探偵たちに時間はない
探偵とホットケーキ
第1話
あと数時間で二〇二七年を迎える夜、「探偵社アネモネ」の事務所には、従業員が全員揃っていた。
と言っても、この事務所には従業員が元から三人しかいない。
ロシアンブルーのように滑らかな髪をした、海老原水樹。オーボエのような声をした、橘理人。
いくつものピアスをつけ、アプリコットジャムの色の髪をした、光岡陽希。
この三人だけで、もう十年ほど事務所を回している。三人とも同じ二十八歳で、同じく家族もいないので、年越しは大概こうやって、三人で過ごしているのだ。
薄暗い事務所の中心にある鍋から、温かみのある湯気が立ち上っていく。その鍋は、多種多様な具材で溢れており、彩り豊かな野菜と肉が調和していた。緑色のネギは長く切られ、柔らかく煮えている。オレンジ色のニンジンは小さな花形に切り抜かれ、甘みを加えていた。赤いピーマンは鮮やかな色彩を添え、食感のアクセントとなっている。
早速、水樹は取り皿と取り箸を持って、食事を始めた。
鍋の中で、豚肉の薄切りは熱によってほどよく縮れ、旨味を存分に放っている。肉の周りには、しいたけとえのきが散りばめられ、スープの味を吸い上げて、しいたけは肉厚、噛むとジューシーな旨味が口の中に広がった。繊細で、スープとの相性が抜群のえのきも良い。
スープ自体は、醤油とみりんによる甘辛いベースが特徴的だ。そこに生姜のピリッとした刺激が加わっていた。一味唐辛子の微かな辛味が後を引くような味わいを生み出し、食欲をそそる。全体として、スープは深みがあり、冬の夜にぴったりの温かさと慰めを提供していた。
「今年も一年、よく働いたなぁ」
陽希が、肉を中心にどんどん取りながら呟いた。
「そうでしょうか。年間通じて依頼はほとんど来なかった印象ですが……」
「わー、水樹ちゃんってば、すーぐそう言うつまらないこと言うよね。年末の決まり文句みたいなものじゃん」
「そうやって、ありもしないことをでっちあげ、美化するのはどうかと思います。それより陽希、肉ばかり食べないでください」
水樹が何を言っても、陽希は、ぐいぐい肉を取り箸で取って食べてしまう。やがて二人で小競り合いになってしまった。理人は、その様子を交互に見て、口元を覆って肩を軽く揺らしていた。
それから三人とも仲良く喧嘩をしながら酒を飲んで、除夜の鐘を聞きながら、眠ってしまった。
***
皆してソファで寝ていると、昼になっていた。郵便受けに何かが投かんされた音で、目を覚ましたのは水樹だった。年賀状かもしれない、と、水樹は杖を手に取り、寒さに痛む足を引きずりながら、事務所のドアを開ける。冷たい風が吹き込んできて眉根を寄せた。体を全部出さないようにして、郵便受けに手を伸ばし、ぎりぎりで中の手紙たちをキャッチする。「探偵社アネモネ」は、もはや斜陽の場であり、年賀状の量もさほど多くはない。
それらを見ながらドアを閉じて、さっさと事務所でのんびりしようと思ったところ、フリーズ。そこに年賀状とは全く異なる一枚の封筒が混ざっていたからだ。
封筒を開ける間に、中に戻る。事務所は、陽希と理人の寝息だけが響き、午後の陽光が窓から差し込む静かな空間となっている。机の上には、解決した事件のファイル。壁には過去の成功を物語る賞状。その空間の中、水樹の目は、その一通の封筒に釘付けになった。
封筒は深い紺色で、表面には微かに光沢がある。それはまるで、夜空を思わせるような神秘的な色合いだった。探偵は慎重に封を切り、中から招待状を取り出す。紙は厚手で、触れるとほのかに柔らかい質感がある。
招待状には、緻密な筆跡で次のように書かれていた。
「貴方の推理力を賞賛し、ここに招待いたします。この招待状を持って、月明かりの下、私の館へとお越しください。貴方だけが解き明かせる謎が、そこにはあります。」
水樹は、その謎めいた文言をじっと眺めた。この招待が何を意味するのか、そして誰が送り主なのか。新たな謎が、すでに彼の探求心を刺激していた。
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