第13話『昼下がりの中庭で』

「少し長居し過ぎたね、ボクはここいらでお暇させてもらうよ」

「ああ」

「お疲れ様です」

「また来てくれよ!」

 一足先に、退出するフラン。

 フランが退出した後に、ステラが訊いてくる。

「送らなくて良かったの?」

「出て行ってから言っても仕方ないだろ」

「そうだけど、フランさん目が見えないんでしょ?」

「みたいだな」

「みたいだなって……」

 ステラの瞳には咎めるような思惟が見えた。

 不満を口にしないのは、本人が求めなかったことと、二人の関係性は余人である自分が深入りして良いものではないと思ったからだ。

「あいつは目が見えないくらいで後れを取るほど、惰弱じゃないよ。普通に帰宅するだろう」

「そうなんだ」

「仮にも南部戦線の生き残りだ。南部戦線あそこを生き延びた奴が容易くやられるなんてありえない」

「そんなに酷かったの?」

 彼女の問いに、リーベスは片目をつぶった。

 嘗ての戦場を回想する。

「余りに酷い戦場だったよ。沢山死んだ。生き残った奴なんてホントに僅かだ」

「……」

 リーベスの声音は愁いを帯びていた。

「俺の居た隊で生き残ったのは、俺と、フランと、ルーエ。あとは皆死んだよ」

「そんな……」

 何時も微笑んでいるルーエからは、そんな話聞いた事も無かった。

「滔々と語れる事でも、陶酔して語れるものでもないからな。胸に秘められるのなら、それにこしたコトは無いだろうよ」

 誰にでも、隠しておきたい秘密はある。

 現に、ステラは現状を知られたくない。

 ――為らばなぜ、君は私に語ってくれたの?

「……」

 その疑問が喉元を通らなかったのは、きっと彼女の自制心が勝ったからだ。

 それを聞いてはいけない気がしたのだ。

「なんで……、こんな事をお前に語ってんだろうな……」

 余りに、過去を語るリーベスは脆く見えたから。

 想いそれを聞いたら、彼が砕け散ってしまいそうだったから……。

「どうして俺は……こんなに……」

 ……弱いんだろう。

 その言葉が内奥に響く。

 ルーエに会って、フランに会って、過去の自分との差異が浮き彫りになっていた。

 皆少しづつ変わって行っているのに、自分だけが取り残されている。

 遠ざかっていく世界に、取り残されている。

「……」

 彼の本音の一端聞いたゴブリルとステラはもう――一言も発せなくなっていた。


 ――翌日、買い出しに行ったはずの二人が朝帰りしたことによる騒動があった。

「朝まで何してたっスか⁉ つーかステラに何したっス‼」とミュー。

「そうよ! 子供に手を出すなんて呆れたわ!」とルーエ。

「ごめんなさい……その、色々あって……」

「「色々……⁉」」

 面倒な誤解が連鎖しそうだったので、リーベスはミーチェに頼み証言をしてもらった。

『別には無かったわ……、旧友とあってすこし長話をしただけよ』

「旧友? 誰のコト……?」

『フランよ』

「フラン⁉ ……そうあの子元気なのね」

 ルーエは驚愕後……安堵して微笑んだ。

 嘗ての戦友が、南部戦線を離れた直後にをして負傷兵に為ったと聞いた時は、天地が翻った心地だったが、そうか……無事なのか。

「フランって誰っス?」

「私達の戦友よ」

「結構出世してるみたいだったぞ? お前は知ってたか?」

「そうなの? 私も武器庫ここに引きこもって長いから、知らなかった」

 如何やら、其処ら辺の報告を怠っていたらしい。

 何せ部署からして違う。連絡を怠れば、誰がどうなっているかは分からない。

「色々変わって行くのね……」

「……」

 南部戦線の三莫迦と言われたフランとリーベス――そしてフレデリカ。

 三人のバカ騒ぎを止めるのがルーエの仕事だった。

 辛く厳しい戦いだったけど、悲しいことばかりじゃなかった。

 確かに愉しかったのだ。

「辛気臭為っちゃったわね」

「そうだな、朝っぱらから嫌な気分だ」

「ご飯にしましょう、もしかしてもう食べてる?」

「うんうん。ゴブリルさんが御馳走してくれるって言ってくれたんだけど、流石にそこまでお世話にはなれなくて」

 宿を貸してくれただけでも十分以上にお世話になっているのだから、これ以上お世話になるワケにはいかなかった。

「じゃあ、朝ごはんにしましょう」

 因みに……この時の宿代が法外な額でリーベスに請求されたのはまた別の話。


 朝食を終えると、リーベスは子供たちに誘われて、広場に出ていた。

 子供たちは思い思いに羽を広げて遊んでいる。

 飛び回る彼女たちを見て、リーベスは素直に絵物語に出る妖精を想起した。

「リーベスも飛ぼう!」

「悪いが、俺は飛べない。お前らみたいな羽は無いんだよ」

「……? そうなの?」

 ネネが不思議そうに訊いてくる。

「ああ、ルーエにも無いだろう?」

「確かに!」

 変だねー、どうしてだろう? とにこやかに言ってくる、

「どうしてだろうな……」

 ネネの頭を撫でる。

 彼女はこそばゆいようで、身をくねらしている。

「うーんじゃあ、ボール遊びしよう!」

「ボール遊び?」

「うん、なんだっけ……? さっかー? て言うのをやろう!」

 サッカー、十一人対十一人で決められたゴールにボールを入れて点数を競う球技だったか。

 子供たちの数を考えれば人数は十分だった。

 この広場ならば、広さも充分だろう。

「いいがゴールは如何する?」

「みんなにやってもらう!」

「みんな?」

 ネネは機械人形たちに指示を出すと中型の機械人形が何とか重なって、ゴールを形作った。

「結構ぽいな」

 無骨だが様になったゴールだった。

「さっかーやろう!」

「まあいいか」

 ネネの声に他の子どもたちも集まって、サッカーが始まった。

 そう――地獄のサッカーが。


 リーベスの前にボールを持った少女がドリブルしてくる。

 直ぐに進行方向をブロック。

「悪く思うなよ、大人は何時だって真剣なんだ……!」

 大人気なかった。

「大丈夫だよ!」

 緑髪の少女――デネブが笑った。

「――は?」

 デネブは魔力の羽を生やすとボールを保持したまま飛翔。

 リーベスを抜き去る。

「うっそだろ⁉ アリかよ其れ⁉」

「駄目なんてルールありまっせん!」

「このクソガキ……!」

 青筋を立てるリーベス。

「のろまのリーベスはそこで寝てたら!」

 そのままゴール付近まで飛ぶ。

 しかし、そこでクーフェとネネがブロック。

「行かせないよ……!」

「リーベス遅い!」

 必死に走るリーベスだが、兎に角機動力が違い過ぎる。

 縦横無尽に空を飛び、あまりに戦況が変わるのが速すぎる。

 ついて行けずにあたふたする。

「遅いよリーベス!」

「のろまだ!」

「このクソガキども! 大人の怖さを教えてやる!」

 

 少女たちに翻弄されるリーベスをステラとミューが眺めていた。

「結構早くなじんだっスね……」

「うん、皆あんなに懐いてる」

 はじめて彼が運び込まれた時と比べると雲泥の差だ。

 警戒して近づかなかったのに、今では家族のように接している。

「実際、父親代わりなのかもしないっスね」

「そうかも」

 〝妖精兵器〟に両親はいない。

 そのは秘匿されているが、彼女たちを育てるのは赤の他人なのだ。

うちらには親が居ないっスからね、皆物珍しいんでしょ」

「私たちに優しくしてくれる大人って、ルーエが来るまでいなかったもんね」

「そうっスね」

 ミュー猫のような瞳を眇めた。

 彼のコトはまだ気に食わないが、彼が子供たちに与える影響はきっと悪い方向ではない筈だ。

 其れだけは認めてやってもいい。

「誰かに優しくしてもらうだけで、私たちはこんなに変われた……あの子たちはきっともっと変わる。もずっと変わって行くんだと思う」

「そうっスね……」

 簡潔に述べよう。

 〝妖精兵器〟は短命だ。

 それは彼女たちの保有する魔法のせいなのだ。

 彼女らはその魔法を使うと死が近づく。

 故に強力な力を発揮できる。

 命を大火にくべて、力を借りる。

「もしも、私達が死んだ後の世界で、あの子たちが笑えるくらい幸せになっていたら、そう感じられるなら……」

「それ以上に素敵なことは無いっスね」

 二人はそう言って笑い合った。

「あ、リーベスがボール捕った」

 眼下でリーベスがデネブからボールを奪っていた。

 さっきの意趣返しだろう。

 「ぬわっはっは! 大人を舐める身からだこのクソガキがぁ!」と喚いていた。

 大人気なかった。

 二人はジト目をおくっていた。

「うわ」

「流石にひどいっス」

 あまりの醜態に、二人はちゃんと引いていた。

 不快に思ったのは子供たちもどうようで、デネブ率いる赤チームが一斉にリーベスに襲い掛かった。

 「おいやめろお前それは狡いだろ⁉」喚くリーベスを他所にミューは「いいぞやれ――!」と声援を送っていた。

 アリのように群がってきて、果ては何故かリーベスが属する青チームまでもがかれに襲い掛かった。

 如何やら遊びが変わったらしい。


うちらも行くっス」

「そうだね……!」

 そう言って、リーベスの下へ向かうのだった。

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