第9話 絵本がないなら作ればいいじゃない


「お姉さんが言ってた茶色の髪の子、連れてきたよ」


「…………」




 エリーゼ……では、ない?




 目の前に立っている茶髪の女の子は、瞳の色が茶色い。

 エリーゼなら、私や3兄弟と同じように赤い瞳のはずだ。




 ゲームの最終画面でしか見たことないけど、顔も違う……。

 いきなり最初の孤児院で見つかったかと思ったけど、そう甘くはないか。





「ありがとう。私の知ってる人がいるかなって思ったんだけど、違うみたい。わざわざ来てくれたのにごめんね」


「いえ。おもしろいお話も聞けたし、大丈夫です」



 突然わけもわからず呼び出されたというのに、茶髪の女の子はニコッと優しく微笑んでくれた。

 エリーゼでなく残念な気持ちと、彼女に対する罪悪感で複雑な心境だ。



「あなたと同じくらいの年齢で、茶色の髪の子は他にいないかな?」


「そうですね……。ここには私だけかな?」


「そっか。ありがとう」




 この孤児院にはいないのか。じゃあ、次の孤児院に……。




 帰ろうかと足を動かした瞬間、小さな子たちがガシッと私の両足にくっついてきた。

 みんな目をキラキラと輝かせながら私を見上げている。



「おねえちゃん! もっとお話しして!」

「さっきの話、もう1回聞きたい!」

「かえっちゃやだー」


「!」




 か……可愛いっ!!

 天使がこんなにたくさん……!!




「コラッ。お姉ちゃんが困っちゃうでしょ! 早く離れて」


「えぇーーっ! だってぇ!」



 茶髪の子を連れてきてくれた子が、みんなを叱りながら私の足から天使たちを引き離していく。

 私はその子に向かって気になっていることを聞いてみた。



「ねえ。ここには、さっき私が話したような物語が書いてある本はないの?」


「さっきのお話のような? ……ないですね。全部長くて難しい本ばっかりです」


「そうなんだ……」




 子ども向けの本がない?

 たまたまこの孤児院にはないってこと? それとも、この世界に存在してないのかな?




 設定の矛盾も多いこのクソゲー世界の中なら、児童書が存在してなかったとしても驚きはしない。

 実際にゲーム内容にはミリも関係していないのだから、当然といえば当然だ。




 こんなに喜んでくれるなら、他の話ももっとしてあげたいけど……私には時間がないし、この孤児院にだけ居座るわけにはいかないよね。

 どうしよう……。




「さっきのお話の本があるの? 読みたいっ」

「わたしも!」

「どこにあるの?」


「あ、えっと、本はないみたい……」



 そこまで言って、ハッとする。

 頭の中に、ある言葉が浮かんでしまったのだ。


『本がないなら作ればいいじゃない』


 そう閃いた瞬間、私は子どもたちに向かって満面の笑顔を向けていた。



「いえ! あるわ!」


「ほんとーー?」


「うん! すぐには無理だけど、今度持ってくるね」


「わーーい! やったぁ!!」




 そうだよ! 作ればいいんだ!

 薄いノートみたいなものがあれば、それに書けばいいだけだもん!




 孤児院に提供するための本を作る──これで好感度が下がるとは思えないし、特に問題はないだろう。




 本当なら著作権とかいろいろ問題ありそうだけど、ここはゲーム世界だし大丈夫だよね?

 よし。帰ったら早速作るぞ!



 


***





「さあ! 書くぞ!」



 あのあと、もう1件孤児院を回ってから帰宅した私はすぐに自室に引きこもった。

 今日はエリーゼを見つけられなかったけど、落ち込んでいるヒマはない。




 まずはシンデレラからでいいかな?

 みんな気に入ってくれてたみたいだし!




 勉強用にと用意されていた真っ白な用紙をテーブルに広げ、ペンを握る。

 パソコンがないのは不便だけど、児童書なら手書きでも問題ない気がする。




 小説みたいに文字が多いわけじゃないし、大丈夫だよね。

 あっ、どうせなら絵も描いて絵本にしちゃおうかな?




 あまり絵は得意ではないけど、きっと挿絵があったほうが子どもたちも喜ぶはずだ。



「よし。じゃあ、まずはシンデレラの絵を――……」



 綺麗な白い紙に、サラサラとペンを走らせる。

 まるで漫画家にでもなったかのような気分でとても楽しい。




 早く渡したいな〜〜。

 きっと喜んでくれるよねっ。




 おそらく、普通は丁寧に絵を描いたならもっと時間がかかるものなのだろう。

 恐ろしく早く仕上げた私は、出来上がった自分の原稿を見て歓声をあげた。



「できたっ! シンデレラ完成っ!」



 一応表紙になる部分には、『シンデレラ』というタイトルとドレス姿のシンデレラの絵が描かれている。

 頭の中のイメージとはちょっと違う気がするけど、まぁこれはこれで可愛いだろう。



「さてと……で、これをどうすれば本っぽくできるのかな?」



 たった数枚の紙。

 穴を開けて紐を通したりするのでも良さそうだけど、もっと他に適した案があるのなら聞いてみたい。




 そもそも、ワトフォード公爵家ならちゃんとした本を作ることもできそうだけど……今の私の立場じゃそんなお願いはできないしなぁ。

 マゼランも相談には乗ってくれないだろうし……。

 

 


 実際は、長男のエリオットから使用人たちに『フェリシーをエリーゼと同じように接しろ』という命令が出ている。

 冷徹なエリオットは、妹の失踪に胸を痛めてなどいないからだ。


 でも、妹想いの次男ディランは違う。

 エリーゼと同じ扱いをしないように、私に冷たくしろとメイドたちに命令しているのだ。




 そのことにエリオットも気づいてるけど、ディランを止めてはくれないんだよね。

 エリオットはほんっとに冷酷な悪魔だからなぁ……。

 うーーん……どうしよう。




「メイドには相談できない。かといって他に相談できるような人も…………あっ」



 そのとき、ゲームに登場したあるキャラクターが頭に浮かんだ。

 初老の男性で、丸いメガネをかけた優しそうな人物──図書室を管理しているジェフさんだ。


 本が大好きな三男レオンを攻略する際、よく登場する人物である。




 そうだ!

 ジェフさんなら優しいし、本に関することならきっと相談に乗ってくれるはず!




「そうと決まれば早速図書室に行こう!」




 ガタッと椅子から立ち上がった瞬間、レオンとジェフが並んでいる図が脳裏をよぎる。

 ゲーム中、何度も見た絵面だ。




 ……そうだ。図書室に行くと、高確率でレオンに会うんだった。

 今はあんまり3兄弟には会いたくないのに!



 

「ううーーん……」




 大丈夫……かな?

 レオンに会っても声をかけなきゃ好感度は下がらないんだし、会うだけなら問題ないよね?

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