
「そんなことは無いさ、
そう、ミーチェに言われたいまの自分を、誰よりもリーベスが大切にしたいと思っている。
だからこの言葉は――偽りではない。
「……」
木の葉を運ぶ、風が吹いた。
まるで運命に手繰られたようだった。
――その日の夜。
武器庫管理人に軍上層部から勅令が届いた。
要約すると内容は以下の通り。
『――リーベス少佐に命じる。〝妖精兵器〟三名を所定の場所へ連れてこい。三名はステラ、クーフェ、ネネ』
南部戦線に向かわせるための徴兵であった。
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