第7話『欠落者』
ふと振り返る。自分が他人に興味が無かったことに気づいた。
接さず、縋らず、ただ遠くを生きる者たちだった。
それが変わったのは、ゴブリル。
あの緑色の愉快な友人と出会ってからだろう。
ただ一度、友人関係を結ぶだけで、驚くほど交友関係が広がり、知っている顔が増えた。話す人はもっと増えた。
戦場を共にするうちに友情を知った。
――それでも子供の相手なぞしたことは無かった。
『まあ、大変よねぇ』
「他人事だからって!」
立てかけた剣が、詰まらなそうに言う。
「明らかに怖がってるよなぁ」
『そりゃあ、帯剣してる大人の男なんて恐怖の対象でしょ。此処女の子しかいないし』
報告書で知ってはいたが、本当に男性が居ないと知ったときは中々驚いた。それと同時に、肩身の狭い思いをした。
「顔を見るなり逃げるんだからなあ」
当然、男性に触れる機会のない少女・幼女らにとっては、とても刺激の強いことだったろう。
彼の顔を見るなり避けてしまうのだ。
『別にこのままでいいんじゃない? あなたの仕事は彼女たちの管理で合って、干渉じゃないでしょ……?』
「まあ、そうなんだがな」
ミーチェの言う通りではあるのだが、だからといって今のままというのも健全とは言い難い。
このまま放置する。それ自体は簡単だが、彼女らへのストレスは計り知れないし、リーベス本人へのストレスも同様だ。
「……」
妙案が思いつかず、煙草に火を点けて一服する。
紫煙をくゆらせる。
『そんなモノばかり吸ってたら、早死にするわよ?』
「それを俺に言うかよ」
『別に病死したいわけじゃないでしょ?』
「確かに、死ぬなら健康に死にたいな」
『健康に死ぬとは……?』
独特の価値観を語られて困惑する。
彼の価値観は、生物でない彼女をして理解不能なのだ。
生き永らえたいと思うのが生物としての本能だろうに、彼の場合至る死に方を探究することが本能のようだった。
それを平然と語るの狂気であり、その
『私にはあなたが理解不能よ、マスター』
「誰しも、理解していると錯覚しているだけさ。他人のコトを理解できるなんて思いこみ以外の何物でもない、譬え想いを語らい、呼吸を合わせたとしても。――
『随分含蓄のあることを言うのね』
「人間なんて自分の事さえ理解した気になっている動物さ。頭蓋を開いて、脳を閲覧したところで、脳細胞を観察することぐらいしかできない。それと一緒だ。胸襟を開いたところで、その思いが真である証拠なんて、どこの世界にもない」
『今のあなた人間不信を拗らせた奴みたいよ』
「違いないな」
自分が本質的に人間不信であることは理解していた。他者と違う。其れゆえに長く、他者を蔑ろにしてきた。
その後遺症のようなモノなのだろう。
「話は逸れたが、結局どうすれば子供らは懐くと思う?」
『知らないわよ。そんなこと、それこそルーエに訊きなさいよ』
「確かに」
剣に言われてハッとする。
確かに言われてみれば、この武器庫に長く滞在し、彼女らに受け入れらているルーエ為らば何か妙案があるやもしれない。
どうして、そんな簡単なコトを思いつかなかったのだろう。
「アイツに逢いたくないんだよな……」
『凄い苦手意識ね』
遠い目をするリーベスを見て、ミーチェも背中をさすりたい気分となった。
「まあ、最終手段ってことで」
立てかけた剣を腰に挿して、自室を出るのであった。
リーベスの自室は二階に設けられており、一階に降りるためには中央大階段を通らなければならない。あまりに古風すぎる設計に、顔を顰める。
『たぶん放蕩貴族の別荘でも再利用したんでしょうね』
「だろうなぁ……趣味はいいんだけどな」
木材と大理石を使ったこの屋敷は広大で、中央区の劇場に匹敵する。
所有する敷地もまた広大だ。何でも二キロはあるらしい。
「ばかだね。金の都市減の無駄使い」
『まあ、こんな山奥にこれだけ大きい別荘を作っても、メンテナンスも容易じゃないし、何より機能性皆無よねぇ』
リーベスの呟きに同意するミーチェ。
言っているうちに、回廊を抜けて中央大階段が見える。
そこでは子供たちが屯していた。
「「「あ……⁉」」」
「……」
リーベスの顔を見るなり、逃げ出していく。
心のどこかにチクリと疵が出来たような気がした。
「はあ……」
そんなにこの顔は怖いだろうか? 鏡も無いところで、自分の顔を弄んでみる。
『彼方の眼は鋭いものね』
「はあ」
戦場しか知らない。
このとこは死地しか知らない。
積極的に赴いて、能動的に血を流し続けてきたから。
それ以外の生きかたしか、知らない。それ以外の生き方に価値を見出せない。
愚かで、度し難く、形容し難い欠落者。
そのくせ感性だけで言えば人並だ。
――詰まる所。この男――リーベスは自身の存在が許せない。
『そろそろ、変わる頃合いなんじゃない?』
「……」
『生活が変われば人も変わるわ』
「――――」
『誰かの赦しを請う必要なんてどこにもないのよ?』
「…………」
『生きることが咎になる筈が無い』
長い付き合いのミーチェをして、リーベスが如何してこのような思考回路をしているのかがわからない。それは【人工魔具】ゆえの人類との相違なのか、それとも彼自身が解する事の出来ない、一種の例外事項なのかは未だ分からない。
それでも――彼が自分を許せなくなった原因は知っている。
『彼女は、こんなあなたを望んではいないわ』
「――誰のためでもない。これが俺の在り方だ」
確固たる意志がそこにはあった。
誰にも捻じ曲げる事のない、深層に刻まれた彼だけが干渉できる思いがあった。
誰かのためではない。自分のためだ。
彼女と出会う前から、自身はこうあった。
可笑しいのは今の状態だ。誰かの言動……一挙手一投足を気にするようになった。
誰かを傷つけるのが怖くなった。
それではいけない。分かっている。自分は軍人だ。
この感情は
――だけど、とてもとても、尊く思った。
……そう思えた。
そう思えたのだ。
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