第2話『花びら』

 煙草の紫煙をくゆらせて、傷口を縫合する。

 【飛竜ワイバーン】の残骸を背凭れにして体を固定し、愉しい独り手術の真っ最中。

「死に損ねたな」

『喜びなさいな。本来、一個中隊が束になって討滅する存在を一人で殺したんだから、喜ばないと嫌味でしょうに』

「下らない。俺は軍人だぞ? 護国のために死ぬこと以上の喜びなぞ有るか」

『最悪の破滅主義者ね』

「国是でもある。汝国のために死ね」

 フェスト軍国の物騒な国是に、辟易した様子のミーチェ。

『――まあ、それはともかく。ゴブレットも手に入ったし、そろそろお暇しましょうか』

 リーベスの手術がそろそろ終わりそうだった。

「出来れば、他にも色々見繕っておきたいが」

『あなた【死域霊雷の大墳墓ここ】で手荷物持って生還する積もりなの? 断言するわ不可能よ。ただでさえ〈モンスター〉が居るのに、【竜種】だって一匹、二匹じゃない筈よ。今回は諦めなさい』

「……」

 リーベスとてそれは理解っている。

 だからこれは――冗句ジョークだ。

 ただの冗談だ。

 死滅と破滅の願望を胸襟にしまい込んで、彼は立ち上がる。

 少しばかり破壊された旧時代の遺跡を探索すると、入ってきた扉とは違う大きな穴を見つけた。

「ここから【竜種】は入って来たんだろうな」

『でしょうね、あの巨体で私たちが通って来た穴に収まるとは思えないし』

「まあ、幼体のころにあそこを通って来た可能性もあるがな」

『それは無いわ。【飛竜】の幼体は飛べないもの』

「へー」

 話しながら、あなの中を歩く。

 機械的だった風景が一気に変わり、岩に囲まれる。

 そして明かりが遠ざかっていき、今では煙草の灯りだけとなった。

 あまりに頼りなく弱々しい光である。

『疵の具合はどうなの?』

「全治四ヶ月ってところだろうな」

『ちゃんと重傷ね……』

「そりゃあな」

 何せ曲がりなりにも竜の末席とやりあったのだ。この程度の傷は想定内。

「所詮は【生存権内】の竜だな。あれなら、殺せる奴はそこそこいるだろうよ」

『まあ、そうね』

 落胆の響きがある声に、ミーチェは声音を落とす。

 この主の破滅願望をどうしたら止められるのだろうか。

「誰でも殺せる奴に、殺されるわけにはいかない。其れじゃあ意味がない。誰にも手に負えないモノを護国のために、挑み死ぬ。その過程と結果にこそ誉れがある。あれじゃあ犬の餌だ」

『誰でもは殺せないわ』

「それでもは殺せる」

『酷い高望みね』

「夢は大きく、だろ?」

『……』

 ふと見上げると紅い花びらが、舞い落ちてきた。

 ふらり、ふらりと不規則に落ちてくる。

「話しているうちに出てきたみたいだな。此処が縦穴の底か」

『みたいね』

 落ちてきた花びらを摘み取った。

「紅い花……何の花だ? ほんのりと発光している?」

『セントエルモの花ね、僅かな紫外線を吸収して発光するの』

「そいつは凄いな」

『一時期は研究対象だったみたいよ。紫外線対策とエネルギー枯渇問題を一気に解決できるかもって』

「頓挫したのか?」

『ええ。何でも一定数以上の紫外線を抑留すると磁気を帯びるらしくて』

「電子機器をお釈迦にしたのか」

『磁気を掃う試みもしたらしいんだけど、磁気と一緒に放射線も放つことが分かって……後は想像の通り』

「放射線……⁉」

『大丈夫よ。極端な紫外線を吸収しない限りは、害は無いわ。今はただの奇麗な花よ』

 ミーチェの言葉に胸を撫で下ろす。

 【未開拓領域】近くに出るにあたって、放射線対策や紫外線対策はしているが、それでも完璧ではない。こんな所で花びらに殺されるのはまっぴらだった。

「しかし、如何してこんな大量の花びらが、落ちてくるんだ? 近くに群生でもしているのか?」

『もししているなら、ここらあたりは強力な磁気のせいで、まともに近寄れなかったでしょうねぇ』

「……死者への手向け?」

『ここが墳墓であるのだから、それが妥当でしょう』

「何とも殊勝……いや奇矯か」

 皮肉って言ってみたが、其の声音に嘲りはない。

 だってそうだろう? これほど危険な場所にまで、花束を贈る者たちがいるんだ。

 それは何て素敵なコトなのだろう。

 ――譬え受け取る相手の無い、悲しい花束であったとしても、其処には尊厳と尊敬がある。

「ミーチェ。この花の花言葉って知ってるか?」

『なんだったかしら。確か――希望・幸せ・未来……後は後世に残る愛』

「いいな。遺物に対する餞別には上等だろう」

『そうね。ロマンチックだわ』

 仄かに光る花吹雪。幻想的なその光景を見て、剣と人は呟いた。

 ヒトの想いが詰まっている気がして、彼らは微笑むのだった――。


 ――フェスト軍国・中央区。

 煌びやかかつ先鋭的な科学力をつぎ込まれた摩天楼の群れ。

 落ちるネオンを煩わしく思いながら、リーベスは目的のビルに足を運んだ。

「――――」

『大丈夫なの?』

 心配した様子で声を掛けるミーチェ。

「問題あるまい。中将閣下は寛大なお方だし、何より俺は軍規違反をしたわけじゃない」

『それでも中将の権限ならあなたを罰せられるわよね?』

 リーベスは首肯する。

「可能だがしないだろう。リドラ閣下は理解のある御人だ」

 今のリーベスは、軍服に身を包んでいる。

 黒を基調とした軍服は銀のタカの腕章エンブレムと調和していた。

『そう――なら私は眠るわ』

「そうしてくれ」

 蒼白い光を放っていた剣が沈黙する。

 ミーチェが眠ったのだ。

「……」

 剣を確認した後、リーベスはエレベーターを呼び寄せた。

 中に入り込み、最上階のボタンを押す。

 三十秒ほどで、リーベスを最上階に運んだ。

 扉が開くと其処は執務室となっていた。

「――よく来たなリーベス」

 艶やかな黒鱗をテカらせて、リドラはリーベスを迎えた。

「はっ。リーベス少佐参上いたしました」

「堅苦しいのはいい、私もお疲れと言うやつさ」

 長い舌を伸ばして、トカゲ顔で笑みを作る。

 彼の黄銅の瞳は時計に向いていた。

 時刻は既に十二時を回っていた。

「お疲れ様です」

「まったくだ。私とて鉄人ではないんでだが?」

「竜人ではありますけどね」

「ぬかしおる」

 ペンの動きを止めて破顔する。

「そこに着くと好い」

「失礼します」

 リドラに促されて、ソファーに座る。

 リドラは自身のトカゲ顔を両手の甲に乗せる。

「早速本題だが、君が行っているプライベートの事業についてだ」

「……」

 リーベスは、軍属だ。

 当然普段は軍規と法規に従って、職務についているが、仕事が無い日は友人のつてでサルベージ――いわば盗掘のまねごとをしてる。

 前述したように、フェスト軍にはリーベスが行っているような個人事業を縛る軍規は無い。

「誤解しないで欲しいが、私は君を裁くつもりは無いよ」

「……」

 リドラが懸念を否定してくれて、胸を撫で下ろす。

 いきなり登用要請を受けた時は、心臓が飛び出そうだったが。

「――知っての通り、我が軍には個人事業を縛る法は無い。推奨はしていないがね」

 フェストは軍国主義である。それ故に軍に身を置きながら、食うに困るなどあってはならない。そう思われるのも本来好ましくない。

 それでも兵士の個人事業を許しているのは、フェスト軍国は稀なる人材を求めているからだ。そのために、新たな分野の開発は望む所。

 軍人は生活を保障されている。給与もいい。失敗しても最低限の保障がるのだ。

 そのため、一般人が挑戦できない分野に食指が伸びる。

 人材の流動を促進するためにも、これを縛るワケにはいかないのだ。

「だが、君の負傷は度が過ぎている。訓練でもそうだし、遠征任務でも先行が過ぎると報告を受けている。君は優秀だ。あまり急ぐ必要を感じないけど?」

「わたしは、フェスト軍国に身を捧げています故、その為に最適最善の方法を選んでいるまでです」

「軍務に関係のない怪我はどう説明する?」

「是より先に脅威となる眼を摘んでいるまでです」

 はあ。リドラが長い舌を伸ばす。

「まったく、その愛国精神は称賛するが行き過ぎている。それでは父上が浮かばれんよ?」

「父上のように死ぬことが望みです」

「父上のように死ぬことなぞ、望んでいまいに」

「親ではなく、私が思っているのです」

 頑迷といえるリーベスに辟易したように、リドラは額に手を当てた。

「――リーベス少佐」

「はっ」

「君に任を命じる――此れから君は妖精区にある兵器庫の管理をしてもらう」

「……」

「不満かね?」

 わずかに顔を歪ませたリーベスに確認する。

 不満だ。

 不満に決まっている。

 妖精区だと? 其処は戦場から最も遠い場所ではないか。

 其れでは

「いいえ! その任、この命に代えても全うします」

「ただの武器庫の管理だ。そんな場面は無いよ――諸々の留意事項は、其処の書類に書いてある、よくよく読んでおくように」

「はっ」

 リドラに敬礼をして、退出する。

 エレベーターの扉が閉まると、リーベスは表情を崩した。

「くそ……っ」

 扉に拳を叩きつけた。

 ――その顔は苦り切っていた。

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