第24話 次男ディラン視点
俺の妹、エリーゼが行方不明になった。
家にいて誘拐されたのか、その日街に行っていたのか、誰もエリーゼの最後の足取りを知らない。
すぐに大捜索をするよう手配を始めたが、エリオットに止められてしまった。
行方不明になったことが周りに知られると、エリーゼに在らぬ噂が立つ可能性があるから──そう言われてしまっては、名を出した捜索をするわけにはいかない。
ワトフォード公爵家を恨んでいる者に見つかっても危険だ。
俺は仕方なく、地道にエリーゼを捜し続けた。
エリーゼは優しくて気が弱いんだ……。
いったい今、どこにいるんだ?
街中を捜させているが、いまだエリーゼらしき少女の目撃情報はない。
そんな日々に苛立っているとき、エリオットがエリーゼの代わりとして田舎の孤児院から女を1人連れてきた。
ピンク色の長い髪に、赤い瞳。
特徴だけはエリーゼにそっくりだ。
あのバカエリオット!! エリーゼの身代わりだと!?
ふざけんな!!
俺は絶対に認めないぞ!!
たとえ、あのクロスター公爵家との繋がりを持つためだとしても、それだけは認められない。
エリーゼの居場所を、あんな女に渡すものか。
家に来るなり俺に笑顔を振りまき媚を売っていた女は、ある日を境にピタリと自分から姿を見せなくなった。
たしか、令嬢ごっこをした日からだ。
どんなに無視をしても罵倒しても、毎日挨拶をしに来ていたのに……。
やっと諦めたのか?
清々しいような、どこか引っかかるような変な感覚。
そんなとき、あの女がエリオットに褒美として付き人をつけてもらったこと、レオンと会話をしていたという情報が入ってきた。
あのエリオットが褒美を渡した?
あのレオンが話をしていた?
……どうなってやがる?
俺の頭はすぐにある結論に辿り着いた。
それは、あの女が俺以外の兄弟に取り入って、何か企んでいるんじゃないかという結論だ。
レオンに注意喚起したが、どう手懐けたんだかあの女の肩を持つようなことを言っていてすでに手遅れだった。
本がどうと言っていたから、あの女がレオンの好きな本を利用して近づいたのは間違いない。
……腹黒い女め。
俺だけは絶対に騙されない。
あんな女を、エリーゼの代わりになんてさせてたまるか。
そう思い、あの女に自分の身分をわからせるため料理を作らせたのだが──。
なんだ、これは。
俺の目の前には、3つの得体の知れないクッキーが並んでいる。
人の顔のように見えるが、呪われている者のようなひどく気味の悪い顔をしている。
この女の嫌がらせか!?
こんな不気味なクッキーなんか作りやがって!
そう文句を言いたいが、この気味の悪いクッキーから目をそらせない。
本当に呪いが込めてあるのではないかという疑問が頭から離れず、直接女に問いかける。
「……これは、なんだ?」
「あの。ワトフォード家のみなさまをイメージして、クッキーにしてみました」
は?
予想していなかった返答に、一瞬頭が真っ白になる。
ふざけているのかと思ったが、女の表情をみる限りどうやら本気のようだ。
しかも、どこか誇らしそうな顔までしていやがる。
冗談じゃないのか?
「……俺たちをイメージして……? これは、俺たち兄弟なのか?」
「はい。左から順番に、エリオット様、ディラン様、レオン様です」
「これが……エリオット……?」
女が言うエリオットの顔は、目と思わしきものがただの棒にしか見えない。
眉と目の部分に、ただの棒が2本ずつ並んでいる(しかも線がグダグダ)
これがあの格好つけのエリオットの顔らしい。
この……平凡で……気持ち悪い顔が……あのエリオット……だと……?
頭の中で、エリオットの顔とこのクッキーが並ぶ。
なんとも異質な組み合わせに、思わず激しく吹き出してしまった。
「ぶはっ!! はははっ……ははっ……こ、これがエリオ……はははっ」
あのエリオットが!!
こんな顔に!!!
どうにも我慢できず、女がいるのも気にせずに思いっきり笑ってしまっている。
エリーゼが行方不明になってから、こんなに笑ったのは初めてかもしれない。
は、腹いてぇ……!
エリオットだけでなく、自分やレオンの顔もなかなかにひどい。
これが嫌がらせやわざとでないなら、この女の美的センスを疑うところだ。
いや。手の器用さの問題か?
この画力でよく俺たちの顔を描こうと思ったなと、むしろ褒めてやりたくもなる。
なんなんだ、この女……アホなのか?
このクッキーをエリオット本人にも見せてやりたいが、あいつがこれに対してどんな反応をするかわからない。
本気で怒って、この女をいきなり追い出す可能性もある。
この女が出ていくのは俺にとっても望ましいことだったが、これを理由に追い出すのは気が進まないな。
自分が言い出したこと、自分がエリオットに見せたことが原因でこの女が家を追い出されたら、なんだか気分が悪い。
それではスッキリしない。
それに、レオンに近づいていたことに対する苛立ちも、この爆笑のせいで薄れてしまった。
……まあ、今回は特別に見逃してやるか。
なんとか笑いが治った俺は、何事もなかったかのように隣に立ったままの女を見上げた。
「おい。毒味として、どれか1つお前が先に食べろ」
「えっ? 食べてくださるんですか?」
「? 作らせたんだから、当然だろ?」
何言っているんだ、この女は?
俺が食べると言ったことが予想外だったのか、女は赤い瞳をさらにパッチリと見開いている。
今まで何度もこの女と話したことがあるけれど、こんなにちゃんと女の顔を見たのは初めてかもしれない。
……同じ髪色で同じ瞳の色だが、やっぱりエリーゼとは全然似てないな。
まあ、美人の類いではあるんだろうけど。
「早く食べろ」
「はっ、はい! あの、どちらを……」
「……エリオットの顔のやつ」
「はい。では、いただきます」
そう言って、女はエリオット(らしい)顔のクッキーを口に運んだ。
パキッと真っ二つに割れたエリオットの顔を見て、また吹き出しそうになったのをなんとか意地で我慢する。
そこはひと口でいけよ……!!
笑いをこらえながら、横目で女がクッキーを味わっているのを見守る。
女の後ろにいる付き人の男の肩がうっすら震えているように見えるのは、俺と同じ理由なのかもしれない。
「どうだ? 俺に食べさせられるような出来なんだろうな?」
わざとジロッと睨みつけるように問いかけると、女はパァッと顔を輝かせた。
「はいっ。とっても美味しいですっ」
「!」
初めて見た女の笑顔に、不覚にもドキッと心臓が跳ねる。
思わず女から顔をそらしてしまった。
……何考えてんだ、俺は。
一瞬でもこの女を可愛いと思ってしまった自分が悔しくて、俺は誤魔化すように自分の顔のクッキーを口に放り込んだ。
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