第14話『朝からドタバタ』

「……結局、生き残ったのは貴方と私だけ?」

「みたいだな。隊を分けたのが災いした。ルーエが居たらここまでの被害は出なかった」

「……ボヤいても仕方ないわ」

 酷い砂嵐の中、砂の中に堀を作ってその中で砂嵐をやり過ごそうとするフレデリカとリーベス。

 二人の隊はした。

 哨戒任務中に未確認の〈モンスター〉を観測。その〈モンスター〉の確認のために部隊を分けたのだ。リーベスたちの隊は壊滅したが、向こうの隊は恐らく無事だろう。ルーエがいるし、何よりも――。

「何が正体不明の〈モンスター〉だ、司令部めふざけた仕事しやがって」

「……そうね」

 何時も無表情なフレデリカも、今回のリーベスのボヤキには同意する。

 正体不明〈モンスター〉だと思われたものはただの〝砂鯨〟だったのだ。それだけならば、笑い話で済んだのだが、観測を完了し司令部へ報告を済ませて、いざ帰ろうとした瞬間〈モンスター〉に襲われた。

「クソったれ! 砂嵐を起こす〈モンスター〉だと⁉ 聞いた事も無いぞ!」

「大きな声を出さない、気取られる」

「ち……っ」

 司令部の勘違いで哨戒に出て、その結果正体不明の〈モンスター〉に襲われた。

 冗談でも笑えない。

「明らかに、あの〈モンスター〉は純種だった……あれを放置はできない」

「当然だろ? 殺してやるよ」

「それはどっちを? 貴方……? それとも――」

 〈モンスター〉?

 彼女の瞳が射貫く。

 彼は押し黙った。

「貴方の気持ちは少しわかる。皆を殺されて、このままじゃ納得いかないのは私も同じ。でも――貴方のそれは、英雄願望による自殺行為にしか見えない。貴方の身勝手な想いはいらないよ?」

「……」

 リーベスの胸の奥に燻ぶる、その暗い感情を見抜いて少女は釘をさす。

「〈モンスターあれ〉と戦うのは生きる為。約束してリーベス――」

 ――生きるために戦うと。



 雄鶏が啼くころ、リーベスは目を覚ました。

 あまりに懐かしい夢を見て、リーベスの瞳には涙が溜まっていた。

 彼は無造作に涙を拭う。

「もう、五年になるのか……」

 フランやルーエに触発されたのか、脳が見せる懐かしい夢に感慨深く呟いた。

「ん……ぁ」

 ゴソゴソ。

「……ん?」

 布団の中からうめき声が聞こえた。

 よく見ると、明らかにもう一人眠っている。

 布団を頭からかぶっているため何者かは分からないが、リーベスには察しが付いた。

 こういう猥らな行いをするのはルーエの仕業だと相場が決まっているのだ。

「ルーエお前、俺の布団に潜り込むなと散々言ったろ!」

 真坂の前科アリである。

「ふん……!」

 勢いよく布団を取り上げると、そこには全裸の銀髪の少女――フロイが眠っていた。

「なんでやねん――――――ッッ!」

 リーベスの絶叫が響き渡る。

「……ん」

 リーベスの声で目を覚ましたフロイ。

 未だ眠気眼を擦っている。

 半覚醒といった状態だ。

「お前取り敢えず隠せ!」

「……?」

 半覚醒の少女は、自身の裸体を隠そうとしない。

 その慎ましやかな二つの双丘も幼いながらに僅かな色を覗かせる大腿部――。

「いかん! 何を見ているんだ俺は――⁉」

「……」

 ぼんやりとしている少女を前に、リーベスはどうすればいいか固まってしまう。

 それがまずかった。

「どうしたの? 凄い声が聞こえたけど」

 先刻のリーベスの声を聞きつけて、ステラが来たようだった。

 扉の前から訪ねてくる。

「いや! 何でもない!」

 まずい、今入ってこられたら、完全に性犯罪者になってしまう。

 折角彼女たちの信頼を得たというのに、これでは水の泡だ。

「そう……?」

「そうだとも!」

「でもなんか、凄い焦ってない?」

「焦ってないよ⁉」

 言動迄可笑しくなるリーベスを益々怪訝に思い、遂にドアノブに手をかける。

 緩慢に回されるドアノブ。

 リーベスは焦って、フロイを抱えてクローゼットの中に押し込む。

 ――と同時にステラが入り込んできた。

「ど、どうした?」

「……あれ? おかしいな、何ともない?」

 クローゼットを背に隠し、冷や汗をかく。

 ステラはそのままベッドに腰かけた。

「さっきまで寝てたの?」

「ま、まだ早い時間だからな」

 ――なにか。

 何か怪しい。

 リーベスが何かを隠しているのは間違いなかった。

「さっき叫んでたよね? どうしたの?」

「あ、ああ。ちょっと悪い夢を見てな……」

「ふーん」

 そう言うこともあるか。

 クーフェも偶に似たようなことするし……。

 がたん!

「……?」

「……⁉」

 クローゼットから物音がした!

 リーベスは上げそうになる悲鳴を呑んだ。

「何かいるの?」

「な、なんでもないぞ!」

 もはやリーベスは涙目であった。

 このままだと社会的に抹殺される!

「でも、さっきそこから音がしたよね……?」

「さ、さあ? 気のせいじゃないか?」

「うそよ。私聞こえたもの。君が聞こえない筈が無いわ」

 近づいてくるステラ。

 クローゼットを身体で必死になって隠す。

「ねぇ何を隠してるの? 怒らないから、出してみて?」

 うそだ! 怒るとかいう次元なワケが無い! 殺される! 色んな意味で!

 無論リーベスはフロイに対して疚しいことは何もしていない、していないが……フロイは全裸である! 全裸の少女と同衾していた、これはもう駄目である。

 それどころか、今はクローゼットの中にいる。

 クローゼットの中に全裸の少女! 終わりであった。

「そこ退いて」

「いや」

「やっぱり何か隠してるのね!」

 好奇心に駆られたステラがクローゼットに手を掛けた。

 リーベスは目を閉じた。

 嗚呼――。

 南無三。

「……っ」

 クローゼットの扉が僅かに開き、その隙間から黒い毛玉が飛び出す。

「にゃあ」

 黒猫だった。

 黒猫に驚いて、ステラは扉から手を放す。

 ぱたりと扉が閉まった。

「ふう……」

 扉が閉まったことによって、安堵の息を吐いた。

「何かを隠してると思ってたけど、猫を隠してたんだ……」

 うりゃ、うりゃと猫を撫でる。

「別に猫ぐらい隠さなくても怒らないよ?」

「あ、ああ。すまん……」

 猫を抱き上げる。なかなかいい毛並みだ。誰かに世話されてたのか?

「この名前はなんていうの?」

「さあ?」

「君が飼ってるわけじゃないんだ」

「ああ、何時の間にか入り込んでた」

 というか、この猫が部屋の中にいることを知ったのはステラと同時なのだが……。

「じゃあ、名前考えないとね」

「そうだな」

 猫も撫でられ慣れているのか、嫌がる様子を見せなかった。

「名前ねぇ……」

 艶のある黒毛。

 鋭い瞳。

 何処か理知的な顔付き。

「お前は何がいい?」

 猫の喉元撫でる。

 グルルルル。

 気持ちよさそうに鳴く。

「にゃあ!」

「鈴の音みたいな鳴き声だな」

「うーん、鈴、スズ……リンとか?」

「いいんじゃないか?」

「にゃあ!」

 気にいった様子で、鳴く黒猫――リン。

 黒猫を抱き上げるステラ。

「私このを飼っていいかルーエに訊いてくる」

「おう任せた!」

 スタスタとステラが去っていく。

 何と言うことか! あの黒猫は幸運をもたらす黒猫だったか!

 この幸運に胸を打たれていると、クローゼットの中に居たフロイが出てくる。

「……ん」

「お前は! 早く服を着ろ!」

 フロイはもちろん全裸だった。

 フロイは全裸のまま、ベッドの下をまさぐると衣服が出てくる。

「何時こんなの仕込んだんだよ……」

「……昨日?」

「と言うか、なんで俺の部屋に居たんだ?」

 目を逸らしながら、聞く。

 フロイは首を傾げた。

「……一緒に寝たかったから?」

「なんでやねん……」

 フロイの言っていることが理解できなくて、そういうのが限界だった。

「……は⁉」

 フロイは何故かニーソックスから穿いてく。

「なんでそれからなんだ⁉」

「……順番があるの?」

「あるだろ⁉」

「……何から身に付けたらいい? 教えて」

「はあ⁉」

 フロイはそのまま手を広げた。

 着させろと言うのか⁉

「……マジで?」

「……?」

 リーベスは覚悟を決めた。

 このまま全裸の少女――ニーソックス装備済み――を放置するのは危険だ。

 いつチビ共が来るかもわからない。

「……っ」

「……ん」

 パンツを手に取ると、穿かせる。

 上着をとって袖を通させる。

「……」

 色んな意味で背徳的すぎる。

 やばい。

 不味い。

 語彙力死滅しそうだ。

「リーベス、フロイ来てな――」

「はあ――ッッ⁉」

 その時ステラが目にしたのは、全裸に近い少女を着付けしている男の姿だった。

「――――――ッッ」

 その瞬間、ステラの絶叫が響き渡った。

 リーベスはこの世の終わりを実感し、フロイはきょとんと首を傾げる。

 混沌だった。

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