第2話 葵≪あおい≫姫

「引っ越しが済み次第、国王陛下のご家族と顔合わせの会食をしていただきます」


 一方的に宣言すると、瓜生さんが引越しなど今後の段取りをてきぱきと説明する。自分の意向を抜きにして、どんどん話が進んでいってしまう。


 言われるがままに、週末に荷物をまとめて引越しを終えると、荷物を解く暇もなく、その晩は王様ご一家との会食に臨むことになっていた。


 案内された宮廷内の晩餐室は、映画に出てくるような、長いテーブルのある豪華な部屋だった。


 着席して待っていると、TVでしか見たことのない雲上人が三名、国王陛下と妃殿下、そしてその姫様の葵姫が入室し、俺の向かい側に着席した。


「は、初めまして、綾小路翔太と申します。都の西北大学の三年生です」

 俺の直立不動の自己紹介を受けて、厳かに国王陛下が口を開いた。


「うむ、話は聞いているよね。君は、私の後継者候補、ということだ」


「は、はい、でも、今でも、とても信じられません」


 着席を促されると、豪華な晩餐が運ばれてきた。

「まずは召し上がれ、食事をしながら話をしましょう」

 

 ゆったりと食事を召し上がられながら、陛下が俺に語り掛けてきた。こちらは緊張のあまり食事の味などさっぱりわからない。


「立憲君主制である我が国において、国の象徴である我々王家のありようも、国の法に従わねばならない。それは分かるよね」


「は、はい、それは」


「法律が改正にならない限り、王位継承権第一位は弟の宮だが、彼は私と五歳違い、私の退位後の高齢での即位では十分に公務が務まるとは思えない。その時はあなたが皇太子として彼の補佐をし、やがては跡を継いで即位という流れになるのだろう。お互い好むと好まざるとにかかわらずあなたは私の後継者だ。どうかよろしく頼む」


 さすが王様、穏やかな口調なのに、圧が凄い。とても嫌ですなどと言える雰囲気ではない。

 よく意味も分からないまま、陛下のお言葉に相槌を打ち続け、長い晩餐の時間がようやく終わった。


「ああ、これで私も少し肩の荷が下りた。今宵は葵姫にそいぶしさせる。よろしくお願いする」

 緊張の時間が終わりほっとした俺は、意味も分からず

「こ、こちらこそ、よろしくお願いします」と返事をしてしまった。


「それでは、あとは冴島が面倒を見てくれる手はずになっているから」

恭しく陛下ご夫妻が、まだ一言も話をしていない姫様一人を残して退出した。


ところで「そいぶしをさせる」ってどういうこと?テーブルの下でスマホを取り出してググってみたら、


「添伏(そいぶし):東宮や皇子などの元服の夜に、公卿などの少女を傍に添寝させたこと、またその少女」


 なんですと!


 国王陛下ご夫妻と入れ替わりに、いつの間にか冴島さんが部屋に入ってきていた。


「それではお部屋にご案内します」

 

 案内されたのは、王宮内の来賓用の客間と思しき豪華な部屋だった。姫様はというと、やはり一言も発せずに、俺のことを顧みもせずに部屋に入っていく。


「まずは翔太様から、ご入浴をお願いいたします」

 有無を言わさず浴室に案内された俺は、冷や汗で湿った衣服を脱ぎ、湯船で手足を伸ばした。

 今晩はこれからどうなってしまうのだろうか。姫様に迫られ、早速そういうことになってしまうのだろうか。それでいいのか!?

 

 考えがまとまらぬまま風呂から上がると、俺の衣服はなく、代わりに純白の絹の浴衣が用意されていた。下着までなくなっていたので、やむなく素肌に浴衣を纏って部屋に戻った。


やがて入れ替わりに浴室に向かった葵姫が湯あみを終え、自分と同じ白い浴衣を纏っいて部屋に戻って来た。


「それでは、姫様」

冴島に促され、彼女は無言でセミダブルのベッドで仰向けになられた。


「もう少し、膝を立てて、足をお開きになって、それでようございます。それでは、翔太さま、よろしくお願いいたします」


冴島さんは恭≪うやうや≫しく頭を下げて、俺を促した。


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