第6話『零より始めて』

「まったく、何を考えているの⁉ 子供たちだっているのに、そんな破廉恥なコトを! しかも怪我人相手に‼」

「ごめんなさい……」

 ステラは怒髪衝天もかくやという形相で苛烈に怒鳴る。

 対する怒られている女性――ルーエは肩を落として謝罪する。

 それを見ていたリーベスは、ざまあみろと笑ってやった。

「……でもその、ここって女の子しかいないし、私だって女だからその……干乾びちゃうって言うか……」

「関係無いよ! そんなの怪我人に迫る理由に為らないし、そもそもそんなのそういうお店に行けばいいでしょ‼」

「御尤もです……」

 言い訳を募ろうとしたルーエをばっさり切り捨てる。

「だいたい――」

「凄い声が聞こえたけど、どうかしたっスか?」

 さらに追い打ちをかけようとした、ステラの声を遮るようにその少女は現れた。

 栗色の髪、猫耳、猫のように丸い瞳。

 そしてメイド服。

「ミュー、ルーエが私が連れてきた人を襲ったの」

「襲った? ルーエも男旱で頭が湧いちゃったっスか?」

「いくら何でも辛辣すぎる!」

 ミューのあまりに言葉に、さすがのルーエも涙目だった。

「確かに、その……無理やりしようとしたのは悪かったと思うけど、知らない中じゃないし、考えもあってのコトなのよ?」

「考えの有無なんて関係ないって! こんな場所でそんなことをしようとしたことが問題なの!」

「そうっスよ。こんなチビ共も来るような場所でやっちゃダメっス」

 さらに正論を言われて、俊と肩を落とす。

「まあ、其処までにしてやってくれ」

 見かねたリーベスが仲裁する。

 ステラは驚いた風に目を瞬かせる。

「どうして? 君は被害者なんだよ?」

 服を着なおしながら、応える。

「まあ、その女がそっち方面で狂ってるのは知っているし、さっきもその女が言っていたが、短い付き合いじゃないんだ、考えがあるのは分かってる」

「嫌じゃなかったの?」

「甚だ不愉快」

「私ってそんなに、魅力ないかしら?」

「そういうこと言ってるうちは、振り向いてはもらえないっスよ」

「……、恋愛経験ないミューに諭されるなんて」

「真面な敬虔なてしてないでしょ?」

 リーベスの断言に、肩を落とし、呟いた言葉を拾われてミューに撃墜される。

 本当に容赦がなかった。

 ミューはピコピコ猫耳を動かして嗤っていた。

 完全に遊んでいる。

「しかし、意外な一面っス。男関係以外は完璧女のルーエがこんなポンコツになるなんて、予想外っス」

「俺は男じゃなかったのか……?」

「他の男の時はもっと上手くやってたって話っス」

 まあ、昔から異性関係で荒れていたが、それが問題に上がったことは無かった。

 なるほどと、得心する。

「――しかし、メイド服か」

「なんっスか、じろじろ見て」

 リーベスはミューのメイド服を舐め回すように見た。

 流石に不快だったのか、眉を顰めている。

「素晴らしい。合格だ」

「なんの……?」

 意味がわからない採点を行われているようだった。

「ふ。俺の基準に合格するとは中々やるじゃないか、役に立つぞ?」

「なんの……っ⁉」

 自分の身体を抱いて、リーベスから離れるミュー。

「きもいっス! やっぱりルーエの友達も変態だったっス‼」

「おいおい、照れるぜ?」

「そこで照れるのは可笑しいよ……」

「あれと一緒にされるのは流石にちょっと……」

 謎のキメ顔を決めるリーベスにツッコミを入れるステラと、本当にキモがっているミュー、同列扱いされて流石に傷心のルーエ。

「悪いが、少しここを案内してくれないか?」

「うわ、普通に話しを始めたっス!」

「無駄よ! そいつに話のテンポは通じないわ!」

「結構残念なヒトだったんだなぁ」

 自然に話しを進めるリーベスに驚愕するミューと戦慄するルーエ。

 初対面の時と印象が違い過ぎて困惑しているステラの図が其処にはあった。

 混沌した空気の中、武器庫の案内が始まるのであった。


 ――妖精区・兵器収納庫。

 それが俗に「武器庫」と呼ばれる場所の正式名称だ。

 〝妖精兵器〟達が主に生活する住居スペースと曰く付きの武器類を保管する収納スペースに分かれている。

 その説明を聞いた時リーベスは、驚いた顔を作った。

「先刻も思ったが、思ったよりも自由なんだな」

「それ、来る人みんなそう言うよ」

「まあ世間的なイメージからすれば、当然っスよ」

「実際倫理や人道に反しているのは否定できないし、してはいけないわ」

 苦笑交じりに応える妖精二人とは対照的に、ルーエは怒りを隠そうとしていない。

「――――」

 それはリーベスとて同感だった。

 彼女たちの尽力無くして、今のフェスト軍国を支えることが不可能なのは、承知千万であるが……それでも、あまりに人道に反している。

「それがうちらの在り方で、役割っスよ」

「うん、仕方ないかな」

「仕方ないで済ませてはいけない問題よ」

「尊厳の問題だ」

 彼女たち〝妖精兵器〟は人工的に生み出された生命だ――其れゆえに自己保管の概念が乏しい。子を重要視しない。

 滅私の奉仕ではない。唯自我が未熟なだけだ。

 言ってしまえば、今のフェスト軍国はモノのわからない幼子に死ねと命じている。

 これを「仕方ない」で済ませていい筈が無かった。

「或いは、この問題を解決するために、閣下は俺を配属したのやも」

「リドラ閣下為ら有り得るかも。あの人情に厚いし」

 黒色の鱗をテカらせるトカゲ顔の上司を思い浮かべた。

 話していると大きな広場にでた。

 開けた場所にぽつんと大樹がなっている。

 大樹の下に、少女がいて、読書を楽しんでいる様子だった。

「あの無表情の子はフロイ。物静かだけど、結構豊かな感情表現をするっス」

 ミューが指差して説明する。

 ミューの声で気づいたのか、とことこフロイが歩いてくる。

「……その人は?」

「この人は、リーベス少佐……もとい変態っス」

「変態……?」

「おい! 真に受けるだろうが! ステラも何とか言ってくれ!」

「否定できないかな……」

 汗をかきながら頬を搔くステラ。

 何故! 俺はただメイド服を採点しただけなのに!

「普通の人間はメイド服を採点しないっス」

「ミューお前、サイコメトラーだな?」

「顔に出過ぎなだけっス」

「……? 結局その人は変態なの?」

 げんなりしてため息をつくミューに、きょとんと無表情で聴くフロイ。

「違うからな! 断じて違うからな! 俺はただの通りすがりのメイド服愛好家なだけだ!」

「通りすがりでもないし、メイド服愛好家は割と変態だと思うな」

「やっぱり変態……?」

 もはや何も言わず、シャー! と毛を逆立たせるミュー。

 頓珍漢なことを言うリーベスにツッコミを入れるステラ。

 変態だと確信しそうなフロイ。

 このままでは変態になってしまうと、焦燥感を露にする。

 俺はただ、メイド服が好きなだけなのに!

「ただのメイド服が好きなわけでは無い! その素晴らしいおっぱいを内包しているメイド服が好きなのだ!」

「リーベスそれは変態じゃなくて、犯罪者の妄言よ?」

「ええい! 現在進行形犯罪者の御前に言われたくない!」

「誰が現在進行形犯罪者よ!」

「事実だろうがこのビッチ!」

「うっさい! この万年童貞!」

 醜い罵り愛があった。

 ステラとミューはフロイを連れて、その場を離れるのであった。


「――改めて、ここを預かる事になったリーベス少佐だ。よろしく頼む」

 白髪の少女……フロイはこくりと頷くと自身も名乗った。

「……フロイ」

 少女に倣って、遅まきながらミューとステラも名乗った。

「二回目だけど、ステラだよ。これからよろしくね」

「ミューっス。ウチや他のちび共に変なコトしたら捥ぎるのでその積もりでいると好いっす」

「何を捥ぎるかは置いておいて、よろしく頼むよ」

 ミューの不穏な言葉は脇に置く。

 深く話を聞いたら恐ろしくて恐らく眠れないから。

「さあ、始めようか」

 新しい生活の始まりだ。新たな風の予兆を感じて、リーベスは伸びをした。

「――――」

 伸びをするリーベスの背を、静かに見つめるルーエ。

「どうか、あなたが幸福を享受できるように」

 誰にも聞こえない――猫に近い聴覚器官があるミュー以外には聞こえない言葉で、そう祈った。

 神ではない。彼らはこの地を捨てたのだから。

 だから祈るのは『戦神ヴィクトル』と『妖精女王オフィーリア』だ。

 如何か偉大なる英雄よ、彼の男に僅かばかりの幸福と祝福を。



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