第12話『遠くない未来』

リーベスの案内で何でも屋『何でもござれのゴブリン店』に来ていた。

 急な来訪を緑の友人は快く迎えてくれた。

「おう! リーベス! よく顔出したな! もう会えないと思ってたぞ⁉」

「勝手に殺すな莫迦」

「死にそうな顔してたくせに、よく言うぜ!」

 二人は何時もの皮肉を言いあいながら笑った。

「ふむ、彼をボクにも紹介してくれないかな?」

「ああそうだな、此奴はゴブリル。――無茶振りしやがるクソ野郎」

「はは、俺はテメェに出来ねぇことは言ってない筈だが?」

「言ってろ」

 ゴブリルは緑色の手を差し出した。

「ゴブリルだ。よろしくな嬢ちゃん」

「ああ、よろしく頼むよ」

 差し出してきた手を握る。

「そっちの嬢ちゃんもよろしくな」

「うん! ステラだよ」

「ゴブリルだ」

 ステラも同様にする。

「全く隅に置けねぇな! こんな美人さんを二人縺れてきやがって! もっといい店に連れてけよ!」

「ここよりいい店は知っているが、ここよりいい店主は知らないな」

「くう!」

 適当に出された飲み物に口を付けながら、ぞんざいに賞賛の言葉を口にする。

 感激したようにゴブリルは涙を拭いた。

「……まあそんなことは置いておいて、フランお前――なんでこんな所にいるんだ?」

「こんな所って酷ぇなお前……」

 ゴブリルが感動の涙を引っ込める。

 投げかけられたフランは首を傾げる。

「なんでって、君が連れてきたからじゃないか」

「そう言うことを言いたいわけじゃない。分かってて言ってるだろ」

「まあね」

 出された水に口を付ける。

 その様は何やら怪しげであった。

 ステラは顔を赤くして、フランの口唇に舌が這うの見ていた。

「お前わざとやってるだろ?」

「さて何の事やら。指摘してみてよ。何処がどんなふうに艶めかしいのか」

「語るに落ちるとはこのことだな。俺は何も艶めかしいだなんて言ってないぞ」

「あらら」

「お前そうやって煙に巻くつもりだろ」

「でも付き合ってくれるんだね」

「ふん」

 律儀に付き合ってくれるリーベスを微笑ましく思いながら、カウンターを指でなぞる。

 昔からの手癖だ。

「――まあ、端的に言うと【未開拓領域】の資源が亜人区に横流しされてるみたいでね。其れの調査だよ。まったく遠征の調整だけでも、脳みそが沸騰しそうなのに、軍部の人手不足はもう致命的だよ」

 ぼやくフラン。

 だがリーベスはそれどころじゃない。

「軍部に裏切り者が居ると?」

「そうなるね」

「……っ」

 怒りで拳を握った。

 その形相は悪鬼に見えた。

 その鬼気に圧されて、ステラは席を立った。

 初めて見る、リーベスの側面に言葉を失った。

「まあ別に不思議じゃないんだよ。最近の軍部……特に上層部の腐敗は深刻さ。汚職をしてない人物を探す方が難しいときてる」

 皮肉を口にしながら笑みを作る。

「……っ」

 ふざけるな。

 そんなこと許されるか。

 其れでは誉れが死ぬではないか。

 意味が腐食するではないか。

 意義を失うではないか。

 大義が腐り果てるではないか。

「君の怒りは尤もだ。彼らの所業は間違いなく、ボクら士官への裏切りだ」

 でも、とフランはつづけた。

「仕方がない事もある。ボクもそこそこの役職ポストについて、この国の在り方を垣間見た。この世界で、その深奥に触れてでいられるのは、狂人ぐらいなものだよ」

「深奥……?」

「悪いけど、これは秘匿機密に当たるから、ボクの口からは言えないよ?」

「……わかってる」

 何やら意味あり気に言うフランだが、肝心の内容は口にするつもりは無いらしい。

 当然、リーベスも聴く心算は無い。

「……【未開拓領域】で思い出したんだけどよ、近々何かデッケェことがるんだろ?」

 自身の情報網に引っかかった情報モノをゴブリルが口にする。

「よく知っているね」

「こう見えて情報屋もやってるんでね!」

「なかなかどうして優秀らしい」

「御褒めにあずかり恐悦だ」

 迂遠な会話をする二人に怪訝な顔をするステラとリーベス。

「――二人にもすぐ通告が来るだろうから言うけど……近いうちに【未開拓領域】への大遠征がある」

「……‼」

「……っ」

 【未開拓領域】の遠征。

 彼の地へ直接赴き、【未開拓領域】の資源を搾取するのが目的だ。

 【未開拓領域】の資源は現在のフェスト軍国にとって必要不可欠なモノや、研究材料、果ては旧世界の遺物が埋まっている。

 仮に、今あげたモノ中で一つでも規定数以上手に入ったなら、その成果は甚大である。

 具体的に――フェスト軍国は、凡そ十年は安泰なのだ。

「確かに、【未開拓領域】には現在の我が国の問題を、軽々しく蹴っ飛ばす事が出来るであろう資源が多数眠っている。喉から手が出るほど欲しいのは分かるけどさぁ、無理だろうに」

 フランの声音には強い呆れと侮蔑がこめられていた。

「あの魔境を大規模なの群れを警護しながら突破するなんて不可能だ。よしんばうまくいっても、行動範囲を限定される。拠点の維持さえ儘為らない」

「……」

上層部うえは〝妖精兵器〟をあてにしてるみたいだけど、ボクから言わせれば買い被りだ。確かに彼女たちは強い。現人類において無類の強さなのは認めるよ。だけどそれは【生存権内】に置いての事象コトだ。【未開拓領域】では人間種ボクら同様に狩られる側だ」

 フランは既に一度、【未開拓領域】に足を踏み入れている。

 【未開拓領域あそこ】はまるで違った。

 この文明圏セカイとは働いている法則が違う。

 蠢く怪物たちも段違いで、何よりもあそこに生息する〈モンスター〉は総て純種なのだ。

 純種――極めて戦闘力が高く、また特異な生存形態を有する〈モンスター〉の総称。

 【生存権内】に跋扈する〈モンスター〉は総て亜種なのだ。

 【竜種】も含めて。

「それに――〝妖精兵器彼女たち〟は継戦能力に乏しい。拠点を維持しながらの継戦、および採掘には不向きだ……間違いなく今回の遠征は失敗に終わる」

「……」

 フランは呆れながら溜息を吐いた。

「ボクは反対だよ」

「同意だ」

「……」

 ステラは確信した。

 その時こそ――この命を燃やし尽くす時なのだと。

 来るべき時に、然るべき終わりを迎えるのだと。

っても結構先なんだろ?」

「まあね」

 ゴブリルが酒を飲みなら訊いてくる。

「まだだれを選別するか決めてる段階だ」

「そうなのか?」

「うん。でも――遠征の演習も含めて近いうちに何処かの遺跡に行くはずだよ」

 つまりある程度どの候補はもういる。

 それを選別するために、【生存権内】での演習が行われると。

「当然だが〝妖精兵器〟からメンバーは選ばれるわけだ」

「全員が全員〝妖精兵器彼女ら〟ってわけじゃないけどね。彼女らに専門的な知識は無いし、のメンテも出来ないだろうし、あくまで戦闘員としての選別だよ」

 まるで他人事のようにステラには思えた。

 この中で唯一当事者であり、該当者である彼女は――冷静に自身が選ばれると確信した。

 〝妖精兵器〟の中でも手練れで、年長者。

 何より――彼女は既に臨界点間近だ。

 使い捨てる駒なら自身程に優れたものも少ないだろう。

「それでも、心の準備はしておくべきだ。上層部うえは大分焦っている。いつ、命令が出されるか分からない」

「焦っている?」

「君知っているだろう? 近年の資源の枯渇。深刻化しているんだよ。近年稀に見るのせいでね――このままだとこの国は、内側から国民によって食い破られる」

「……!」

「そいつぁ、随分と」

 ゴブリルとて知っている近年稀に見るベビーブーム。

 それ自体は喜ばしいことだろう。

 だが、資源乏しく飲み水にさえ渇くこの国においてそれは致命的だ。

「まったく厭になるぜ」

「そうだね。まあだけど、一年、二年でどうこうなる話でもない。資源問題はお偉方の焦りが如実に伝わってるだけだ」

「だけど、三年、五年後には分からない、ですよね?」

「そうだね」

 遠くない未来さきで破滅が待っている。

 その事実が、この場にいる人間の心を圧し潰す。

 幽かに響く、破滅の足音。

 ――それに気付けるものは極僅かだった。


 

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