第37話 エリオットからの呼び出し


「え……? なんですって?」


「ですから、エリオット様がルカ様の件で聞きたいことがあるそうです」



 ビトからの報告を受けて、私は持っていたペンを紙の上に落としてしまった。

 インクがポタポタと垂れていて、途中まで書いてあった『ランプの魔神』の下書きが台無しになっている。


 でも、そんなことは気にならない。

 それ以上に恐ろしいことを言われてしまったのだから。




 エリオットが私を呼んでる?

 しかも、ルカ……ルーカスの件で?




 血の気が引くとは、こういうことなんだ。

 そう冷静に思えるほど、自分の体がサーーッと冷えていくのがわかる。



「エリオット様にルカ様のことを話したの……?」


「申し訳ございません。ですが、すでにディラン様から聞いていたようです」




 !!

 ディランのヤツ〜〜!! 余計なことを!




「そ、それで、エリオット様にはどこまで話したの?」


「ルカ様という名前しか知らないこと、今後一緒に孤児院を回りたいと言われたこと。この2点だけお伝えしました」


「そう……」




 ビトが知っていることは全部伝えたってことね。

 その上でエリオットが私に聞きたいことって何?




 じっくり考えていくつかの回答を用意しておきたいけど、そんな時間はなさそうだ。

 ビトが部屋のドアを開けて、さあ行きましょうと言わんばかりにこっちを見ている。




 もう! ちょっとくらい待ってよ!

 エリオットに会う前は心の準備が必要なんだから!

 



 なぜかビトが少し楽しそうに見えるのは、私の気のせいだろうか。

 急かすようにチラチラと見てくるビトの視線に耐えきれず、顔を歪ませながら渋々部屋を出る。


 私が嫌そうな顔をしていた……なんて、そんな小さなことまで報告はされないだろう。



「ビトも一緒に来るの?」


「はい。フェリシー様の付き人ですから」


「じゃあ、私が困ったときはフォローしてくれたりなんか……」


「できませんね」


「だよね……」



 一瞬の迷いもなくキッパリ断られて、むしろ清々しい。

 好感度は1番高いはずなのに、今のところその恩恵はまったく感じない。




 ディランだって好感度上がったわりにはあの態度だったし、このゲームって好感度高くなっても何も変わらないんじゃ……。




 ゾッとするほど恐ろしい自分の考えが、当たっていないことを願う。

 

 そうこうしているうちに、エリオットのいるらしい部屋の前にやってきた。

 ビトにドアを開けてもらい、ゆっくりと中に入る。



「……お呼びでしょうか。エリオット様」


「ああ。急にすまなかったな、フェリシー」



 仕事をしていたのか、エリオットがペンを置いて顔を上げる。

 あいかわらず光のない赤い瞳は、見るだけでブルッと体が震えてしまう。




 こわい、こわい、こわい!

 ずっと温厚なルーカスと会ってたから、エリオットとの対比がやばい!!

 この冷めきった瞳がこわすぎる!!




 一刻も早くこの場から逃げ出したいけど、今は足が震えていてきっと動けないだろう。

 なんとか冷静を装ってエリオットと向かい合う。



「ディランとビトから聞いたが、孤児院で男性と知り合ったそうだね。これから一緒に孤児院を回りたいと言われたとか」


「……はい」


「なぜその男性は、フェリシーと一緒に孤児院を回りたいなんて言ったのかな? もしかして、好意を持たれているとか?」


「い、いいえ。それはないです」




 ルーカス推しが私に好意を持っているなんて、そんなそんな素晴らしい!

 でも、悲しいけどそうじゃない!




「では、なぜ一緒に行こうと?」


「ボランティアをしたいけど、初めてでよくわからないから一緒に回らせてほしいと頼まれたのです」


「なぜ彼はよくわからないのにボランティアをしようとしているのかな?」


「それは……」



 ハッ!!!


 正直に答えようとした瞬間、ある事実に気づいてしまった。




 待って!?

『あの街で事業を始めるのに、何か街のためになることをしろとお父様に命令されたそうです』なんて言えなくない!?

 それ、クロスター公爵家と結びつけられちゃうかも!!




 あの街はこの辺でも比較的大きな街だ。

 あそこで事業を始められる家なんて、貴族の中でも限られているはず。


 しかも、『近いうちに事業を始める』『若くて黒髪でイケメンの男性』『父親が変に厳しい』など、ヒントも多すぎる。




 ルーカスのお父さんが気難しい人だって有名なのかはわからないけど、もしエリオットが知っていたとしたらまずい!

 調べたらすぐにバレちゃう!




「それは、その……私もわかりません。そこまで詳しくは聞きませんでした。慣れない中、ボランティアをしようとしている姿勢が素敵だなぁと思ったので……」



 少し天然なフリをして誤魔化すと、エリオットは微笑んだまま「そうか」と言った。

 穏やかな態度ですぐに納得の言葉を口にしてくれたけど、光のない赤い瞳だけは何かを疑っているようにジッと私を見つめたままだ。




 お願い! もうこれで終わりにして……!!




 どこか楽しそうな雰囲気を漂わせているエリオットは、まだ私を開放する気はないらしい。

 

 少しだけ何かを考えたあとに、エリオットがさらに笑みを深くした。

 一見満面の笑みに見えるが、目はまったくといっていいほど笑っていない。



「なるほどね。ところでフェリシー。君が絵本を孤児院に寄付しているという話は聞いたが、そもそもなぜ突然孤児院になんて行き始めたんだ?」


「え……」



 ピロン


 エリオットの質問が終わったあと、久々にあの電子音が聞こえた。

 それと同時に、目の前にパッとアンティークフレームに囲われた文字が現れる。



『【イベント発生】本音の探り合い

 どう答えますか?


 ①「自分も孤児院の出身だから」と誤魔化す

 ②「エリーゼを捜すため」と本当のことを言う

 ③「特に理由はない」と嘘をつく』




 !!!

 エリオットのイベント!?




 次のイベントはエリオットの番だったし、タイミング的にもおかしくはない。

 でも、私はそのイベント内容を見て絶句した。


 なぜなら、こんなイベントは今まで見たことがないからだ。




 何このイベント!? こんなの知らないっ!!

 即ゲームオーバーもあるエリオットのイベントなのに、どうすればいいの!?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る