第2話
二〇二七年一月二十二日。今宵は満月になるはずだが、今は午前九時である。
山の息吹が静かに囁く中、プラムブラウンクリスタルマイカのタントが曲がりくねった道を慎重に進んでいった。その車体は、夕日の柔らかな光に照らされて、まるで秋の果実のように深みのある色合いを放っている。タイヤは、積もった落ち葉を散らしながら、しっとりと湿ったアスファルトを軽やかに踏みしめる。
時折、窓からは新鮮な山の空気が流れ込み、車内には松の木や野生の花の香りが満ちていた。運転席の理人は、この瞬間を静かに楽しんでいるようで、その表情からは穏やかな満足感が伺える。理人の運転は、「探偵社アネモネ」の三人で最も上手である。任せておいても問題はない。
「未だ全く見えて来ませんね。目的の屋敷は」
水樹が後部座席で言うと、陽希が紙の地図を取り出して改めて見直す。
「地図からすると、もうちょっとなんだけどなぁ」
このタントは、事務所の車であるが、年末にカーナビゲーションが完全に壊れて、修理出来ていない。
件の謎の封筒に差し出し人の名前はなかったが、調べたらVincent Horologeという名前の、時計作りの名工からのものであると分かった。これくらい調べられないと、駄目だと伝えたいのかもしれない。
更に調べていくと、「Château de Chronos」と呼ばれる彼の私邸について分かった。手紙のとおり、招待状を出して人を集め、満月の夜、ミステリー会をしているらしい。参加しない理由がない。
エンジンの音は、山々の間を響き渡り、小鳥たちのさえずりと調和していた。カーブのたびに、タントはその小さな体をしなやかに曲げ、まるで山と一体になったかのように道と対話している。木々の間を縫うように進むその姿は、自然の一部として溶け込んでいく。
緩やかなカーブを上っている間に、理人が窓の外を見て、嗚呼、という小さな歓声を上げた。
「あの建物ではないでしょうか?」
慌てて、水樹も外を見やった。
一筋の光が残る空に映える古風な屋敷が見える。深い森緑色の屋根に、赤茶けたレンガの壁。円形の塔は、まるで天に向かって突き出ているかのように、紺碧の空に対して鮮やかなコントラストを描いている。
続いて助手席から外を見た陽希も手を叩いて喜ぶ。
「でっかいなー、お城みたい。凄い御馳走を出してくれないかな」
「陽希は食いしん坊さんですね」
眉を下げて困ったように笑う理人に、水樹は腕を組んで言う。
「がっついて、みっともない真似しないでくださいよ」
タントはゆっくりと、その駐車場に入った。
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