第45話:母と子の、絆と涙
三日月は再び顔を出し、蓮月殿を少し照らしてくれた。
蝶の姫は、あえて再び月を見上げようとはしなかった。
古酒をしっとりと飲む一番上の姉・
古酒を豪快に飲み干す三番目の姉・
その二人の酔っぱらった姉に、もみくちゃにされ、甘く絡まれる弟・
それを見守る蝶姫と三日月。
ふと、
豊「姉上…、その…。母上が亡くなった時の話と、父上の話を聞きたいな…」
と、その日の日中に想い出して大泣きをした亡き母の話を聞きたいと姉にお願いをした。
大姉「…。いいわよ…。あなたは今よりも小さかった時だから、あまり覚えていないと思うし…」
香織「…。姉上…」
大姉「5歳のあなたには、少しキツイお話になるかもよ。それでもいいの?」
豊は、ごくりとツバを飲み込んでから、首を縦に振って、お願いをする。
そうして、母・政華の死と、父・民民の出奔の話を始める。
=====
今から2~3年前。つまり、京国が国として成り立って十数年ほど経った頃の話。
初代国王・
一方、初代王妃・
父・民民はこの地の皆が認めた統治者であり、母・政華はこの地の皆が崇める女神や天女のような神がかったありがたい存在となっていたのであった。
出来上がったばかりの
あの日も、いつものように政華は子供5人を連れて街で買い物をしていた。北門に近い店を見て回っていた頃であった。
突然、「きゃぁー」、「うわぁ~」という民の悲鳴が聞こえた。
その只事ではない声がする方を振り向く。すると、20名ほどの盗賊が刀を振り回し、街の民を斬っては金品を奪っていた。初めてこの国で起こった盗賊の襲撃に、平和ボケした街の人々は逃げ惑った。
政華は、長女・京香に、「妹たちと弟をお願いね」とやさしく声をかけた上で、香織には「準備はよいな」と聞く。
香織は、「はい、母上」と答える。
政華「皆の者、落ち着け!まずは近くの店や家に入れ!怪我人がいれば、数名で助けて、建物の中に入れ!腕に自信があるものは手に武器をとり、自分の命を優先とし、防衛に回れ!決して一人で賊に立ち向かうな!」
と、声高々に檄を飛ばす。
街の人々は、「はい!」と一様に冷静さを取り戻し、みな避難をする。
賊「おいおい。綺麗なお嬢さん…。ん?子連れか?なら、母親かよ…。ちっ。上玉なのに、キズもんかよ。でも、それでも十分にまだまだイケるぜっ」
その無礼な発言をした男を政華は剣で迷わずに斬り捨てた。
それを家や店のまどから見ていた人々は、「おおぉ」と声をあげた。
政華「甘いわ。
賊「貴族風情のお嬢さまさんよ~。オレら全員相手に出来るんかよ。夜の相手でもいいんだぜ、別によぉ~」
香織「無礼なっ!」
するとすぐに賊達は、束となって政華たち家族に襲い掛かってきた。
香織は一人ひとり槍で確実に突き刺す。その隣で、政華は、春の桜の花びらが舞い上がるかのように美しい剣技で、賊を次々に倒していく。
その華麗な姿に街の人々は「おおおおおぉ!」とさらに声を上げた。
残ったのは5人。2人はその恐ろしさから逃げ出したが、政華は弓で2人を射る。さらに震えあがった3人は土下座をして、命乞いする。
賊「も、もう悪さはしねぇ。お縄につく。武器もこうして捨てた。どうか、どうか命だけは…」
ちょうど、遅れて来た街の警備兵10名が到着したので、あとの処理を任せた。そして、子供たちを心配し、子供たちの方を振り向く。
京香と律香は凛とした姿勢で剣を持ち、弟たちを守っていたが、幼い弟たちは泣いていた。
母は、その弟たちをやさしく抱きしめてあげて、「もう、大丈夫よ」と言ってあげた。
それを見た京香と律香は、近くで倒れた街の人々の怪我の手当てなどを始めた。
こうして街に平和が戻った時に、再び「うわぁっ!」、「きゃっ!」と声が街に響く。
一人の賊が母の背中に剣を刺したのであった。
それを見た弟たちは再び大泣きをする。
政華「大丈夫よ…」
と言い、2人の涙をそれぞれ拭ってあげる。
そして母は振り返り、手にしていた剣で、その者を真っ二つに切り裂く。残った2人も自分の手で始末しようとしたが、そこで力尽きて、倒れてしまった。
「母上~っ」、「お母様!!」
子供たちは倒れた母の元に駆け寄り、泣きつく。どうしたら良いか変わらない弟たちの横で、京香と律香は必死に母の止血と傷口の手当てをした。
街の人々と警備兵はこの状況に
宮廷で政華の容態を診た
大医「応急処置が良かったので王妃さまがご存命であらせられます。しかし、医師からの視点で言えば、もうご逝去されていてもおかしくはない状態なのです。今の様に少し意識があり、お話が出来る状況は、まさに奇跡としか言いようがありません…。ですが、そう長くはありません…。もって今夜まで…。いや、むしろあと一刻、もつかどうか…」
と2人に説明をし、礼をして退室しようとした。
京香「なにか、なにか母上様に飲ませられる薬や、塗れる薬などはないのですか?」
と尋ねる。
大医は首を横に振り、
「わたしは帝都で長年色々な方々の治療をしてきました…。そして戦地から戻られた皇族方の処置もしてまいりました…。王妃さまのあのお怪我…、今の状態は、もう手遅れなのです…。たとえ、名医華佗であっても…」
と、その大医は再び2人に深々と礼をしてから退室していった。
幼い弟たちは、母のそばから離れず、手を握り、母と何かゆっくり静かに話をしている。
京香と律香は顔を合わせて、良薬を作れないかと、薬剤室へと向かった。その場に居た薬師に聞いても、「一般的な軽い傷口用の薬はあるが、今の王妃様の状態に見合うものはありません」と答えたので、2人が持つ薬学の知識を合わせて、生薬を混ぜ始める。
京香「止血はしている。傷口が悪くならないように、塗り薬を作りましょう」
律香「えぇ、あとは、身体の内側から回復するように、飲み薬も作らねば」
一刻一刻と、時は刻まれていく…
そして、出来上がった薬を持って、2人は母のいる部屋に戻る。そして、傷口には塗り薬を、そして母には飲み薬をゆっくりと少しずつ飲んでもらった。
政華「…。京香…、律香…。ありがとう…」
と、か弱い声でお礼をする母。
2人は涙を目に浮かべて、首を縦に何度も振る。
そして、母はしばらく眠りについた。
父・民民が近隣で起こった内乱を平定させ、急ぎ帰り、妻が眠る部屋へ入って来た。
民民は、「大丈夫か!?」と大声で妻に声をかけようとしたが、やさしい顔で眠っていたので、そっと静かに妻に近づき、息をしているのを確認してから、ホッと息をついて、子供たちを一人一人抱いてあげた。
民民は、京香と律香から、今の妻の症状・状態と、その時の状況を聞いた。民民は側近に、街の者の被害状況の把握と、怪我人の対応、そして警備体制強化を指示した。そして、民民も子供たちと一緒に妻のそばで看病をした。
政華が倒れてから3日目の朝であった。
母は、子ひとりずつ名前を呼んでは近くに来させて話をするのである。
政華「京香…。あなたはおねーちゃんとしてとても立派よ。あなたには太陽のようにあたたかい心があり、そして慈悲深い。
と、さらに続けて京香に長く話し込む。
京香は「自分は長女だから…」と思い、精一杯に泣くのを
母は、次に律香を呼んだ。
政華「律香、あなたは規律正しく、とても賢い子よ。あなたのその“知”でもって、京香をしっかりと支えてあげてね。この国の中核はあなたになるわ…。“私たち”のこの国をお願いね。あと、もう少しだけ、自分にも、他人にも優しく素直になってもいいのですからね。きっと、あなたが心を許せる事が出来る…、そんな人が現れると、あなたはさらにさらにステキな女性になるわ。でも今は、これまでどおり好きな文才を磨く事でいいのよ。そして、余裕が出来たら、恋をしてみなさい」
律香は素直に涙を流し、うなずいた。
母は、次に香織を呼んだ。
政華「香織。あなたは、私や父君のようにとても武芸に秀でた
香織はおそらく初めて泣いた。その母の言葉、優しさ、思いに耳を傾けた時に、自然と涙が流れていた。
母は、次に豊を呼んだ。
政華「豊。お野菜をちゃんと食べなさいよ。ご飯も残さずに食べるのよ。お菓子ばかりはいけませんからね…。あなたは身体が弱いのですから、この春の時期でも、風邪とか引かぬように、朝晩はあたたかくして過ごすのですよ。あぁ、もう…、一番手がかかる子なのに…。なんで、一緒に居てあげられないのでしょう…。わたしは神様を
大泣きしている小さな男の子を、母は強く抱きしめた。
政華「大丈夫。ずっとそばにいるわ」
そして、次の子を呼んだ…
最後は、夫・民民が呼ばれ、2人で何やら楽しそうに話をしている。
政華「子供にも恵まれて本当に幸せよ。私はこの子達の近くに埋葬してくださいね。この宮廷内に」
民民は、うなずく。
政華「あと、あの時、あなた、本当に本気だったの?私は少し手加減をしていたわよ…。だって、わたくしは、あなたを…、ひとめ見て…、好きに。…。…。ありがとう…。あなた。好きよ」
その言葉を最後に、母は息を引き取った。
子供たちは大泣きし、京香も泣いていた。
外の桜たちは、その母の想いと願いを乗せて、高々と花々を舞い上がらせた。
約束通り、宮廷内に埋葬し、石碑を街の中央広場に建てた。
武官・文官問わず役人はみな嘆き悲しみ、街の人々も皆、その石碑の前に伏して泣いた。
それから数日してからの事である。
民民「京香!わしは賊どもを成敗してくる!あとは、任せたぞ、2代目当主!」
政華の予想通りに、部下数名を連れて京国をあとにした。
桜の花が散る去る、そんな時期の頃であった。
=====
と、母の死と、父の出奔について、大姉(京香)は語った。涙を流しながら、語ったのであった。
香織も泣き、言うまでもなく小さなヒトの子も大泣きしている。
姉妹の涙が、
蝶姫はその今にも壊れて無くなってしまいそうな小さな小さな宝物をやさしく抱いてあげて、
蝶姫「大丈夫。
と、言ってあげる。
その話を聞いた三日月も涙を流したのか、月が出ているのに、雨が降っていた。
蝶の姫は、蓮月殿から見える湖の上の方を見つめて、うなずいた。
母は、この地で皆をあたたかく見守っているのである。今もなお…
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