第1話 王室典範

「突然ですが、あなた様は我が国の王位継承権を持っておられます」


「え!? 冗談でしょ」


「あなた様には、わが国の将来の国王候補として、王室庁で帝王教育を受けていただくことになります」


「でも、王様には一人娘の姫様がいらっしゃるじゃないですか。跡継ぎは姫様ではだめなんですか」


「はい、『王位は世襲、継承順位は国会で定める王室典範による』と憲法で定められています。その王室典範に寄れば、王位継承は男系の男子のみ、従い現在の王室で王位継承権をお持ちの方は現国王の弟君のみということになります」


「その弟君にも姫様が四人もいらっしゃいますよね。王位も継げずに、陛下や弟殿下の姫様たちはどうなってしまうのですか?」


「独身のうちは王族の一員として陛下のご公務の補佐をなさりますが、ご結婚されると王室から離れて一般人になられることになります。もし男のお子様が生まれても、女系の男子には王位継承権はありません」


「ということは、このままでは後継者がいなくなり、王家は途絶えてしまうということ?」


「さようでございます。国王は62歳、皇太子の弟君も57歳、姫様たちもそろそろ結婚適齢期、お世継ぎのこれからのことを真剣に考えねばならない時期が来ています」


「それは分かったけど、でも、俺、王室には縁もゆかりもない平民ですけど」


「あなた様のひいおじい様のおじい様は国王であらせられました」


「え、そうなの? そういえばうちは由緒正しき家系なんだって、死んだじいちゃんから聞いたことがあるけど… でも、それって、メイジ維新の前の、 武士政権が幕府を開いていた時代の話ですよね」


「はい、あなた様は五代前の王様の直系の子孫、それでも現在の王位継承資格者の中では一番血縁的に現在の王様に近いお方ということになります」


「五世の孫って、もうほとんど他人ですよね」


「前例はございます。第26代のケータイ王は第15代のオージン王の五世の孫であらせられました」


「それって今から1500年以上前の話ですよね。それよりも、英国みたいに女王様を認めるとか、女系の男子でも王位を継承できとるか、法律を変えた方がいいのではないですか」


「そのような意見もある一方で、現在の王位継承ルールは、わが国2600年の歴史と伝統に基づいており、安易に変えてよいものではないという意見の方もおられます。世論をまとめ、国会を動して法律を改正する気骨のある政治家が今のこの国におりますでしょうか。批判や失脚を恐れ、王室典範改正は先送りにされ続けているのが現状でございます。王室庁としては、もう傍観者でいるわけには参りません」


「でも、それにしたって、突然俺が皇太子なんて、それこそ世論が納得するわけがないじゃないですか」


「あなた様には陛下と弟陛下の親王様のうちのどなたかと結婚していただきます。これが極秘に行われた有識者会議での結論でございます」


「で、私にどうしろと?」


「あなた様は都の西北にある大学三年生。大学はこのまま卒業していただくが、就職活動は不要。王室庁に入庁していただくことになります。住まいも、直ちに王宮内にある王室庁の社宅に引っ越していただきます」


「入庁して、何をするんですか?」


「まずは『将来王様になるための帝王教育』を受けていただきます」


「だから、そんなの、無理だって!」


「姫様たちは幼い頃から帝王教育を受けておられますので、言いなりになっていればなんとかご公務は務まると存じます。そんなことより、なんといっても最大の仕事は、世継ぎの御子をもうけ、今後の王位継承を盤石とすること。2600年、154代に渡り脈々と続く王家を途絶えさせないことこそが、あなた様の最大の使命でございます」


「それって、俺は種馬ってことですか」


「まあ、ありていに言えばそういうことです。もう失敗は許されない状況ですので、妊娠を確認した上での結婚が望ましい。姫様たちと自由に会うことができる環境を用意します。お手付きをしていただいても一向にかまいません」


「いやいやいや、そんな、畏れ多い、絶対に無理だって」


「昨日試させていただきましたが、あなた様は見え見えの誘惑にも簡単に引っかかる好色で性欲旺盛なお方」


うっ、それを言われると弱い。


「身体の方もいたって健康、昨日採取させていただいた精液を検査させていただきましたが、こちらの方も申し分なし。何人かおられる五世のお孫様の中でも断トツで王様の素質ありと判断させていただいた次第でございます」


「それでは、まずは引っ越しの準備を。引越しが済み次第、国王陛下のご家族と顔合わせの会食をしていただきます」




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