第7話

「明美子さんの推理力、凄かったですね」

昼食が始まるとすぐ、旭が口火を切った。

ダイニングには、昼食を摂るため、今回のミステリー会の参加メンバーが殆ど揃っていた。いないのは、明美子と綺羽だ。綺羽は、先ほどから、料理を運ぶために厨房とダイニングを忙しなく往復しており、明美子は、誰かと協力する気はないと言い切り、先に自室に帰ってしまった。

旭の言葉に乗ったのは、廣二だった。「明美子さんは素晴らしい方ですよ」と熱心に頷いている。

「明美子さんの、大ファンなんです。自分の場合、時計よりも何よりも、今回は明美子さんに会いに来たようなものでして。いや、あんな素晴らしい有名な探偵に、お目にかかれる機会なんてそうありませんよ」

余りに軽いその口調に、流石に水樹も、真面目に此処でミステリー会を開催し続けている綺羽に失礼ではないかと苦笑したが、綺羽は何食わぬ顔で、料理を積んだワゴンを押して来た。

「お待たせいたしました。今日の昼食は、先ず『ほうれん草の緑の宝石』。ほうれん草とクリームチーズのキッシュ、ナツメグと黒胡椒を効かせたものです。続きまして、『かぶの氷結舞』。かぶのピクルスとスモークサーモンのカルパッチョ。最後に、『春菊の星空』です。春菊とリコッタチーズのサラダになります。クルミと蜂蜜のドレッシングで召し上がってください」

「わーい! すっげー美味そう。綺羽ちゃん、料理美味いんだねぇ」

陽希が、早速シルバーを手に取って、大きな口を開けてキッシュを食べ始める。自分の連れて来た人間の中にも、こんな呑気なのがいるのだと思うと、水樹は恥ずかしいのと呆れたせいで頭痛を覚え、額を押さえた。でも、サラダは早々に食べた。

「でも本当、明美子ちゃんって凄いよな。うちの事務所、弱小だから、あんな頭の良い探偵に来て欲しー! 美人だし」

陽希の言葉に、廣二も大きく何度も頷きながら、「そうでしょう、そうでしょう」と繰り返した。

「……で、でも。表向きに見えていることが、全てではないというのは、ミステリ小説と一緒ですね。実態は、か、かなり厳しいんだろうと……思います」

俯いたまま料理も食べず、そう三千は呟いた。それを、明美子を熱心に推しているらしい廣二が睨む。すると、三千は体をぎゅっと縮こまらせて、「すみません」と謝った。

「わ、私も、明美子さんの実情に詳しい訳ではないのですが……ただ……最近、彼女が所長を務める探偵事務所の経営が、か、傾いているらしくて、ですね……」

この告白には、廣二も、その他の人たちも、「え」と言って三千を見て固まった。すると、更に三千は恐縮して縮こまってしまい、人差し指を口の前に立てて、しーと繰り返す。

「あ、えっと、あ、あくまで、私が一寸小耳に挟んだだけの情報なので、さ、さ、定かなことでは。お、オフレコで! オフレコ、オフレコでお願いします」

「警察でもそんな噂があったなぁ」

一条が、スモークサーモンを鋭い歯で噛み千切りながら、苦い顔で言う。

「あの女は、探偵として得た情報を基に詐欺をして、ホストクラブに貢いでるんだって。今回、時計を手に入れても、売り払ってホストに使うんだろうよ」

「そんなのは、嘘ですよ。ただの噂です。だって、この私が聞いたことのない話ですよ」

廣二が強い口調で割り込むと、一条は体を倒すようにして廣二から離れた。

「アンタは、あの明美子って女の何を知ってるって言うんだ」

「け、け、喧嘩しないでくださぁい! 私が余計なことを言ったからですよね、ご、ごめんなさい……」

理人も一条と廣二の間に入って、どうにか諫める。このようにして、昼食会はお開きになった。

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