セントエルモの花束を。
[ノーネーム]
第1話『くそったれな死に急ぎ』
酷い埃だな。
ため息交じりにそんなことを呟いて、ワイヤー伝いに降下していく。
〈モンスター〉に留意しながら降りているために、降下速度はほどほど。
「そもそも、この縦穴式の墳墓なんて誰が考えたんだよ」
莫迦じゃねえ? と呆れて見せた。
岩肌を蹴って降下。
降下を初めて早三十分ほど。そろそろ小休憩を取りたいところだったが、どうにも足場がない。
「こんなとこで〈モンスター〉と接敵なんて最悪だぞ……⁉」
ただでさえ〈モンスター〉は強大で脅威だ。亜種にしろ純種にしろ、脅威がある。友好的な〈モンスター〉なぞ聞いた事も無い。
「パタパタ飛んできて、お背中どうぞとか言ってくれたら、大好きになるんだがな」
さらに十分ほど降下すると、やっと人ひとり分の足場が見つかる。
「しゃ!」
喜び勇んで着地する。
久しぶりに感じる大地の感触は、何とも恋しいものだ。
「全く、噂に劣らんどころか、それ以上だな【
男――リーベスはしみじみと呟いた。
〈モンスター〉の脅威もさることながら、この大墳墓の広大さだ。
「縦穴だけでなく、細々とした
なんにせよ一人で来たのは間違いだった。一人でサルベージするには広すぎる。
「盗掘家め。何がお前ならできるだ」
緑色の友人を思い浮かべる。
にやにやしている。
「くそ……!」
腹が立つ。
奴のことなぞ今は忘れてブレイクタイムだ。
「やはり軍国紳士にはブレイクタイムが無くてはな」
紳士のたしなみである。
ちゃきちゃきと簡易的なポッドセットを組み立てる。
ポッドに茶葉を入れて、貴重な水を加えて沸騰させる。
「この香りだ」
鼻腔をくすぐる紅茶の香りで思わずにやける。
少し待っていると飲み頃となる。
ふ~ん。コップにお茶を入れて、鼻の前で香りを立たせて楽しむ。
――業‼
「――え?」
紅茶を口に含もうとしたその瞬間、
我知らず、硬直する。
黄銅の瞳と目が合った。
「えーと。もしかして、うちの上司の親戚? リドラって言うんだけど……」
「――――――ッッッッ‼」
「知らないですかそうですか‼」
簡易ポッドを蹴飛ばして、足場から飛び降りる。
「くそ! お気に入りだったのにぃ~‼」
――リーベスがたいた紅茶の臭いには覚醒作用がある。
嗅覚の鋭い影の主――【竜種】にまでその効果が作用し、おびき寄せるような形になってしまったのだ。
「ふ、馬鹿め。俺の罠にかかったな⁉」
――勿論。
「俺には何もできないけどな――っ⁉」
莫迦である。
負け惜しみ以下であった。
「くそ、これしんどいだけどな⁉」
懐に入れてあった薬瓶を取り出して、一気に呷った。
人間の『イデア』を刺激し魔力を増強させる
五臓六腑が軋んで悲鳴をあげる。
「……っ!」
だがその甲斐あって、総身に力が漲る。
適当な場所にワイヤーを突き刺して、空中機動をはかる。
反動を利用して反対側の岩肌へ。
「オマエさぁ⁉ 【竜種】のくせして、こんな埃くさい墓場に居て飛べんのか⁉」
【竜種】の巨体故に、リーベスの動きについて行けない。
リーベスはニヤリと笑って、枝穴に入り込んだ。
中は急なスロープになっており、リーベスは滑り台の要領で何処かに運ばれていった。
「うおおおおおおお――っ⁉」
スロープが曲がりうねり、リーベスの三半規管を攻撃する。
転がる毬のようだと、内心呆れながら為すがままにする。
「……っ!」
五分も任せていると、光明が見えてくる。
比喩ではなく光が見えたのだ。
日光ではない。
「ネオン……?」
あくまで機械的な光が漏れていたのだ。
「……」
リーベスは徐に懐から煙草を取り出すと口にくわえて、火を点ける。
「――――」
紫煙を肺に入れて一気に吐き出す。
「どうなっている? さっきまでの旧時代てきな趣はどこへやら……」
紫煙をくゆらせながら、当惑を口にする。
『
「……」
リーベスの脇から声が響く。
声の主は機械的な剣だ。
「ミーチェ。オマエ、さっきの危機的状況で寝てたろ」
『だって詰まらないんだもの……』
機械的な剣……ミーチェ。
独自に思考し、機能を発揮する武装の総称。
それ故に担い手が少ない。
「そっかなら、仕方ない……ってなるか阿保っ!」
ぺし。腰の剣をはたく。
『痛ぁい』
武装虐待だわ! 喚く自身の武装を鼻で笑う。
「それで? 是のどこが
溢れ出るネオンライトのせいで目を眇め乍ら、見渡す。
見たことのないような電子版や、液晶。
生産工場のようなモノまである。
そしてすべてが未だ稼働を続けている。
「まるで宝の山だな」
『盗掘家がいたら、泣いて喜ぶでしょうね』
「違いない。――それよりも旧時代の話だ」
『別に面白い話でもないわよ? 単純に文明が発展しすぎて滅んじゃったってだけ』
「発展しすげて滅んだ? 是だけの技術があったのに? 何が要因で滅ぶんだよ……」
『それこそ当時の人間しか知らないでしょうけど、別に珍しいコトじゃないわよ? 発展し過ぎたら資源の枯渇がネックになってくるし、人口の増減もある。それに付随する食糧問題も。案外食糧問題かも。こんな地下で人口を支えるだけの食糧を生産し続けられるとも思えないし』
「なるほど」
滔々と語るミーチェ。
『さっきも言ったけど、本当に珍しくないのよ?
「剣のくせに博識なこって」
『御褒めにあずかり恐悦の至りよ』
顔があったならしたり顔をしているのが容易に想像ができて、リーベスは顔を顰めた。
「この【死域霊雷の大墳墓】は過去の文明を弔うために造られたのかもな」
『そうかもね……今じゃ〈モンスター〉の住処でしかないけどね』
「そういうとこだぞ……」
ノスタルジックな気持ちになっていた彼の耳に、ミーチェの辛辣な言葉が突き刺さる。
「取り敢えず、
『そうね。何が居るか分からないし、魔力の貯蓄をワタシに回しなさい』
「へいへい、
メカチックな剣に魔力が装填され、蒼白く輝く。
臨戦態勢である。
「しーかし、あるのかねぇ」
『さてね……有るかもしれないし、ないかも……どちらにせよこういう場では不釣り合いな骨董品であることは間違いないかしら』
「同感」
話しながら探索を続ける。
メカチックなモノは出てくるが――恐らくはこれらも凄い価値がある――お目当てのモノは出てこない。
「【累々のゴブレット】本当にここにあんのかね?」
『ここが既に【死域霊雷の大墳墓】から出てしまっている可能性もあるわね』
「勘弁してくれよ」
くわえていた煙草を左手で持つ。
「こんな薄気味悪いとこで、見当違いなモノ探しなんて勘弁だぞ?」
『……まあ、安心して良いでしょ。五分程度で離れるほど【死域霊雷の大墳墓】は小さくないわ』
ミーチェが註釈をいれる。
その意見にはリーベスも概ね同意だ。
過去の【死域霊雷の大墳墓】の探索記録を見るにこの墳墓の全長は数十キロメートルはある。高々五分そこそこ滑った程度で外に出るとは思えない。
「お」
『……扉?』
探索していると、巨大な扉を発見する。如何にも高スペックですよと言わんばかりな造形だった。
『どうするの?』
「壊せばいいだろう?」
『あなたには遺物の貴重性がわからないらしいわね。まるでサルよ』
「サルで結構。目的の
そう言って扉に手を触れさせると、いきなり発光する。
「なんだ⁉」
『警戒して!』
「言わんでも――!」
分かっている。
そういうよりも速く、扉がひとりでに開いていく。
「おいおいおい!」
ひとりでに開く扉――その先を警戒する。
がしゃん。
扉が完全に開くと其処には――。
「金のゴブレット?」
『お目当てのモノじゃない!』
「運良すぎない⁉」
『いいわ最高よ!』
二人してテンションを上げる。
何と言う幸運。
素晴らしきかな人生!
「やっぱり、日ごろの行いがいいんだろうなぁ!」
勇んで【累々のゴブレット】を手に取る。
その瞬間に――ミーチェのセンサーが、捕捉する。
『マイ・マスター悪知らせよ』
「聞きたくない」
異変を気取った、リーベスが天を仰いだ。そう
『【竜種】よ』
「ああ、もう最悪」
――黒き最悪が落ちてきた。
黄銅の鋭き瞳をリーベスに向け、【竜種】は気高く吠えた。
「――――ッッッッ」
「くそ、くそ、くそ……‼」
『あれは【
「下位って言っても竜なんだろ⁉」
『そうね! だから頑張りなさい!』
「ああもう最悪……!」
【飛竜】はリーベスの背を追った。
膂力を強化して、ワイヤー巧みに使って何とか回避する。
「この閉所では流石に、【竜種】でも機動力を限定されてるみたいだな……!」
『それでも竜は竜! 気を抜かないで!』
「わかって――っ⁉」
る⁉ 【飛竜】の背を取ろうとしたリーベスの胴に、【飛竜】の尾が直撃する。
「げほ……っ」
血を吐いて、吹き飛ぶ。
『マスター!』
ミーチェが悲鳴を上げた。
機械仕掛けの壁に衝突して白煙を上げる。
「――――ッッッッ」
【飛竜】はただ見下ろしていた。
リーベスは顔を顰めた。
酷い鈍痛だ。きっと肋が折れた。内臓も傷ついているし、肉も裂けていた。
死の感覚が近づいているのを明敏に感じる。
「――――」
知らず――笑みを作っていた。
此処が死に場所か?
ここぞ捨てる時か?
此処が――。
「嗚呼、やっと死ねるのか……?」
『リーベス‼』
やっと望みが叶い、いざ此処で捨てる時が来た。
竜を前に、果敢に挑み結果野に散る。
それは何と誉れだかきことよ。
望むべく、叶うべく。
願う、願う。
「さあ――決死の時だ」
腕章についた銀のタカ――エンブレムを輝かせて喜悦を感じて微笑む。
嗚呼、望みが叶うときだ。
さあいざ死のう。
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