第10話 初めてレオンに話しかけられました


「あった。図書室!」

 


 身代わりとしてワトフォード公爵家へやってきた私は、貴族の勉強をするために何度か図書室に来たことがある。

 綺麗に整頓された、静かでバカ広い部屋だ。

 



 この家の図書室、学校のよりも広いんだよね。

 いくらレオンが本好きだからって、こんな図書室を作っちゃうワトフォード公爵家ってすごすぎる……。




 そんなことを考えながらゆっくりと扉を開ける。

 中に入ってすぐ右にあるカウンターにいたジェフが、私に気づいてニコッと笑顔になった。



「おや。今日もお勉強ですか? フェリシー様」


「いえ。あの……今日は、ジェフさんにお願いがあってきました」


「お願い? 私にですか?」


「はい。この紙を本みたいにしたいんですけど、どうすれば良いのでしょう?」


「本?」



 自分の描いた絵本の紙をカウンターの上に載せると、ジェフがつぶらな瞳をパッチリと開けた。

 見てもいいですか? というような視線を送ってきたので、無言のままコクッと頷く。




 人に見られるのはやっぱり緊張しちゃうな……!




 ドキドキしながらその様子を見ていると、パラパラと紙をめくっていたジェフが感心したような声を出す。



「これは……フェリシー様が考えたお話ですか? すごくおもしろいですね」


「ありがとう。子ども向けのお話なの」


「なるほど。たしかに短いのにわかりやすくて読みやすいですし、子どもには特に良さそうですね」


「ええ」




 ごめん、ジェフさん!!

 めちゃくちゃ褒めてくれてるけど、この話を考えたのは私じゃないんです!!

 面倒なことになるから、私が考えたってことにしちゃうけど!!

 



 ジェフの言葉をニコニコ笑顔で聞きながら、心の中で思いっきり謝罪する。

 すると、今度は少し気まずそうにジェフの顔が歪んだ。



「ところで、この絵なのですが……」


「あっ。それも私が描きました」


「あ、そうです……か。あの、この丸いのは……」


「ネズミです。馬に変身する前の」


「ネズミ……ですか。なるほど」


「?」



 さっきまでベタ褒めしてくれていたジェフが、なぜかモゴモゴと口ごもっている。

 まるで解析不可能な問題でも解いているかのような顔をしたジェフに、絵の感想を聞こうとしたとき……急に背後から人が現れた。



「!?!?」



 スッと音もなく現れたその人物は、三男のレオンだ。

 ジェフは慣れているのか、レオンが突然来たことにまったく驚いていない。




 ビッ、ビックリしたぁ――――っ!!!

 レオン。やっぱりいたのね!




 ピロン


 軽快な音とともに、目の前に文字が現れる。


『選んでください。


 ①こんにちは

 ②何やってるの?

 ③無視』




 わっ、めずらしい! 選択肢に無視があるっ!




 迷わず③に触れると、スゥッと文字が消えた。

 きっとこれで好感度が1%上がっているはずだ。




 こんなので1%上がるなら、むしろもっとレオンに会って好感度を上げていったほうがいいんじゃないかな?

 もしもの保険のために……。



 

 そんなことを考えながら、チラリとレオンに視線を向ける。

 私たちの話が聞こえていたのか、レオンは私の書いた『シンデレラ』を真剣な顔で読んでいる。




 まさかレオンにも読まれるとは……。

 本当に本が好きなんだなぁ。自分から私のいるところに来るなんて……。




 全部読み終わったらしいレオンが、紙を持ったまま顔をこちらに向けた。

 身長がほぼ変わらないため、顔がすぐ目の前にある。

 美少年すぎるその顔に圧倒されそうになったとき、レオンが口を開いた。



「これ、あんたが考えたの?」


「……え?」


「…………」


「…………」



 あまりのことに驚きすぎて、ポカンと口を開けたまま固まってしまった。

 だって、今までレオンから話しかけられたことなんてゲーム内でも1度もないからだ。




 レオンが……喋った!?!?




 これにはさすがのジェフも驚いたらしい。

 目を丸くして私とレオンを交互に見ている。




 あのレオンが話しかけてくるなんて、どういうこと!?

 あっ、でもこれも無視しなきゃいけないんだよね!?




「…………」


「…………」




 誰も声を出さないシーーンとした空気の中、私はただただジッと見つめてくる美少年を見つめ返していた。

 



 ……気まずい!! 気まずすぎる!!!

 でも、これが正解なんだよね? 早く終わってこの空気!!




 居た堪れない気持ちに悶えていると、レオンの大きな目が不快そうに細められた。



「ねえ。質問に答えてくれない?」


「!」




 無視しちゃダメだった!!!




 一瞬で自分の過ちに気づいた私は、慌ててさっきの質問に答える。

 内心、本当に答えていいのかの不安がまだ残っているけど。



「あの、はい。私が考えました」


「ふーーん……。他にも何か書くの?」


「は、はい。できるなら、もっとたくさん書きたいと思ってます」


「たくさん……」



 少し不快そうな顔になったとき以外、レオンの表情は変わらない。

 喜怒哀楽がまったく伝わってこないし、どんな感情なのか何を考えているのかさっぱりわからない。



 

 これが無気力系男子ってやつか……。感情的なディランとは正反対ね。

 それにしても、あのレオンと普通に会話をする日がくるなんて。

 本の話題だから?




 レオンは少し黙ったあとに、ジェフに視線を向けた。



「これ、ちゃんとした本にしておいて」


「かしこまりました」




 えっ? 




「あと、この絵は違う人に描かせて」


「かしこまりました」




 ん!? 今、さらっと絵をディスられた!?




 ジェフとの会話はそれで終了なのか、レオンの視線がまた私に移った。

 超絶美少年のレオンとは、目が合うだけでガンッと脳内に衝撃が走る。



「次から、新しいの書いたら1番に俺のところに持ってきて」


「えっ? あっ、は、はいっ!」



 私の返事を聞くなり、レオンは表情を変えないまま図書室の奥へと歩いていった。

 無駄な会話は一切しないところが、なんともレオンらしい。




 よくわからないけど、私の書いたものをちゃんとした本にしてくれるってことだよね?

 ……すごい! 孤児院の子どもたちも喜んでくれるはず!!

 何冊か作ってもらえたら、それを持ってまた孤児院を巡ってみよう!




 ジェフにお礼を伝え、図書室を出る。

 廊下に出た瞬間、私は空中に浮いている本のマークに触れた。


『好感度


 エリオット……8%

 ディラン……11%

 レオン……15%』




 レオン15%!?!?

 すごい!! 2%も上がってる!!

 なんでだろう? レオンの大好きな物語を読ませたから?




 理由はわからないけど、好感度が上がっているのはなんとも嬉しいことだ。




 この調子なら、レオンの好感度をどんどん上げていけるかも!

 保険としてレオンの攻略を狙っていくのもありかもしれない!

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