第8話『終焉の階』

屋敷の中には小・中型の機械人形ゴーレムがいそいそと何か作業をしていた。

 掃除をしていたり、子供たちと遊んでた。

 屋敷の目の前にある、広場付近の森では、中型の機械人形が薪を割り、小型の機械人形が運んでいた。

「便利だな」

『ルーエだけで賄える大きさじゃないものね』

「確かにそうだが、魔石の量だけでどれだけの出費が嵩んでるんだろうな」

『そこはまあ、軍の管理だし、多少は融通がきくんじゃない?』

 魔石……魔力の結晶だ。そのエネルギーは膨大で、現在のフェスト軍国は此の魔石に頼り切っている。問題は需要に対して供給が伴っていないコトだ。

 畢竟、魔石は凄く高価なのだ。

「……」

 大樹の方へ眼をやった。するとフロイの姿が目に入る。

 彼女はまた黙々と読書にふけっていた。

「……?」

 リーベスの視線に気づいたのか、ページをめくる指を止めて、彼の方へ目を向ける。

 フロイの赤眼とリーベスの赤眼が交差する。

「――――」

 少しバツが悪い。読書を邪魔してしまったようだ。

 此処で見ておくのも悪いし、声を掛けようと頭をかきながらフロイの下へ足を運んだ。

「何読んでるんだ?」

「……マタイ福音書」

「……、」

「……冗談。妖精物語」

 見た目十四、五の少女が熱心に聖書を読んでいたのかと、他意は無いが少々コメントし辛い気持ちになったのだが、どうやら彼女なりのジョークらしい。

「妖精物語? どういう話なんだ?」

 過分にして聞かない題名だった。

「……凄い力を持ってる妖精が、英雄に救われる話」

「大分ざっくりしているな」

「……説明は苦手だから」

 無表情のまま彼女は目を伏せる。

「あー、悪い別に責めた訳じゃない。ちょっと気になっただけなんだ」

「……読んでみる?」

 いいのか? リーベスが問うと、彼女はこくりと頷いた。

 差し出された本を手に取る。

 冊子自体は、平凡なモノだった。少し無骨だな、と思うぐらいだ。

「……」

 本を開いて目を通した。

 幾ばくか目を通したところで、フロイに返す。

「……気に入らなかった?」

「いや、すこし、自分と重なるところがあっし、面白いと思う。ただ悲しいな」

「……?」

「物語でくらい、皆が幸せになってもいいだろ?」

「……うん、そうだね」

 序盤しか目を通してないが、それでも絶望的なまでに悲劇を重ねていた。

 このまやかしの希望しかない世界で、わざわざ悲劇を紡いでどうするのだろうか? この本を作った人間に、モノ申したくなった。

「……無理だと思う。書いた人はもうどこにもいないから」

「……」

 はて、口に出してまったようだ。

 フロイの表情は変わらず無表情だが、如何やら悲しんでいるようだった。

「……描いた者がいなくなっても、紡いだ物語は残り続ける。その本と、読んだものの中にな」

「……ん」

 作者が残した思いは、繋いだ誰かが連綿と紡いでいく。

 織りなした思いが、消えてなくなるのはきっと、本当の意味でこの世界の在り方と直面した時。泡沫は弾けて、白日の最中に澱が現出するだろう。

 ――絶望と言う名の澱が。


「ところで、お前は俺のコトを怖れないのか?」

「……怖れる?」

 どうして? フロイの丸い瞳が問う。

「他のちび共は俺のこと避けてるだろ? お前はそうしないのかと思ってな」

「……私ネネ達よりもお姉さん」

 薄い胸を張ってみせた。

 フロイは確かに他のちび共……推定五、六歳……に比べて大きいが、ステラやミューと比べると明らかに未成熟だった。

「……私、お姉さん」

「わかった、わかった」

 無表情で、言ってくるフロイの圧に押される。

「……あの子たちは、人にあまり触れてないから、どう接していいか分からないだけだと思う」

「前の管理人は?」

「……あの人は半年に一度来るぐらいだった」

 成程。それもあり得るだろう。武器庫の管理などと言っているが、実際は子供のおもりだ。率先して行いたい軍人などなかなかいまい。

「……あなたはどうしてここに?」

「上司命令だよ」

「不本意……?」

「それは――」

 何とも応え辛い質問だ。

 応えに詰まっていると、瞳が映り込む。

 美しい――赤い瞳。

 自身の紅世を映す紅い瞳ともまた違う。命を感じる瞳だった。

「――――」

 その瞳を見ていると、当たり障りのない言葉や、虚飾は憚られた。

「不本意だったよ。今でも正直納得いってない」

「……そう」

 リーベスの本音を聞いても、フロイに落胆の色は無い。矢張、無表情であった。

「――〝ぼくは目と口を噤んだ人間になろうと思う〟」

「サリンジャーだな」

 フロイはこくりと頷いた。

 世界が終末を迎える以前に活躍したといわれる作家だ。

「……〝才能とは夢を追うモノに、須らく具えられたものである〟」

「〝発明家〟デンドロニタス」

 旧世界が現世界を超える技術を所有する理由だそうだ。

 彼が発明したものは、旧世界の根幹支えたそうな(ミーチェに訊いた)。

「〝権利に溺れる事が出来るのは、飽和な世界であるからだ〟」

「〝賢人〟ハウンズ」

 この年でこれだけの偉人について理解があるとは、素晴らしいと思わざるおえない。

 感心して、自然とリーベスは頭を撫でていた。

「……」

 フロイは驚いて、赤い瞳を瞬かせる。

 その後、目を瞑った。

 嫌がっている様子ではない。

「――――」

 こう見るとただの子供だ。

 口の端を笑みで釣り上げる。

「嫌だったか?」

「……」

 フロイに訊くと、彼女は頭を振った。

 嫌ってはいないらしい。ならば、絹のような銀髪を少し楽しもう。

「――頭を撫でられたのは、久しぶり」

「……そうか」

 彼女は薄く微笑んだ。

 昔日に刻まれた笑みに似ていた。

 記憶に相似する少女――フレデリカ。

 髪の色も瞳の色も違う少女。

 ただ物静かであったこと――似ている。

 そう言えば、彼女も博識であった。

「……、もしも世界が五分前に産まれたモノだったら、あなたは如何する?」

「〝世界五分前仮説〟か?」

「……ん」

 フロイが小さくうなずいた。

「随分と唐突だな」

「……ただの思考実験。心理テストともいう」

「なるほどなぁ。見知らない人間の思想を確かめるなら確かに、有効なのかも」

 〝世界五分前仮説〟とは自分の知る世界が総て五分前に造られたものである――という思考実験だ。歴史的偉人、物理法則や、感情の推移すらも五分前に造られたものであったとする仮説。未だ人類にこの仮説を否定する手段はない。

「そうだな」

 当然ながら、そんなことを考えたことは無い。

 もしも、世界が……この世界が五分前に造られたものだったとしたら、果たして自分はどうするだろう。

 自分を疑問に思うだろうか? この認識する自己は、本当に自己であるか? ないな。すぐに鼻で笑った。自分に疑問を持っても、何らの意味もない。仮に認識する自己が造られたものであったとしても、それが今の自己であるならば、疑う必要なぞ欠片も無い。

 では、どうするだろう――。

 しばし考えた。

 だが、何も浮かばなかった。

「何もしないだろうな。仮に世界が五分前に造られたものであったとしても、世界が変わるワケじゃない。大して意味の無いモノだ」

「……」

 フロイはこくりと頷いた。自分も同じである。

 何も変わらない。この世界の常識が五分以上続くだけである。

「……だったら、もしもあなたがを作れるとしたら、あなたは何を望む?」

「………………」

 その言葉は何故か深奥に――響いたのだ。

 残響が、鼓動を押し上げる。

 もしも――世界を変えられるのなら。

「――――」

 昏い笑みが、自然と浮かび上がる。

 ――もしも。

 可能ならば、この男はきっと――……。

「もしも俺がを好きに出来るなら――総ての人間ヒトが生まれない世界にする」

 ――世界を滅ぼすだろう。

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