第46話:木簡竹簡紙・大作戦
朝の爽やかな風が、蓮月殿を通る。その風は、
豊「…。いい匂い…。おはよう。蝶のおねーちゃん」
蝶姫「おはよう。あなた」
豊「…。もしかして、夕べ、ボクはあのまま・・・。泣いたまま寝ちゃったのかな?」
蝶姫「ええ、そうよ」
豊は、「ありがとう」と言うべきか、「ごめんね」と言うべきか、迷った。
蝶姫「大丈夫」
それを聞いた豊は、素直に「ありがとう」と蝶姫に言えた。
朝の風は清らかで気持ちがいい。
蝶姫はその清らかな風を見つめ、こう話し始める。
蝶姫「あなた?あなたのお母様は、髪は黒くて長く、そして
と、豊の母の容姿について、次々と聞き始めた。
蝶姫「…という感じのお姿だったのかしら?」
豊はその蝶姫の言葉を聞いてビックリした。蝶姫が尋ねてきた容姿は、まさに母そのものであったのだ。
豊「そうだよ!蝶のおねーちゃん?ボクの母上に会った事があるの?」
蝶姫は、迷った。どう答えるべきか。そして、一度蓮月殿の前に広がる湖の方を見て、答える。
蝶姫「そうね…。生前にお会いした事はないわ…」
豊も蝶姫が見つめる先を見てみる。
蝶姫「…。(この土地が清らかで守られているのは、“あなた”のおかげなのね…)」
再び爽やかな風が蓮月殿を通り抜ける。
豊「今日も、風が気持ちいいね~。心地いいね~」
蝶姫「ふふ。そうね」
すると女中の
豊が愛奈に「一緒に朝ごはんを食べようよ?」と誘うと、愛奈は「こ、このあとお洗濯がございますから…。し、失礼します」と、また顔を赤くして走り去って行った。
豊「愛奈のおねーちゃん、いつも忙しいのかな~?お顔が真っ赤になるくらいに、すんごい勢いで次のお仕事に走って行ったよね。…。休憩時間とか、ちゃんとあるんだろうか?今度、女中長に話を聞いてみよう」
蝶姫「ふふふ」
とだけ言ってみる。
朝食を済ませると、昨日の朝議で託された任務を遂行しようと、頭の中を整理し始める。
豊「“
蝶姫「あなた。おひとりで楽しそうね」
豊「にゃふん!?(まただ。勝手になんか変に反応して、勝手に言葉が…。みおみおちゃん、ヘルプみーお)」
こうして、小さな少年の野望が進んでいく。
豊「蝶のおねーちゃん、コパンとクマ吉のところに行くよ!ゆっくりでいいから、支度してねっ」
蝶姫「うふふふ。
豊「…。ほ、ほら、なんて言うかさ、女性はその…。支度にお時間が必要じゃん…?その…お化粧とか、髪をとかしたり、髪を結んだり、服を選んだり…、今日身に着ける装身具を選んだりとか…さ。なんか色々とあるじゃん。姉上にいつも待たされるもん。(…。しかも、『どっちが似合う?』と聞かれて、『こっちが似合う』と答えると、その反対を選ぶし…。『両方とも似合うよ』というと、ルンルンしながら、でも別のを選ぶし…。どういうアレなんだろう…。オトナになれば分かるものだろうか…?自信はない…)」
蝶姫「なら、あなた?私にそれが今必要に見えるのかしら?」
豊は蝶姫を上から下まで見て、また下から上を見上げる。美しい。実に美しい。そして、しばらく見惚れる。
豊「キレイだぁ…。美しぃ…」
と思わず心の声が出た。
蝶姫「ならば、よろしくって?」
豊は、首を縦に振る。そして、
「いつ、朝の支度をしているんだろうか?よく、『旦那さまが起きる前に起きて支度し、旦那さまが寝てから寝るべし』みたいな変な昔の風習が近隣でもあるって聞くけど…。そんな事をさせたくはないからな~、ボクは」
と思い、ぶつぶつと口からその言葉が洩れていた。
蝶姫「私なら、大丈夫よ。あなた」
豊「蝶のおねーちゃんが大丈夫ならいいけど。無理はしちゃダメだからね~(あれ?ボク、口に出てしまっていたのかな?心をまた読まれた?)」
蝶姫は、首を縦に振る。2回。
蝶姫と豊は、ブロンに乗せてもらい、今日も平和な街を通り、北門を目指した。
豊「今日もコパンとクマ吉は、北門付近にいるのかな~?会えるのが楽しみだっ」
すると、北門の先に居るコパンとクマ吉がこちらに気づき、手招きをしていた。
豊は「わぁ~い。コパン、クマ吉~」と喜び、馬から降りて、走って行った。そして、再会を喜ぶ…。
豊「久しぶり~、元気だった~?」
コパン「ミャーっ、ミャーっ(訳:昨日会ったばかりじゃん)」
クマ吉「ニャー、ニャー。ニャっ?(訳:ちまきを届けたじゃん、昨日。わすれたの?)」
豊「にゃふん。そうだった…。昨日会ったね。ちまき、美味しかったよ。ありがとうね」
そのやり取りを見た蝶姫は、「このヒトの子は、本当にパンダ族とクマ族の子達と仲が良いのね」と、改めて思った。
豊「そうそう、木簡・竹簡・紙についての話なんだけどね…」
すると、大きな体が、“ぬんっ”と出して来た。
クマ吉の母「モウっ、モウっ。モウ~っ(訳:こちらで話しましょ。色々とお話があるんでしょう?聞くわよ)」
蝶姫「…。(近くで見ると、本当にデカいのね。このモフモフ…)」
コパンの母「メェっ、メェっ(訳:おはよう。例のお話かしら?)
豊「クマ吉のお母さん、コパンのお母さん、おはようございます」
クマ吉の母とコパンの母は、豊に
豊「今日は、以前ご相談していた木簡・竹簡・紙の製造と販売を、国を挙げて取り組む事になったんだ。この前作ってもらった、良質な品と、誰でも気軽に買える安価なものの2種類ずつ作るの。特に、紙の製造を中心にしたいんだ。姉上が『これからの時代は、紙よっ』って言っていたんだ。そこで、工場を作り、商品を保管する場所を設けて、さらには販売する場所を作って…。!?って、あそこに見える建物は、なに?なに?」
クマ吉の母「あれは、木簡・竹簡・紙の販売所。そのすぐ裏にあるのは倉庫。つまり保管する場所よ。そして、その後ろにあるのが作業場。つまり工場よ」
豊「にゃんと!?。(そうだった…。クマ吉のお母さんは、“クマ・パンダ案件”でも見せていたっけ?その才の高さを…。仕事が出来るヒト…、ちがった、仕事が出来るクマさんだった…。さすが…)」
クマ吉の母と、コパンの母は、「こっちに来て、見てみて」と言う感じに豊と蝶姫を誘導する。
豊「うわっ~。すごいねぇ~」
と、予想以上に大きい工場にビックリした。
豊「ここの責任者は誰になるの?」
クマ吉の母「モウっ、モウっ。モウ(訳:工場の責任者は、私。販売・流通の責任者は、コパンのママよ。そして、総責任者は、私なの)」
豊「おぉ~。段取りが凄い…。そして、既に作り始めている…。こっち側の竹林・森林の土地は、パンダさん、クマさんが管理する土地、つまりパンダ・クマの領地だから、自由に使っていいんだけれど…。その…、今回の製造は…、その~、ヒト族が…使いたくって…、何ていうか…」
クマ吉の母「モウ!モウモウッ。モウ~っ(訳:もう!心配しちゃって~。大丈夫。私たちが作り、それを国に納めるわ。ヒト族の国家事業なんでしょう?あなたの為に動いているのよ!そして、ここで販売をするのは、国から認定を受けてからよ。正規品を販売したり、訳アリ商品、つまり失敗作や規格外のものを扱う予定。あと、もし新しい種類の紙とかが作れるようになったら、勝手に販売をせずに、まずはあなたに相談するわね。その辺のヒト族の社会については、学んでいるから、察しているわよ)」
豊「おぉ~。めちゃ出来るクマさんだ~。そこで質問なんだけれども、生産の9割を紙にして、残りの1割で木簡・竹簡を作るとした場合、どのくらいの期間で、どのくらいの量がそれぞれ出来るの?あと、倉庫でどのくらいの量を保管できるの?大量に生産していく場合、価格帯をどのくらいにすれば、損益が分岐するの?あとあと~」
と、小さなヒトの子は、続けて色々と質問をした。
そして、クマ吉の母と、コパンの母は、豊のそれぞれの質問に丁寧に答えた。おそらく、その手の質問がされると見越して、念入りに下調べをしていてくれた様だった。
結果、全てクマ吉の母と、コパンの母に任せれば、安定して、必要な分を容易に用意できると分かった。そして、作り手側にも十分に利益が出る事も分かった。さらに、ヒト族の協力も必要だと知った。ヒト族を雇い、賃金を払い、製造過程の細かい作業や、販売や流通面において、対人面で必要になる…と。確かにクマやパンダが近隣諸国に売りに行くのは色々と都合がよろしくはない。でも、それはそれで面白いかも…などと豊は思った。
豊「ありがとう~。じゃあ、今から姉上に伝えてくるね~」
クマ吉の母「モウっ、モツッ(訳:ちょっと待って。ねぇねぇ、あそこにいらっしゃるお
豊「えっ?あぁ、蝶のおねーちゃんの事?蝶のおねーちゃんだよ。ボクの大切な人だよ~」
と、話しの流れでうっかり口を滑らせて、顔が赤くなる。。
クマ吉の母「モウっ!モウモウ~っ(訳:もう!すごいのね…。やはり、あの
と、話そうとしたが、蝶姫からの視線を感じ、それを読み取り、話しをやめた。
コパンの母「メェっ、メエっメェ~(訳:やるじゃない。見直したわっ。うちの子も、ああいう風なステキなオトナになればいいのだけれども…)」
豊「えっ。どういう事?」
と、ふとコパンを見た。
コパンは、クマ吉と仲良く手をつないでいた。
豊「えっ!ひょっとして…。もしかして、コパンって、女の子なの??」
コパンは、コクンと首を縦に振った。
豊「えぇー。ごめんよー。君の事、コパン君とか呼んでいたよね?むかし」
コパン「ミャーっ、ミャー(訳:ボクは女の子だよ。命名してくれたのはキミだから、『コパン君』って呼んでもらってもいいよ。でもいつもの『コパン』の方がお互いにしっくりくるんじゃないかな?ボク、気に入っているよ、この名前を)」
豊「たしカニ。そうカモ…(あれ?またみおみおちゃん語が…)」
豊「そっか~、だから、ふたり、めっちゃ仲良しさんなんだねぇ~」
コパン&クマ吉「ミャーっ。ニャーっ(訳:ちがうでしょ。『ふたり』じゃなくって、ボクら『3人』でしょ?)」
豊「そうだった…。てへ。これからもよろしくね~。じゃあ、姉上に報告してくる~」
豊と蝶姫は、彼らもふもふ族にお礼とお別れの挨拶をして、その場から離れた。
待たせていたブロンが「ぶるる~っ」と鳴く。
蝶姫は、いつの間にか、あのハチミツの飴を買って舐めていたようで、ハチミツの甘い匂いがしてくる。
蝶姫「あなたも、この飴、いる?」
豊「うん。それ美味しいもん。1つ欲しいなぁ~」
蝶姫「じゃあ、ちょうどいいのをあげる」
と言い、いきなり豊にキスをして、蝶姫が舐めていた飴を豊の口に舌で押し込んだ。舌が絡み合う。
蝶姫「ねっ、美味しいでしょう?」
ふわんふわんとした心地で、
豊「う、うん。いと、うまし。とろけ~る」
と、夢うつつで答え、豊も溶け始めていた。
そして、しばらくの間、ぽわんぽわんとしている豊。
蝶姫は、先ほどのコパンとクマ吉の仲の良さを見て、刺激を受けたのか、私たちも仲が良いのを見せつけたかったのか、そういう事を急に豊とまたしたくなったのか…、その動機は本人ですら分からなかった。でも、蝶姫も豊もそれぞれ動悸が激しくなったのを感じた。
ドキドキ。ドキドキ。
生きているのだから、やはりドキドキはする。
でも、こういう時のドキドキはまた格別なドキドキだ。
ブロンが、「ひひ~ん(訳:おい、てめぇら、さっさといくぞ!)」と荒っぽく蝶姫と豊に声をかけたように思えた。
政務殿に顔を出してみると、そこで大姉は執務していた。
大姉に声をかけ、少し時間を割いてもらって、豊は先ほどの“木簡竹簡紙・大作戦”について報告をした。姉はいくつか弟に質問し、弟はそれぞれ的確に答えた。そして、姉は良く頑張った弟を抱きしめて、頭をなでなでし、よしよしをしてあげた。喜ぶ幼き弟。そんなやり取りを見ていた、蝶姫を含めた周りの大人達は、微笑ましく思い、見守っていた。
大姉「すごいわね。昨日、朝議で話が上がり、そして今日これほどの成果を出すだなんて!素晴らしいわ!有難い事に、パンダ・クマ族の皆さんも、よく気を回して先に動いてくれたのね。あとでお礼をしないといけないわね。彼らが損しないように、利益もちゃんと計算した上で値段を決めないといけないわね。そういうのは、律香が得意だから、律香と話をしてきて。豊、あなたには、本案件の総監督として、ヒト側と、クマ・パンダ側の連絡窓口をお願い。そして、全体の状況を見てね。でも、個別の作業や指示は、これから決めていくそれぞれの責任者と担当者に任せるのよ」
豊「うん。わかった、姉上っ」
こうして二人の楽しそうなやり取りが終わった。
次に、近くに伯母上である杏寧妃がいたので、『道路整備』について尋ねてみる。まだ担当者を選出している段階だから、計画に入る際にまた伯母上から声をかけてくれる事で今日は話が終わった。そして、よく頑張っている亡き妹の忘れ形見をやさしく抱いて、褒めてあげる。
この二人も幸せいっぱいの顔をしていた。
今度は、反対側に小姉も居たので、『木簡・竹簡・紙』の価格設定と、『道路法』とその罰則の部分について、豊は相談を始める。小姉は弟に対して一定の評価している事もあり、会話はスムースに終わった。
そして、豊が、「律香お姉ちゃん、ありがとう!いつも方向性を示してくれて、頼りになる!」と言うと、小姉は顔を少し赤くして、不器用ながらその姉も弟をやさしく抱いてあげ、その才を称え、その労を労った。
小姉「久しぶりかもね。こうしてあげるの…」
豊「うん…」
小姉「赤ちゃんの時以来かも…」
豊「えっ。だいぶ昔じゃん!?」
小姉「たったの4年くらい前でしょ?」
豊「えぇ~、大昔じゃん。ボク記憶ないし」
小姉「だって、あなたはいつも私を嫌がり、姉上か母上ばかりにべったりだったんですもの…」
豊「…。なんか、すんまへん…」
普段あまり見ないその二人のやり取りに、まわりの者達もほっこりと見守る。
優しく抱く姉だが、
小姉「で、兵法書は読んでいるの?帝都から帰って来てから読むという約束でしょ?」
と、いつもの小うるさい姉に戻った。
豊「う、うん。ば、ばっちぐーな仕上がりだ…よ」
小姉「で?どの辺りを読んでいるの?」
豊はまったく兵法書を読んでいなかった。でも昨日、香織が話してくれた『韓信の背水の陣』が頭をよぎったので、
豊「は、背水の陣だよ」
と、答える。
小姉「背水の陣?間違いないの?」
豊「う、うん。み、見事な戦略的布陣で…。兵士に檄を飛ばし…、鼓舞し…。絶対絶命の立ち位置からの勝利」
小姉「…。わたしのその兵法書には、背水の陣は書かれていないわよ…」
弟は、絶体絶命の立ち位置のまま、その背にあった激流に突き落とされた…。
豊「窮鼠、猫にとどめをさされたっ…。
すると、その反応と返答が面白かったのか、
小姉「まあ、いいわ。ゆっくりで。今は色々と任務があるのでしょう?そちらを優先なさい」
と、少し柔らかい対応をした。
そう、まるで昨日の亡き母の話を、小姉も思い出したかのように…。
小姉「ところで、四面楚歌の由来は知っているの?」
豊は知らなかったので、大姉や杏寧妃など、まわりの大人に助けを求める視線を送るが、誰も相手にしなかった…。まさに文字通り四面楚歌であった。
小姉「なら、今度香織から聞く事ね。ふふ」
その二番目の姉は何だかいつもより楽しそうな雰囲気で話した。
そして、もう一度、忙しい大姉の様子を見て、話しかけられる機会を伺い、その時に『陳述箱』は、街の人達が“安価な木簡・竹簡・紙”を気軽に入手できるようになってからの設置でよいかを改めて確認をし、お互いそれで合意を形成したのであった。
『九品中正制度』については、杏寧妃の所に香織が訪ねて来て、さっそくその話を進めている様子だった。
こうして、大姉の京国は今日も平和的に良い政治が行われていくのであった。
さすがに5歳の男の子は疲れたようで、ふらふらしていた。それとも蝶姫のあの甘い“媚薬”が効いたのか、その小さなヒトの子は、蝶姫にべったりとくっついて来た。蝶姫はその愛おしいヒトの子を大事に抱き上げて、大切な宝物を守るように、その場を離れ蓮月殿へと帰っていったのであった。もちろん、そのヒトの子は、スヤスヤといつも通りに蝶姫の胸で幸せそうに眠るのであった。
どうやら蝶姫は“絶妙なタイミングで豊を抱き寄せる”能力を身に着けたようだった。
蝶姫「よく頑張りましたね。よしよし」
と、蝶姫もその胸で眠る豊の頭をなでてみた。
蝶姫「うふふ。いい感じかも」
後宮に広がる湖から、今も清らかで“あたたかい”風が吹いてくる。
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