第39話 見破られた嘘


「エリーゼが見つかったら、君はこの家を出なくてはいけなくなるんだぞ? それなのに、なぜ君がエリーゼを捜すんだ?」



 エリオットの興味を引けたらしい……が、そのせいで質疑応答がまだ続きそうだ。

 ここで答えをミスったら、どうなるかわからない。




 イベントではないから、一気にゲームオーバーになって殺されることはない……はず。

 ここは、できるだけ不自然にならない返答をしなきゃ!




「ディラン様が……エリーゼ様を捜していらっしゃいます。微力ながら、協力させていただけたらと思いまして……」


「協力? 自分が家を出ることになるかもしれないというのに?」


「……はい」


「貴族として何不自由のないこの生活を、捨ててもかまわないと?」


「……はい」



 即答するのは失礼な気がして、少し間を置いてから返事をする。




 いくら貴族として生活できても、死と隣り合わせの生活が幸せなわけないじゃん!

 私は早くこのゲームから離脱したいの!




 そんな喧嘩腰の内心とは違い、顔は申し訳なさそうに眉を下げてみる。

 なぜか、エリオットはそんな私を見てどこか嬉しそうにニヤッと笑った。



「そうか。君は欲がないんだな」




 ……笑った?

 それに、そのセリフ……身分差恋愛マンガによくある、金持ち男が貧乏主人公に興味を持つ的な流れのやつでは?

 これって、『おもしれー女』認定成功?




 冷徹長男の笑顔にホッと安心しかけたとき──エリオットの声がワントーン低くなった。




「だが、なぜ孤児院にエリーゼがいると思うんだ?」


「……え?」


「我々のためにエリーゼを見つけたいというわりに、君は孤児院しか行っていない。街の中や、他の場所は捜していない」


「…………」


「それは、エリーゼが孤児院にいると知っているか、本当はエリーゼを捜していない……のどちらかではないのか?」


「!」




 どんな勘の良さなの!?




 この一瞬で、私が『エリーゼが孤児院にいると知っている』という事実に気づかれてしまった。

 もちろんエリオットにとってはまだ仮説段階ではあるけど、まさしくそれが大正解なのだ。




 さすがエリオット……!

 なんて感心してる場合じゃない!

 それだけは絶対に否定しないと!




 もしそれが事実だと知られたら、ワトフォード公爵家の力であっという間にエリーゼは見つかるだろう。

 それはいいことだけど、それだと私の手柄にはならない上に、なぜエリーゼが孤児院にいると知っていたのかってことで私の身が危ない。


 エリーゼ行方不明の犯人に仕立てあげられる可能性もゼロではないのだ。


 


 ディランは「なんでもっと早く言わなかった!?」って怒って何するかわからないし、エリーゼには悪いけどそこはまだ秘密にさせて!




 とはいえ、もう1つの『本当はエリーゼを捜していない』も絶対に言ってはいけないだろう。

 それは最初の返答に嘘があったということになるし、せっかく興味を引いたエリオットの気持ちも離れてしまう。




 違う答えを言わなきゃ!!

 違う答え、違う答え、違う答え……!!




「あの……すみません。まだこの大きな街に慣れていなくて、孤児院以外の場所に行くのが不安なのです」


「…………」


「孤児院だけでは、エリーゼ様が見つかるはずないですよね……。すみません」


「…………」


 



 ……え。無視!? なんで何も言ってこないの!?




 都会に慣れていない田舎娘を演じてみたけれど、エリオットは口角を上げたまま黙って私をみているだけだ。

 光のない赤い瞳にすべて見透かされているようで、どうにも落ち着かない。




 前世を思い出す前の私は、本当にこの大きな街に行くのが不安だったし……。

 これは完全な嘘じゃないから大丈夫だよね?



 

 エリオットの知っているフェリシーなら、不自然ではない答えのはずだ。

 なのに、エリオットは疑わしそうに私をジッと見据えている。




 もう! なんなの!?

 早くなんか言って! 




「……なるほどな」


「!」




 納得してくれた!?




「たしかに、君の住んでいた場所に比べるとここは派手で賑やかかもな」


「は、はい」


「そんな中、自分が行ける孤児院に行ってボランティアとともにエリーゼも捜しているなんて……君はとても心優しい人だ」


「は、い……」




 ん……??

 なんか、わざとらしく褒められてる?




 褒められたことを嬉しく思えないのは、エリオットが本当にそう思っているわけではないことがヒシヒシと伝わってくるからだ。

 そして、たぶんエリオットもそれを隠そうともしていない。




 何……?

 なんか、むしろ責められているような……。




 エリオットはフッとわざとらしいくらいの作り笑顔を私に向けると、穏やかな口調のまま退室を促してきた。



「よくわかったよ。もう部屋に戻っていい」


「あ……はい。では、あの、失礼します」


「ああ」



 私より早く移動していたビトが、スッとドアを開けてくれる。

 そのドアを通ろうとしたとき、部屋の中からエリオットが小さく……でも確実に私に聞こえる声で呟いた。



「慣れていない街は不安……か。1人でインクを買いに行けたのはたまたまだったのかな?」


「!!」




 インクを買いに行ったことを知ってる!?

 そっか……! あのときはまだビトがいなかったけど、監視はいたんだ!




 サーーッと一気に血の気が引く。

 今、私は廊下を見ていてエリオットに顔を向けてはいない。


 つい振り向いてしまいそうになったけど、もう精神的に限界だ。

 これ以上エリオットと会話はしたくない。




 ……聞こえないフリ!!!




 グッと拳を作って、そのまま止まらずに部屋を出た。

 ビトが様子を探るような目で私を見ている気がするけど、先に廊下に出ていたビトにはエリオットの言葉は聞こえていないはずだ。


 それよりも……。




 私が大きな街は不安って言ったのが嘘だって、バレてたんだ!

 だから、あんなわざとらしく私を褒めたんだ……!




 ドキドキドキ……と、不安が押し寄せてくる。

 エリオットにまた呼び寄せられたらと考えると恐ろしくて、私は足早に自分の部屋に向かった。




 でも……嘘だってわかってたのに、なんでエリオットはそこで質問をやめたの?




 そんな疑問に頭を悩ませていると、ハッとあることを思い出した。

 先ほどのイベントの結果をまだ見ていないのだ。




 エリオットの好感度を確認しなきゃ……!!

 

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